理事長との会話


「それでですね。今から数百年前に証明された魔法により、世界は一変しました。科学と魔法を掛け合わせた技術は日本を、そして全世界を最先端へと進めました。


 特に魔法の存在が証明されて進んだのは軍事力で、今は召喚術師が国の矛であり盾になっています。昔は戦車や戦闘機を使って戦争をしていました何てことを歴史の授業で習いますね」



 投影させた画像を専用のペンで操作し、立花先生が授業を進める。俺は授業内容を自分の投影画像にメモしていたのだが、隣に座っているヴィネグレットの方を見てみると気持ち良さそうに眠っていた。



―――悪戯でもしてみるかのぉ。



―――やめとけ。それだと俺が後で殴られる。



 急に話しかけきたティア。契約を交わしたことで全ての感覚を共有しているので、ヴィネグレットを見たこともティアは知っているのだろう。


 起こそうか起こさないか悩んでいたところでチャイムが鳴り、この時間の授業が終了する。立花先生は投影画像を閉じると俺の方に近づいてきて、鋭い目付きのまま言ってきた。



「神風隼人君は理事長が呼んでいるので、この後直ぐに理事長室に行ってください」



「えっ? あの……授業はどうすれば?」



「授業担当の先生には私から伝えておきます。なので神風君は理事長室に向かってください」



 追い詰めるように……お前に拒否権は無いと言うように言ってきた立花先生は俺に用件を伝えると直ぐに出ていってしまった。理事長室に行くのは当然初めてで、呼び出しをされるようなこともしていないはずだ。



 すると頭の中に再びティアの声が響く。



―――なんじゃ。いきなり呼び出しとは、隼人は意外と素行が悪いのか?



―――隣で眠ってるヴィネグレットより良いっての。素行が良いとは言わないけど、悪いとも言わねえからな。



―――曖昧な表現の仕方じゃのぉ。まあ安心せい。少なくとも怒られることはないじゃろぉ。



 何かを知っているような口調で言ったティアに、俺は廊下を出て理事長に向かいながら問いかける。



―――なんだよ。何か知ってるのか?



―――さあ、それはどうかのぉ。



 最後の最後まで答えを言わないティアはそれ以上話しかけてはこなかった。こちらから話しかけてみたりもしたけど、ずっと答えをはぐらかし続ける。


 理事長に呼び出しされたという不安だけが大きくなり、心臓の鼓動を加速させながら理事長室へと向かった。



「ここか………」



 自分のクラスから歩くこと約5分。校内が広すぎるが故にかかってしまう時間に少しの苛立ちを覚えた。ひときわ大きい扉の横には、誰が見ても分かるように『理事長室』という表札のような物が貼ってあった。



 俺は一度息を吸い込み、ある程度の覚悟を決めてからノックをする。すると中から「どうぞ」という声が聞こえてきて、頭を下げながら理事長室に入る。



「失礼します。一年A組の神風隼人です」



「いや~君が隼人君か。噂はよく聞いているよ」



 イメージよりも声が弾んでいて、からかうような口調で挨拶をしてきた理事長。講師用の武装スーツを着用し、血液のように赤い瞳に銀と白が混じったような髪の色をして理事長と呼ばれるわりには外見はとても若く見えた。



 初めて入った理事長室は想像よりも広かった。程よく空調が効いていて、中央に置かれているソファーは素人の俺から見ても分かるほどの高級感を出していた。そして、そのソファーの奥に机を置き、机に肘をつけたまま椅子に座っている理事長が不敵な笑みを浮かべながらこちらを向いていた。



「取りあえず座りたまえ。色々話すことがあるんだ」



「し、失礼します」



 若干緊張しながら震えた声のままソファーに座る。どこかぎこちない動きのまま座る姿を見た理事長は声に出して笑い、緊張を解くためにお茶を出してくれる。



「僕の部屋に生徒を呼ぶのは久しぶりなんだよね。多分、高等部一年生では初めてなんじゃないかな?」



「そうなんですか?」



「そうなんだよ。しかもここに来る生徒は皆緊張しているのか怖がっているのか分からないけど、結局あまり話せないで帰っちゃうんだよね」



 心底残念がるように言った理事長。気さくに話かけてくれるので、緊張が段々と解けてきた。暫くとりとめのない話を続けていると、一気に纏う雰囲気を変えた理事長が本題の話を切り出した。



「さて……隼人君。ここからは本題に入らせてもらうよ」



「!!?」



 纏う雰囲気を変えた理事長はまるで殺し屋のような殺気を放ち、強く睨んでくる。少し恐怖を覚えた俺は体を震わせ、額に冷や汗をにじませた。唾を飲み込み、理事長が放っている殺気に頑張って耐えようとした。



「単刀直入に聞こう……。君は一体何者なんだ?」



「えっ?」



 空気と雰囲気が変わり、態度を改めた理事長が放った言葉の意味が理解出来なかった。必死に理解をしようとしたけど、どんなに考えても質問を理解することが出来なかった。すると、それを察したかのようにまた改めて質問を続けた。



