妙な噂

――結局あのあと、ヴィネグレットが持ってきてれた料理を3人で食べつくし、少しゆっくりしてからヴィネグレットは自分の寮へと帰っていった。


 俺はヴィネグレットが帰ったタイミングで風呂に入り、出て直ぐにベッドで横になって眠りにつくことにした。



―――なんじゃ、主様はもう眠りにつくのか?



 ベッドで横になり、電気を消して瞳を閉じた時に頭に響いたのはティアの声だった。俺は生の声よりも若干機械音が入り混じったティアの声で瞼を開け、声に出さず心の中で会話を続けた。



―――別にいいだろ。今日はいろいろ疲れたんだ。



―――あのデュラハン使いの娘と戦うのがそんなに疲れたのか主様よ。わしの主となった以上、その程度のことで疲れていたら身が持たんぞ?



―――それはおいおい考えておくよ。それより“主様”って言う呼び方は止めてくれないか? 何か全身が痒くなってくる。



 正式に契約する前はティアは俺のことを“お前さん”と呼んでいたというのに、契約を交わしてから“主様”と呼ぶようになった。そんな全身が痒くなってくるような呼び名で呼び続けられたら俺の体が持たないので、今すぐにでも変えてもらいたいのだ。



―――じゃあ何と呼べばよいのじゃ? わしからすれば、“主様”と呼ぶのが楽なのじゃがのぉ。



―――普通に“隼人”って呼んでくれ。基本的に皆そうやって呼んでくるから。



―――仕方ないのぉ。契約を交わして最初の命令が呼び名のこととは思わなかったが、主様がそう言うなら変えてやるかのぉ。



―――いやいや……変わってないですよティアさん。



―――おっと、これは失礼したの隼人。



 わざとなのか素で間違えたのか分からないが、どこか悪戯感を思わせる口調のティア。こうやって話すことは出来るが霊体だから夜型のタイプなのかもしれない。


 しかし、ティアに起こされた俺の眠気はそろそろ限界を迎えていた。



―――悪いティア。そろそろ俺は眠るから……お前も眠るようにしてくれ。じゃあ………おやすみ。



―――おやすみなのじゃ。隼人よ。



 心の中でティアにそう伝え、電源が切れたように眠りについた。この日はいつもより何故か疲れていて、目を閉じたらものの一瞬で眠りについてしまった。





 太陽の光が窓から差し掛かり、俺は目を覚ました。出来ることならあと二時間くらいは寝ていたかったけど、今日から本格的に授業が始まるので二度寝をするわけにもいかない。軽く体を起こして体を伸ばし、胸より下にある温かくて重い正体を確かめるために俺は容赦なく布団をはぐ。



 するとそこには気持ちよさそうに寝息をたてるティアが俺の胸あたりに自分の頬をくっつけたまま眠っていた。どうやら俺が寝ている間に外に出て、そのまま眠りについてしまったらしい。気持ちよさそうに眠るティアはまるで天使のように可愛いけど、俺はこれから学校なので起こすしかないのだ。



「ほれティア。起きろ~俺は今日も学校なんだよ~」



「むわぁ~~。あと五分待つんじゃ」



「勘弁してくれ。朝は本当に何にもないから登校中に買うしかないんだよ。というわけで、強制的に起きてもらうぞ」



「うぎゃああ~~!! は、隼人よ! 起こし方にも限度があるじゃろう!!」



 起き上がった俺はまだベッドでくすぶっているティアの腕を掴み、そのまま上下に振り動かした。眠くて意識がはっきりしていないティアからしたら相当な刺激だろう。俺はティアから昨日貸したブレザーを取り返し、直ぐに制服に着替える。



……しかし、そうするとティアが全裸ということになってしまうのだ。



「まだ夏服じゃねえからワイシャツだけじゃダメだしな……。どうするかな」



「なんじゃ。服を着ればよいのか? それなら――」



 俺の言いたいことを察したティアが霊力を研ぎ澄ませ、尋常ではない霊力を自分の体に纏わせる。一瞬淡い光に包まれたティアは、次見た時には浴衣に似ている服を着ていた。旅館にありそうな水色の浴衣を着ているティアは、まさに浴衣の妖精のように可愛かった。



「――これでよいかの?」



「服を作れるんなら最初から言え!!」



 コツンっと軽く手刀をティアに食らわせ、早速登校の準備を始める。と言っても世界の最先端技術が揃っているこの学園では普通の学校のように教科書やらノートやらは必要なかった。



 これも魔法と科学を合わせた技術なのか、魔法が証明されたから開発が早まったのかは分からないが基本的に授業は投影される。何もないはずの空間に写真や文字など、その時間に行われる授業内容が全て投影され講師の先生は投影の画像を操作する特殊なペンを片手に、その画像のことを説明するだけの授業になる。


