レメゲトン
理事長室から出て教室に向かう途中で午前の授業を終了するチャイムが鳴り、多くの生徒たちは学食へと向かった。お弁当を持ってきて教室や好きな場所で食べる生徒も居れば学園外でご飯を食べる生徒もいる。高等部生だけでも軽く3000人を超えるので、早く食堂に行かないと席を取ることが出来ないのだ。
―――隼人は急がなくていいのか? 早くしないと席が取れないのであろう?
心配そうにティアが言ってくれた。でも俺はゆっくりと歩きながらティアに言葉を返した。
――別に良いんだよ。そもそも食堂に行くつもりもないし、ってか昼食なら朝食を買う時に一緒に買ったから大丈夫だ。
――それならそうと早く言わんかい。是非わしも堪能したいところじゃが、見つかったら面倒なことになるそうじゃからな。夜まで待つことにするわい。
――そうしてくれ。一応俺も料理は出来るから。
すれ違う生徒の数が多くなってきたところで会話が終了し、俺は本当の意味で一人で教室に戻った。ガラガラっと引き戸のドアを開けると、半数以上の生徒が居なくなっていた。クラスメイトの視線が一気にこちらを向くが、皆直ぐに視線をそらして黙々と食べ続ける。
……なんかごめんね皆。
軽く謝りながら猫背のまま自分の席につく。隣に座っているヴィネグレットはまだ眠っていて、昼食が入った袋をガサガサと漁っているところでタイミングよく目を覚ました。
「あれ~? おはよう隼人」
「おはようじゃねえよ。お前、午前中の授業ずっと寝てたんじゃねえだろうな」
「そんなことあるわけないじゃない。この後の午後の授業はグラウンドに出て実践だって言ってたし」
「実践? 二日目でそれは早いな」
買ってきた弁当のふたを開け、からあげに箸をさして口に運んだ。その動きを目で追うようにして見るヴィネグレットの口元から涎がこぼれる。
「……欲しいのか?」
「え!? い、いや? 私には自分のお弁当があるし……」
無理に顔をそむけるヴィネグレット。しかし、その言葉には説得力の欠片もなかった。ここで無理に問いつめてもただ不機嫌になるだけなのでここは強行突破することにした。
「なあヴィネグレット」
「ん? なあに……むぐぅ!?」
完全に油断をしてこちらを向いたヴィネグレットの口元目掛けてからあげを突っ込み、強制的にからあげを食べさせる。これで不機嫌になるという可能性もなくはないが、急いでもぐもぐとからあげを食べたヴィネグレットは心底嬉しそうな顔をしていて、食べ終えると満足したように息を吐いた。
――ほほう。餌付けとは中々やるのぉ。
――いやいや……あれは誰が見たって分かるだろ。
クスクスと馬鹿にするような口調で言ってきたティアに少し呆れながら返事を返す。すると、思い出したようにヴィネグレットが目を開けて話を切り出す。
「そう言えば隼人。今日の実践は少し違うみたいよ」
「違う? 何が違うんだ?」
「何でもこの学園の卒業生で、現役レメゲトンの人が来るんだって」
「レメゲトンが!?」
思わず大きな声を上げて子供ように飛び跳ねてしまった。周囲の視線が刺さるようだが、そんなことは気にしていられなかった。レメゲトンというのは最高峰の強さを誇る者のみが入隊を認められる軍であり、魔法科の高等部に進学した生徒の殆どがレメゲトンの入隊を夢に見る。
しかし、レメゲトンに入隊をしている人たちは全員が召喚術を使えて、召喚術も使えない者は通常の軍にすら入隊出来るのか分からないほどである。
「でも……何でいきなり来るんだ?」
「品定めじゃない? 最近はレメゲトンに入隊出来るほど素質のある奴がいないってレメゲトンの代表もテレビで言ってたし。今のうちに素質のある生徒を確認しておくんじゃない?」
「そう言うことか~」
体を伸ばしながら返事を返した俺は心底納得がいった。レメゲトンは国の……世界の最高峰軍事力と言っても過言ではない。数が少ないが故に仕事は山ほどあるはずだ。それに、そのレメゲトンに対抗するように現れた謎の組織ゴエティアが、世界に多くの災厄をもたらす。
ゴエティアの正体は未だ掴めていないようで、レメゲトンでも頭を悩まされているという。ゴエティアはレメゲトンほどの戦力とは言わないが、それに近いほどの実力を持った召喚術師が居るという。レメゲトンはその謎の組織の殲滅に忙しいと聞いていたのだが、品定めをしているような時間はあるのだろうか。
「だから妙に皆はしゃいでたのか」
先ほど廊下ですれ違った生徒の顔を見ても、どこか嬉しそうでとてもテンションが高かった。皆が憧れているレメゲトンの現役の人が来るとなるなら、テンションも高くなるだろう。俺もめちゃくちゃテンションが高くなってしまっていた。
――なんじゃ。随分と嬉しそうじゃの。
――そりゃあ、現役のレメゲトンと会えるんだからな。テンションも上がるだろ。
――それはよかったのぉ。しかし、レメゲトンのメンバーなら隼人は既に会っておるじゃろ?
