妹と姉
「聞いたぞ。実技試験の時に講師を殺したようだな」
「そ、それは……」
完全に蚊帳の外にされた俺は擦葉姉妹の会話を誰よりも近くで聞いていた。周囲にいた生徒たちは講師殺しをした擦葉妹の方が印象が強く、レメゲトンの擦葉姉のことを見たくても見られないでいた。
「召喚術師が召喚霊の力を持て余してどうする。お前はもっと私の妹だということを自覚しろ」
「はい。姉さん……」
いつもの元気はどうしたのだろうかと心配になるほど腰が引けていて、俺に決闘を申し込んだときのような擦葉はそこにはいなかった。ただ姉に恐怖を抱き、小動物のように怯える擦葉がそこにはいた。
――なんじゃ。隼人は参加せぬのか?
俺と同じ光景を見ているティアがからかうような口調で話かけてきた。心を完全に見透かしたような口調で、考えていることは全て分かっていると言いたそうな言葉は想像以上に胸に響く。ティアが見透かしている通り、俺は擦葉のことを助けようとしていた。
けど、今の俺に何が出来る? どんな言葉をかけてやればいい? どうやって救い出せばいい?
……そんな考えが頭の隅にひっそりと宿っていて、あと一歩踏み込む勇気を無くしてしまっていた。
「お前が講師を殺したことで私の名前に傷をつけた。……お前がそうやって普通に学園に通えるのは誰のおかげだと思っている」
「……はい。申し訳ございません」
擦葉姉の顔を見ることすら出来ない擦葉は膝から崩れ、そのまま深く頭を下げる。汚物を見るような目で見下す擦葉姉……その目を見た瞬間、俺の体は勝手に動いて擦葉と擦葉姉の間に割って入っていた。
「どうした? 私に何か用か?」
「いくら何でも言いすぎじゃないかと思いましてね。見ていられなくなったんですよ」
小鹿のように震える足に力を入れ、正々堂々勝負を仕掛けるように擦葉姉の目を真っすぐに見つめる。ただ、目の前に立って見つめているだけなのに自分の体から体力というものがどんどん削ぎ落されていく感覚に襲われ、気づけば額には大量の汗がにじんでいた。
すると、擦葉姉が突然に笑い出し腰に下げていた刀を抜く。
「どこかで見たと思ったら妹を倒した無召喚の剣士か。お前の力には私も少々興味がある」
子供がおもちゃを見つけた時のような顔をした擦葉姉は俺にも刀を抜くように強要する。周囲の視線が一瞬にして集まり、特に女子は擦葉姉に黄色い声援をあげていた。もちろん俺に黄色い声援が届くことはなく、むしろ召喚術が使えない俺がレメゲトンに一方的にやられることを期待しているのだろう。
――わしの出番か?
――いや、擦葉姉は俺を『無召喚の剣士』って言っていた。だから召喚術は使ってこないだろう。だからティアは俺の霊力とか操作してサポートしてくれ。
――了解じゃ。それでは、頑張るのじゃぞ。
ティアから棒読みのエールを送られたところで会話は切れる。擦葉姉は自分がレメゲトンのメンバーであることを忘れているかのように本気の構えをしていて、俺も大きく深呼吸をして集中力を高める。もちろん、擦葉姉が召喚霊の力を借りたら逆立ちしても勝つことはできない。しかし、単純な剣の勝負なら簡単に負けるわけにはいかない。
俺は……召喚術が使えないから、剣術それに縋ることしかできないのだから。
「お前から来い。真っすぐ……獣のように突っ込んで来い。剣術で進学したお前の強さを見せてみろ」
「分かりました。では……行きます!!」
言われた通り、俺はまるで一匹の獣のようにグラウンドを駆け、擦葉姉に斬りかかった。まだ身体強化の魔法を使ってはいないが、俺の移動速度は常人の2倍と言ってもよかった。容赦などせず、本気で擦葉姉に斬りかかる。
当然、俺の刀は簡単に受けきられてしまう。本気で斬りかかったために多少の力が入り、若干後ろに進ませたがバランスを崩せるほどでもない。
「……なるほど。無召喚の剣士の名にふさわしい太刀筋だ。だが……これでは私を倒せないぞ」
「そんなことを分かってますよ。こんなのはただの小手調べですからね」
得意気に言った俺は一度手を引き、擦葉姉と距離をとる。自分の間合いよりも擦葉姉と距離をとり、無言のまま剣を構える。これは刀の長さを活かした技で、俺の刀は擦葉姉の刀よりも少しだけ長い。
間合い以上の距離を空けながらも、俺は息を吐いて少し足を前に進める。先ほどまで響いていた黄色い声援も、戦いが始まると同時にピタッと止まり、今はとても静かだった。
―――そして、俺は攻撃を仕掛けた。 重心を前に倒して距離を一瞬にして縮め、腕を伸ばして刀を振る。重心を前に倒して距離を縮めたのと、腕を伸ばして刀を振ったことにより俺の間合いにギリギリ擦葉姉が入り込む。
「なっ!?」
完全に油断をしていた擦葉姉は自分自身の顔に刀が近づいていることに気が付くと、咄嗟に身を引いてのけぞるようにして回避する。それでも不意打ちの攻撃を完全に回避することは出来ず、その凛々しい頬にかすり傷程度の痕を残す。