 生徒たちも自分専用の投影画面があるのでそこに専用のペンで授業内容をまとめるのだ。



「ノートとか教科書を使ってた時代もあったってじいちゃんが言ってたな」



 何かに浸るように呟いた俺は最低限の物だけをカバンにつめ、ティアと共に部屋を出て校舎に向かっていく。



「ちょい待ち。ティアは俺の体内なかに隠れるんだ」



「……なぜじゃ? まだ校舎に着いておらんぞ?」



 小首を傾げて純粋な目で見つめてくるティアを見て、俺は胸が痛くなってしまう。何故か後ろめたい気持ちでいっぱいになってしまい、ティアに言うべきなのかを躊躇してしまう。その瞬間、隣の部屋のドアが開き一人の男子が出てきた。



 幸いまだ俺の存在に気が付いていないので俺はティアを片手で持って急いで寮の階段を下りていき、その人の死角になる場所まで走った。



「わ、分かったかティア。俺が浴衣を着ている幼女を歩いているとこんな風になるんだ」



「なるほど。可愛すぎるわしが一緒にいると隼人が捕まってしまうということじゃな」



「何かちょっと違うような気がするけど、取りあえずそんな感じだ。だから早く俺の体内なかに隠れてくれ!」



「心得た」



 自身満々に一言言ったティアは言葉通り俺の体内なかに入ってくれる。すると直ぐに頭の中に機械音が入り混じったティアの声が響く。



――伝え忘れたがのぉ。契約を交わしたから隼人の感覚はもれなくわしの感覚となるのじゃ。隼人が痛みを感じれば、わしも同じ痛みを感じる。隼人が見ている景色はわしの景色になるわけじゃ。



――分かった。じゃあなるべく気を付けるようにする。



――その意気じゃ。では、また後程じゃ。



 そう言ってティアの言葉はそこで途絶えた。俺は校舎に行く前に途中で朝食を買い、それから自分のクラスである一年A組に入る。ガラガラと引き戸型のドアを開け教室に入ると、既に登校していたクラスメイトの視線が一気にこちらに向く。



――なんじゃ。隼人はわしの想像以上に人気者じゃったのか?



――想像以上って言うのは余計なんだよ。それに安心しろ。俺が人気者って言うのは召・喚・術・が・使・え・な・い・の・に・魔・法・科・の・高・等・部・に・進・学・し・た・か・ら・だ・。



――憐れみの視線にしては随分と怖がっているように見えるがのぉ。



――それはお前の気のせいだろ。あんまりお前と話してると朝食を食べる時間が無くなるから取りあえず切るぞ。



 そう言って俺は強制的に話を終わらせた。クラスメイトの視線を浴びながら席に着き、買ってきた朝食を食べる。パンを一口食べたところで俺の後ろの席である女子が近づいてきて申し訳なさそうに尋ねてきた。



「か、神風君。擦葉さんと決闘して勝ったって本当?」



「えっ? ま、まあ……一応本当だけど」



 俺がそう言うと「やっぱり」とだけ呟いた女子は俺に一礼だけして後ろの方で集まっている女子たちの元へ行き、今俺が言ったことを話しているようだ。すると全員が声に出して驚き、こちらを見てくる。丁度一つパンを食べ終えた俺は勇気を振り絞って思い切って聞いてみることにした。



「ね、ねえ……さっきの話って誰から聞いた?」



「え? ああ、それなら今自由投影されてるよ」



「ええ!?」



「誰かがその決闘を撮ってたらしくて……神風君たちの許可を取らないで流しちゃったみたいだね」



 クスクスと笑う女子。俺もその動画を見せてもらったけど、俺が擦葉を倒した時の決定的瞬間はボケていてキチンとは映っていない。しかし、俺が攻撃をした途端に第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンが解除され、そして勝負がついたことは誰が見ても明らかだった。



「マジか……」



「でも神風君。その決闘のお陰で株が大暴騰じゃん」



 一人の女子が落ち込んでいる俺を元気づけるようにして言い、俺はその言葉に対して小首を傾げているとさらに言葉を続けた。



「この動画が流れてから神風君が『無召喚の剣士』って言われてるんだよ。何でも召喚術師の力を使って講師を殺した擦葉さんを更生させようと、神風君が決闘を申し込んで擦葉さんを倒したって」



「……はい?」



 どうやらかなり真実が空回りしてしまっているらしい。仮に真実がこの噂通りだとすると、俺は擦葉の株を大暴落させて自分の株を大暴騰させたクズということになってしまう。



――中々面白い状況になっているようじゃのぉ。



――どこがだよ。俺に弁解する勇気があるなら今すぐにでも弁解してるところだよ。



――そうなるとわしの存在を皆に知らせるということになるぞ。



――それは知ってるって。だから中々踏み出せないんだろ。



 暫くティアと会話をしていると今度は女子ではなく複数の男子が近づいてきた。昨日の自己紹介で俺のことを笑っていた男子たちだ。全員不機嫌そうな顔をして、その中のリーダー的存在が代表して俺に話を切り出した。