耳を疑う言葉に小首を傾げながら問いかける。もちろん、今までの記憶を辿ってもレメゲトンのメンバーと会ったことは無い。そもそもティアと契約をしたのが昨日なのだから会っていたのなら忘れていないはずだろう。
――誰だ? 俺には全く覚えがないんだけど。
するとティアは驚きを隠せないような口調のまま返事を返す。
――まあ、正確には元かもしれないがのぉ。先ほど会った理事長とやらは元レメゲトンのメンバーじゃよ。何十年も前に退役したらしいがのぉ。
「はあぁぁああぁぁぁ!!?」
「い、いきなりどうしたの隼人!」
「あ、いや……何でもない」
驚きすぎて心の中だけじゃ保てなくなり、大きな声を出して驚いてしまった。周囲の視線が再び俺に集中し、頭を下げて謝る素振りを見せる。一度冷静になったところで再びティアに理事長のことに関して問いかける。
しかし、ティアは「後は本人から聞くんじゃな」と言うばかりで詳細を全く教えてくれない。そうこうしている内に昼休みの時間は終わりを迎えようとしていて、教室で昼食を摂っていた生徒もグラウンドに向かおうとした。
「じゃあ私たちも行こう。遅刻したらいけないし」
「授業中爆睡してるお前が言うか」
ヴィネグレットの言葉に軽くツッコミを入れてから一緒にグラウンドへと向かう。廊下に出ようとしたら長身の男に当たってしまい、端に避けてから謝る。
「あ、悪い」
「……」
見下すように、睨みつけるようにただ通り過ぎた長身の男は忘れ物でもしたのかグラウンド集合のはずなのに教室へと入って行った。俺とヴィネグレットは少し急ぎ足でグラウンドまで行き、午後の授業開始のチャイムが鳴るのを待っていた。
※※※※
―――グラウンドには既に殆どの生徒が集まっていて、目を見張るほどの生徒が占領していた。三学年で約3000人いるということは一つの学年に1000人の生徒が居るということだ。
いくらグラウンドが広いからといって、1000人もの生徒が一度に集まってしまったら狭く感じてしまう。
「それでは~各クラスごとに並んでください」
声が反響する魔法陣が刻印されている拡声器を利用してグラウンドに集まっている生徒に指示を出す立花先生。元々声を反響、そして大きくするために作られた拡声器だが反響する魔法陣を刻印することで霊力を込めるだけで普通の拡声器の数倍から数十倍の大きさとなる。
立花先生の指示に素直に従う生徒も居れば、だるそうにゆっくりと移動する生徒もいる。俺はどちらかというと後者の方で、ため息をつきながらA組が並ぶ場所に向かった。
――どうしたのじゃ? 先ほどの元気はどこにいってしまったのじゃ?
