頭に響く声
――擦葉の霊力は極限まで高まり、淡い光に包まれていた体がようやく姿を現す。先ほどまで着ていた制服はデュラハン専用の武装へと変えられ、武器もレイピアではなく鞭のような得物を手にしていた。
「半端じゃねえな……」
どうやって殺したのかは知らないけど、講師を3~4人倒しただけの力を感じた。デュラハンらしい紫色の甲冑のような物を着こなし、鞭のような得物をこちらに向けてくる。
「これが私の第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンだ。私はまだこの形態までしかできないが、もはや先ほどの私とは全く異なる存在だと思った方がいい」
「そんなこと言われなくても分かってるっつの。溢れるばかりの霊力がビンビン伝わってくる」
忠告なのか慈悲なのか分からない言葉をなげかけてきた擦葉に俺は苦笑を返すことしかできなかった。最低でも3分くらいは戦ってやると思っていたのだが、正直ここまでの存在感とは思っていなかった。戦うまでもなく分かってしまう圧倒的実力差。
召喚術が使えない俺は自分自身の無力さがとても嫌だった。物心ついた時から剣術を学んでいて、いつしか召喚霊の力を借りてさらに強くなるのだと思っていた。
―――けど、俺には召喚術師としての素質は無かった。
「その結果がこれか……。やべえな」
「ゆくぞ神風隼人!!遠慮はしない!!」
「いやいや……少しは遠慮しろよ」
ため息と共に弱気な気持ちを全て吐き出した俺はようやく覚悟を決め、気持ちを切り替える。刀をしっかりと構え、しっかりと擦葉を見つめる。
……余計な景色はいらない。視野を極限まで狭くして、その分擦葉に向ける意識を強くする。どんな些細な動きも見逃さないように、表情、視線、鼓動、手の動きや足の動き・・・行動に直結してくる情報を全て取り入れる勢いで擦葉のことを見続けた。
―――そして、一撃が放たれた。
「!!?。 ぐわぁあああぁぁぁ!!」
どんなスピードで来ようと、どんな攻撃が来ようと回避、そして弾く自信はあったというのに予測もしていない遠距離攻撃をまともに受けてしまった。
「外したか。目を狙ったのだがな」
「普通に目を潰してくるんじゃねえよ!!」
悔しそうな顔をする擦葉に向かって叫び、擦葉に攻撃された肩を押さえる。右肩の方を潰されてしまったため、俺の攻撃力と動きは完全に制限されてしまった。恐らくあの鞭に攻撃されたのだと思うけど、ただの鞭ならこんな剣で斬られたような傷跡は残らないはずだ。
「それにしても私の鞭剣ウィップソードを受けてその程度の傷しか負わないとは、やはり君は不思議だな」
「少ない霊力で身体強化してるんだよ。聴力までも強化されるってのは便利だよな」
「そうか?私からしたら要らない強化としか思えない」
擦葉の気を逸らそうとあえて会話をすることにした俺は、会話を繰り広げながらもしっかりと次の作戦を考えることにした。さっき擦葉の言っていた鞭剣ウィップソードというのが恐らくデュラハン専用武器で、剣であり鞭なのだろう。
想像するなら剣を鞭のように扱うことが出来る武器というわけだろう。鞭というのは武器の中ではあまり名前を聞かないが、その攻撃速度は武器の中でもトップクラスになる。
手で扱うことが出来る武器の中では最速と言ってもいい速さで繰り出すことができ、最高速度はマッハを超えると言われている。
「しかも召喚霊専用武器ならただの鞭の遥か上を行くんだろうな」
「その通りだ。私の鞭剣ウィップソードは最高でマッハ15を超えることが出来る」
誇らしげに言う擦葉。そこで俺は一つの疑問が浮かんだ。先ほどの攻撃が約マッハ4程度・・・それでも俺の動体視力でとらえることが出来なかった。それに擦葉は自分でも「外した」と言っていた。そして講師殺し……一気に3~4人の講師を殺したという。
これまでも擦葉の言葉、行動、そして性格を考えると自分から講師を殺したとは考えられない。まさかと思った俺は少し弱弱しい声のまま問いかけた。
「なあ、まさかお前……実技試験でも第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを使ったのか?」
「それは当然だろう。自分の実力を認めさせろというなら、自分の全力を出すのが基本だ」
「お前さっき俺の肩に攻撃を当てたことに対して『外した』って言ってたよな?まさかお前……自分でもその鞭剣ウィップソードを扱えてないんじゃないか?」
「!!?」
俺の言葉で一気に顔色を変える。今の今まで得意気な顔を浮かべていた擦葉は一体どこにいってしまったのだろうか。聴力だけでなく視力も上がっている俺には、今の擦葉の表情を読み取るのは実に容易なことだった。擦葉はすっかり動揺してしまい、冷や汗を額に滲ませていた。
暫く沈黙の時が訪れる中、擦葉がずっと閉じていた口を開き震えたような声のまま言った。
「そ、そんなわけがないだろ。私は召喚術師でデュラハンの使い手なんだ」
「そう言う割にはさっきから汗が止まらないようだな。まあ、確かに破壊力とスピードさえあれば別にいいんじゃないか?制御できなかったとしても、破壊力とスピードがあれば解決だろ。
……まあ、仮に集団任務のシュミレーションみたいな授業の時に制御できない鞭剣ウィップソードで全員巻き込んで皆殺し何てこともあるかもしれないけどな講師殺し」
「!!?。ち、違う!!私は――」
「殺したんだろ?その鞭剣ウィップソードで」