だが、俺の攻撃はまだ終わりではない。無理にのけぞったことによりバランスを崩した擦葉姉は恰好の的同然だった。次の攻撃を仕掛けようと再びグラウンドを駆け、仰向けになろうとする擦葉姉に斬りかかる。
「……」
いざ斬りかかろうとしたところで動きを止め、そのまま静止する。そう。罠にかかったのはむしろ俺の方だったのだ。
斬りかかろうとした俺のことを狙っていたのは、武装スーツの内ポケットに隠されていた銃器で銃口が一ミリの狂いもなく心臓に向けられていた。
「確かにお前は強い。剣術だけなら他の追随を許さないことだろう。しかし、それ故に自分の力を過信しすぎている。剣術では負けないという強い自信があるからこそ、これが剣術だけの勝負だと勘違いをした。だからお前は負けた」
「……確かにそうですね。これは剣術の勝負でなければ、刀だけしか使ってはいけないというルールでもない。そこを考えてしなかった時点で俺の負けだったんですね」
最初から擦葉姉の手のひらで踊らされていただけなのだろう。俺は戦いに敗れたというのに気持ちはとてもすっきりしていて、黙って刀を収めた。そして仰向けで倒れる擦葉姉に手を伸ばす。
「すまないな」
「敗者ですからね」
擦葉姉が差し出した手を掴み、立ち上がる。それと同時に地鳴りのような歓声がグラウンド中に響く。レメゲトンのメンバー擦葉稔に対しての歓声がグラウンド中に響く。俺に対しての歓声はなかった。むしろ、『レメゲトンに傷をつけた奴』とか『負け方がダサい』とか言いたい放題だった。
もちろん立ち向かう勇気もやる気もない俺はその批判を黙って受けていた。
「ところで名前は何と言うんだ?」
「俺ですか? 神風隼人です」
「神風……? すまないが、どこかで会ったことがあるか?」
名前を明かすと小首を傾げた擦葉姉が尋ねてきた。しかし、俺は擦葉稔と会ったことは今までない。レメゲトンのメンバーと会った記憶はないし、知らない人に名前を明かすようなこともしたことはない。
「すみません。多分ないと思います」
「そう……か。それもそうだな」
どこか納得のいっていない顔をしながらも違うと自分自身に言い聞かせるように立ち去って行った擦葉姉。俺は擦葉姉が去ったのを確認して、いつまでも俯いて地面とにらめっこをしている擦葉に駆け寄った。近づくとゆっくり顔を上げた擦葉は申し訳なさそうな顔をして、再び俯いてしまう。
「すまないな……君に守ってもらって」
「なんのことだ? 俺は別になにもしてないぞ」
うつ向いたままの擦葉を元気付けるように言った。しかし、この程度の励ましで元気になってくれるほど簡単ではない。そして……擦葉が姉に対して何の恐怖を抱いているのかを問いかけた。
それは擦葉にとっては一番触れてほしくないことかもしれないが、本当の意味で元気付けるなら本当のことを知らないといけない。
「……一体なにがあったんだ? 何でそんなに姉に対して恐怖を抱いているんだ?」
「そうだな………私のことを守ってくれた君には話しておこう。私と姉さんは幼いときは本当に仲が良かったんだ。
けど………そんなある日、私たちの両親が何者かに殺された。泣いている私を見て、姉さんは自分が何とかしようとしたんだろう。次の日からはまるで別人のようだった。
優しく………いつも笑顔だった姉さんはいなくなって、ただ強くて何かに縛られたかのように厳しい姉さんになったんだ」
過去を本当に懐かしむように語った擦葉の目はとても温かみがあった。きっと、その時は本当に姉のことが大好きだったのだろう。しかし、それを部外者によって破壊された。
関係を間接的に破壊されてしまったのだ。結局、人が変わってしまったように厳しく、そして強くなってしまった姉とはどんどん疎遠になっていき、今はレメゲトンのメンバーの妹ということを忘れるなという言葉が口癖になっていて擦葉が無理にでも強くなろうとしたのは姉に認めさせるためだったのだ。
―――隼人よ。一体どうするつもりなのじゃ?
―――どうするって、なにがだ?
―――とぼけるでないぞ。わしの感覚は隼人と共有しておるのだぞ? 隼人が何を考え、今の話をどのように受け取ったのかも誰よりも分かっておるわい。
―――じゃあ聞く必要もないだろ? ちょっとあのバカ姉を殴ってくるだけだ。
擦葉の話を聞いて改めて覚悟を決めた俺はゆっくりと擦葉姉に近づく。怒りを込めた拳だけを固くし、他の生徒たちに囲まれている擦葉姉にゆっくりと近づいた。
「………どうした? さっきの戦いについて不満があるのか?」
近づいてきた俺に気がついた擦葉姉がこちらを向いて尋ねる。ただ首を横に振って否定する素振りを見せると、小首を傾げてもう一度俺に尋ねる。
「じゃあ何の用だ? 私は忙しいのだ。つまらないことで呼ぶのはやめてもらおう」
「別につまらない用じゃないですよ。ただ………ちょっとムカついただけです!!」
そう叫んで俺は怒りを込めた拳を擦葉姉の顔面に容赦なく打ち込んだ。
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