――人に酔ったんだよ。元々大勢の人に囲まれるのは慣れてないからな。
――なるほどのぉ。隼人にも苦手なものがあったということか。……それはそうと、どうやらお目当ての者が来たようじゃぞ? 霊力を極力抑えているようじゃが、わしの感知能力では筒抜けもいいところじゃ。
――お、マジか。じゃあ暫く眠っててくれ。多分お前の出番はないだろうから。
――やれやれ。随分と寂しいことを言って来る主じゃのぉ。まあ、確かにわしの出番はなさそうじゃな。
呆れたように言ったティアはそれ以上話しかけては来なかった。そして、さっきまで雑談をしていた生徒たちがピタッと静かになり、1000人を超える生徒が示し合わせたように同じ方向を見ていた。
それぞれのクラスの担任が集まる中、一際目立つ存在が前に立っているのだ。他の講師と同じく武装スーツを着用しているのだが、その質の違いは誰が見ても明らかであるほど輝いていた。
すらっと背が高く、細身の若い女性で凛とした顔つきは男子顔負けのカッコよさだった。黒い武装スーツに細身の体を包ませ、俺と同じく日本刀を腰に携えていた。そして立花先生から拡声器を受けると霊力を込めて話し出す。
「私はレメゲトンの一人、擦葉さつば 稔みのりだ。私は今日この学園に来れるのを楽しみにしていた。知っての通り、レメゲトンというのは魔法技術を駆使して戦う者の中で最高峰の強さを持つ者だけが入隊を許される軍隊だ。
私はこの場にいる全ての人間がレメゲトンに入隊出来る希望のある戦士だと思っている。授業だからといって甘いことはしない。本当の軍だと思って取り組むように!!」
途中から拡声器を外し、自分自身の声の大きさだけで話していた擦葉。よく通る声で、拡声器を使わなくても後ろの方まで聞こえたことだろう。そして、擦葉の熱意がこもった言葉を聞いていた生徒たちの顔つきが変わり、擦葉が挨拶を終えると全員が地鳴りのように叫び出した。
「うおぉぉぉぉ!!! やってやるぜぇぇぇぇぇ!!」
「私たちだってレメゲトンに入れるかも!!」
「絶対認めさせてやるぜぇぇぇぇ!!」
レメゲトン入隊に夢を見る生徒たちのやる気を見事引きだして見せた擦葉。だが、俺の胸には想像よりも擦葉の言葉が届いていなかった。確かに熱意も、根性もこもっていたはずなのになぜか俺の胸には届いていなかった。
俺には、擦葉の言葉が空っぽにしか聞こえなかったのだ。
――どうしたのじゃ?
――え? いや、何でもない。
茫然と立ち尽くしている俺を心配したティアが尋ねてきて、少し戸惑いながら答えを返す。地鳴りのような生徒たちのやる気声がグラウンド中に響き渡っている中で、立花先生が再び拡声器を使って指示を出す。
「それでは~二人一組になって、実践トレーニングをしてください!! 召喚霊を使用する場合は必ず許可をとること。そして、決闘をする場合は監督の講師を一人以上つけてください!!」
拡声器を使っているはずなのに使っていない擦葉の声の方が通るというのは一体どういうことなのだろうか。レメゲトンは声の質から違うということなのか?
取りあえず二人組を組もうと周囲を見渡すが、既に殆どの生徒がペアを組んでいる。唯一の頼みであるヴィネグレットは直ぐに仲の良い女子と組んでいて、少し離れた場所で俯いている一人の女子を見つけた。
「……なにしてるんだお前」
「え!!? な、神風隼人!!」
「組む奴いないんだろ? 一緒に組もうぜ」
俯いたまま誰か話かけてくるのを待っていたのは擦葉葵。先日決闘をした講師殺しという異名をつけられたクラスメイトだ。俺も擦葉も悪い意味で浮いていて、互いに組んでくれるような人がいないため組むしかなかった。
すると、また周囲の視線が刺さるようでこそこそと話声が聞こえる。
「あ、そう言えばお前大丈夫だったか? 気絶して医務室に運ばれたって聞いたけど……」
「ああ、それについてか。それについては問題ない。確かに気絶をしたが、それは第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを強制解除されたことによって生じただけだからな。実際、私に目立つ怪我はなかった」
「俺も行こうとしたんだけどさ。霊力が尽きそうで俺が医務室に運ばれそうで止めたんだ。……悪かったな」
「謝るな。決闘を申し込んで私が勝手に負けただけだ。君は何も悪くないし、むしろ私は君に感謝をしている」
あの擦葉が笑みを浮かべてお礼を言ってきたので、心臓が飛び跳ねるようにドキッとする。不意打ちほど卑怯な攻撃は存在しなく、それは肉体的にも精神的にも重要であることが証明された。何とか話を変えようと、思い出したように気が付いたことを問いかける。
「そう言えばあのレメゲトンの擦葉……稔さんだっけ? お前と同じ苗字なんだな」
「……」
そう聞くと、一瞬にして顔色を悪くしてしまった擦葉。どうやら地雷を踏んでしまったようで、一瞬で察した俺は何とかしようとしたけど一度踏んでしまった地雷は踏んでしまえば爆発するだけである。
「それもそうだろうな。擦葉稔は私の姉なんだ」
「え!? あ、姉!?」
「ああ……」
どこか懐かしむように……それでいてどこか辛そうな目をした擦葉。姉との思い出でも思い返しているのかとその時は思っていたけど、それはただの過去に対する恐怖だということが直ぐに分かった。
「葵……」
「!!? あ……ね、姉さん」
いつの間にか近づいてきたレメゲトンの方の擦葉。姉と妹との感動の再会となることを期待していたのだが、それにしては葵の稔を見る目が恐怖に染まっている。
一体この二人はどういう関係なのだろうか。
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