「すまなかったね。いきなりこの質問は意地悪だった。……いやね、君と講師殺し――擦葉君と決闘した動画が流れてしまってるじゃないか。もちろん僕もその動画を見させてもらったんだけど、生身の人間が第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン状態を一撃で葬る光景を見て、僕は違和感に気づいたんだ」



「違和感ですか……?」



「君は召喚術が使えない……つまり、召喚霊の力を借りることが出来ないということだ。こんな言い方は個人的には好きじゃないが、生身の人間は召喚術師には勝てないのが現実だ。現に擦葉君はまだ力をコントロール出来ていないけど、単純な破壊力とスピードだけを考えたら一年生の中では屈指の実力だよ。


 仮に身体能力を強化したとしても、生身の人間が第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを拳一撃で強制解除することは不可能なんだ」



 揺さぶるように……まるで既に答えを知っているかのように話を続ける理事長。俺はティアのことを公開するわけにはいかないと思い、理事長の揺さぶりにも似た言葉に動揺しないように頑張って耐えるしかなった。


 ただ単調に返事を返すことしかできず、そんな俺をさらに追い詰めるように話を続けてきた。



「僕の推測だと……君が擦葉君を殴り、第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを強制解除させた。それも一撃でね。召喚術が使えないということが真っ赤の嘘だというなら召喚霊の力を借りたという線もあるかもしれない。


 けど、この動画を見る限り召喚霊の力を借りたような形跡はない。だから僕は君が何者か知りたいんだ」



 それはまるで……最後の忠告のようだった。『教えてくれないと強制的に割ってもらうよ』という意味がこもってそうな言葉が胸に深く、強く突き刺さった。すると、俺に希望を見せるようにティアが話しかけてきた。



――どうやら困っているようじゃのぉ。



――神様仏様ティア様! お願いだからこの状況をどうにかしてくれ!!



 心の中で土下座をしているようなイメージで頼み、助け舟を出してくれるようお願いする。そしたら思わず耳を疑うような答えが返ってきた。



――仕方ないのぉ。では、あとはわしに任せておけ。



――!! じゃあよろしく頼む!!



 てっきり丸投げされるかと思ったのに、見事に助け舟を出してくれたティアに感謝の念を示すように心の中で土下座をした。すっかり黙ってしまった俺を見た理事長は小首を傾げ、睨みつけるように見てくる。俺は心の中でティアに土下座をしながらどんな方法で助けてくれるのかと、内心とてもドキドキしていた。



 すると……



「――やっほーじゃ理事長とやら。この隼人がやったことは全てわしのお陰じゃ!!」



 俺のお腹側から顔を出したティアが満面の笑みで理事長に手を振り、そこから天井に当たってしまうほどの跳躍をしてくるくると前回転をしながら華麗に着地をする。



「!!? ちょ、お前!!」



 任せろというから全てを任せてみたのだが斜め上の行動をされたことに俺は思わず叫んでしまった。



「やあ……やはり君がやったことだったんだね」



「久しいのぉ。最後に会ったのは何百年前のことじゃろうなぁ」



「ふぇ? 二人は……知り合い?」



 二人とも自然に話しているのを見て、拍子抜けしたように問いかける。すると示し合わせたように親指を立てて向けてきた。それを見た俺は全身の力が抜けてしまったかのようにソファーに寄り掛かり、二人が交わす会話を死んだ魚のような目のまま聞いていた。



「君が人に手を貸すとは珍しいじゃないか。数百年前、僕との契約を蹴ったというのに神風君とは契約をしたのかい?」



「よく言うわい。お前さんはただわしの力を利用したいだけじゃろうに。数百年たったというのに、そこは全く変わっておらんのか」



「そこを言われると弱いなぁ。けど、本当にどうしたんだい? あれほど契約をしないと言っていた君が契約をしたのは。そんなに鍵として保管されるのが嫌だったのかな?」



「そんなところじゃ。それより、わしの存在を世間一般に公開しないでもらえると助かるのじゃが」



 どこかギスギスとしている会話は拳と拳で殴り合っているようにも見えた。ティアが懇願した時にも理事長はただ不敵な笑みを浮かべるだけで、何も言い返さなかった。



――結局、俺の謎の力がティアによる力であることは理事長には予想がついていたらしい。今回はその確認のために呼び出しただけで、元々ティアのことを公開をするようなことはしないらしい。話が終了すると、少し不機嫌なティアは再び俺の体内なかに隠れて俺も理事長を出ていった。



「失礼しました」



「今日はすまなかったね。急に呼び出したりして。それと、鍵に一つ伝言をお願いしても良いかな? この会話も聞いていると思うけど君から伝えた方が良いと思ってね」



「何ですか?」



「“公開しないのは貸し一つだ”と伝えてくれ」



「分かりました」



 最後に頷きながら返事をして理事長室を出ていった。携帯で時間を確認すると午前の授業がもう直ぐ終了で、昼休みになろうとしていた。だからゆっくりと廊下を歩いて行き、自分の教室へと戻って行った。







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