「随分と良い評価を貰ってるようじゃねえか召喚術も使えねえのに」



「まあ……決闘に勝ったのは事実だからな」



「けどな、俺は信じねえぞ。どうせお前のことだ。何か小細工しているに決まってる!! なあ、皆もそう思うだろ? 召喚術師でもないこいつが召喚術師に勝ったんだぞ。何か小細工してるに決まってる!!」



 指を差してクラス全体に広がるほどの声で叫ぶリーダー。その取り巻きなのか、つるんでいる他の男子たちは真っ先に便乗して追い打ちをかけてくる。関わりたくないクラスメイトたちは必死に無視を続け、さっきまで俺のことを褒めてくれていた女子たちは、リーダーの言葉を聞いた瞬間疑いのような目で見てくる。



「ハア……」



「待て。どこに行く」



「席に戻るんだよ。そろそろ授業が始まるからな」



「ちょっと待てよ。お前、今逃げたら俺の言うことを肯定することになるぞ。そうなるのが嫌なら、俺と相手をしやがれ。お前の小細工関係なくぶっ倒してやる」



 完全に無視しようと思ったのだが、折角大暴騰した株を下げるのは勿体ないと思った俺は挑発してきたリーダーの決闘を受けることにした。もちろん講師がいないので召喚霊を使うのは無しということになった。それ以外の魔法攻撃は使用して良いということで話はまとまり、たまり場となっている教室の後ろを使わせてもらうことになった。



――隼人よ。『召喚霊を使ってはいけない』というなら、わしは使っても構わんのではないか?


――ここでお前の力を借りて勝っても意味ないだろ。いいからお前は見とけ。ピンチになったら助けてくれればいい。



――心得た。では、健闘を祈ることにするかのぉ。



 確かにティアの力を借りれば楽に勝てると思うが、このリーダーは召喚霊を使わないなら大したことはないだろう。講師殺しを倒した俺を倒すことで自分の株をあげようとする魂胆が目に見えていた。



……自分が携帯出来る武器は自由なのだが、このリーダーが携帯しているのは魔法機関銃だった。携帯出来るように小型になっているため、威力などは通常の魔法機関銃よりは劣るけど生身の人間と戦うなら十分すぎる武器だろう。



「行くぜ。死んでも知らねえからな!!」



 完全に欲に支配されているリーダーは決闘が始まると直ぐに魔法機関銃を抜き、銃口を俺に向ける。俺の後ろが窓になっているので仮に回避したとしてもガラスの破片が飛び散ってくるかもしれない。ちなみに、魔法機関銃というのは自分の霊力を消費して放つ魔法武器の一つである。


 霊力を込めながら引き金を引くことで銃弾が発射され、小型でも通常の機関銃の何倍もの威力を出す。



「……斬るしかないか」



 後ろが窓である故にそうするしかないと思った俺はため息をついて刀を抜き、真っすぐ構える。そして霊力を込め終えたリーダーが魔法機関銃の引き金を引き、銃弾を発射する。



 本来、この距離(約9~10メートル)で発射された銃弾を見切ることはできない。しかし、子供の頃俺は何度もこのような銃弾を斬るような練習をしてきたし、昨日戦った擦葉の鞭剣ウィップソードの方が何倍も早い。



「ほいっと」



 止まっているように見える……とまでは言わないけど、完全に銃弾を見切った俺は刀でそれを真っ二つにぶった切る。教室の床には二つ斬られて前への推進力を失った銃弾の破片が落ち、リーダーの顔色がどんどん悪くなっていく。



「……まだ続けるか?」



「う、うるせえ!!」



 やけになったリーダーは連続で銃弾を発射する。俺は向かって来る銃弾を悉く斬って行き、徐々に距離を縮めていった。リーダーは俺のことを死神を見るような目で見つめ、やがて魔法機関銃を置いてしりもちをついてしまった。



「や、やめてくれえ!! き、斬らないでくれえ!!」



「いやいや……さすがに生身の人間を斬らねえよ。けど、これで証明できたか? 別に俺のことを何て言おうがどうでもいいが、擦葉のことを言うのは止めとけ。


 自分の株が暴落するのを怖がってるなら顔を突っ込んでくるな。そして、あまり俺を甘く見るな」



 吐き捨てるようにして言った俺は刀を収め、そのまま自分の席に着いた。さっきまでは耳を塞ぎたくなるほどうるさかった教室はすっかり静かになってしまい、再び俺を見る目が変わってしまった。


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