これは俺からの説教だった。制御できない武器を使っても全く意味もない。仮に使い続けたところで、事件が起こってからでは遅いのだ。講師を殺した時点で事件は起こっているのだが、それは講師たちの準備と予想不足ということで片づけられたと聞く。
しかし、この先制御の出来ない鞭剣ウィップソードを使い続けて再び人を殺めたりでもしたら今以上に白い目で見られることになる。
「もう殺したくないなら暫く鞭剣ウィップソードを人前で使うのはやめとけ。制御できないままで使っても、お前が後悔するだけだ」
「うるさい!!君に何が分かるんだ!!召喚術師でもない君に私の気持ちの一体何が分かる!!」
突然爆発した擦葉の想い。胸のうちで溜まっていた想いが濁流のように外に流れ、その言葉が俺の胸に強く……深く届く。クールだけど実は寂しがりやの擦葉はずっとその想いを隠し通してきたのだろう。擦葉のことを何も知らない俺はその濁流のような言葉の想いを真剣に聞いていた。
「私は……私自身が弱いままではいけないんだ。早く強くならなければいけないんだ。そうしないと……私は!私は!!」
「……」
暫く擦葉の叫び声にも似た言葉を黙って聞いていると、静かに……ただ静かに擦葉が近づいてきた。まるで本物の死神のように歩く擦葉は剣鞭を音をたてながら素振りさせたまま近づいていた。
「……君の言ったことは正しい。そして、私のしていることは間違っている。でも私は、それでも強くならないといけないんだ」
「え?ちょ、まっ――」
成人男性が横になったくらいの距離まで近づいたところで悲しそうな声のまま震えた腕で剣鞭ウィップソードを高く構える。最高速度はマッハ15を超えると言われている一撃が瞼を閉じて開いたころには既に襲っているということだ。
俺は――そのあまりに単調で何の変哲もない攻撃を、擦葉に滑りこむようにして回避した。いくら擦葉に特別な理由があろうと、武器の制御が出来ていなかろうと負ける気は無かった。
「残念だったな。俺の中にいる俺が『負けたくない』って思ってるらしくて、攻撃を避けちまったんだ」
「いいだろう。それでこそ君だ。やはり君は私が見込んだ通りだった」
「だから俺のどこを見込んだんだよ!!」
右肩の痛みをグッとこらえながら擦葉に斬りかかる。さっきの辛そうな……悲しそうな表情をしていた擦葉はなく、どこかすっきりしたような顔をしている。
最高速度マッハ15の剣鞭ウィップソードに後出しで出したらとてもじゃないが間に合わない。だからこそ、擦葉が攻撃を繰り出すよりも一足……二足も早く繰り出さないといけない。身体強化で飛躍させた動体視力で鞭剣ウィップソードの動きを最低限とらえ、擦葉の表情や目線で次の攻撃を予測する。
――その繰り返しで攻撃を何とかさばいているが、この攻撃を常に出来れば苦労はない。
「くっそぉぉぉ!」
「どうした?攻撃の速度が落ちているぞ!!」
俺と擦葉の今の大きな差は体内に宿している霊力の差にあった。霊力の多さは魔法の強さに直結していると言っても過言ではなく、元々少ない俺の霊力が今切れそうになっているのだ。
霊力が切れれば身体強化も出来なくなり、本当の生身で召喚術師……しかも第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン状態を相手にしないといけない。
「はあぁぁぁぁぁ!!」
少しでも霊力を回復させようと今までよりも強く擦葉の攻撃を弾き、少し遠くまで吹っ飛ばす。その刹那、頭の中に初めて聞く声が響く。
――なんじゃ?随分とくるしそうじゃのぉ。
「え!?。 だ、誰だ?」
「何をしている!!」
「うおぉぉぉ!?」
――戦いの途中で相手から目を背ける奴がおるか。お前さんはそこまで愚かな奴だったのか?
――いやいや、急に頭の中に聞こえたことのない声が聞こえてきたら誰だって驚くだろ!!
そのまま頭の中?いや、心の中というのが正しいのか。取りあえず口を使わずに会話を繰り広げていた。擦葉の攻撃ではなく、頭に響く声の方に意識を持っていかれてしまったため今までよりも多くのダメージを負ってしまった。
「どうしたんだ神風隼人!!動きがどんどん悪くなっているぞ!!」
――言われておるぞ神風とやら。このままじゃ負けるのではないのか?
――そうだよ!!って言うか、召喚術師相手に身体強化程度の魔法しか使えない俺が勝てるわけねえだろ!!
―――なんじゃ。勝ちたいのか?なら、わしに全てを委ねればよい。
――初対面……いや、まだ会ってすらなくただ頭の中に入ってきた声の主に全てを委ねられるほど俺は平和ボケしてねえよ!
――何を言っておるのじゃ?わしとお前さんは既に会っておるぞ?
「えっ?」
声の主は嘲笑するように言い、俺に一度考えさせる機会を与えた。当然俺にしか聞こえていない声なので擦葉が止まることはない。
もう一度強烈な攻撃を喰らうと思い咄嗟に左腕で顔を守ろうとする。
「・・・あれ?」
本来なら尋常ではない痛みが俺を襲うはずなのに、なぜかこの時だけは痛みを全く感じなかった。拍子抜けしたような声を挙げながら恐る恐る閉じた瞼を開けてみると、擦葉自慢の鞭剣ウィップソードを俺の左手がガッチリと掴んでいた。
左肩から指先にかけて黒い甲冑のような物を纏い、確かに着ていたはずの真っ白の制服は真逆の真っ黒の黒い甲冑へと変貌を遂げていた。
「……はい?」
――さあ神風とやらよ!その鞭剣ウィップソードという武器を投げ捨てて、その左手で思いきり娘を殴るがいい!!
――え?あ、おお……。
再び頭の中に声が響き、この時正常な判断が出来なかった俺は何故か承諾してしまった。取りあえず指示通り剣鞭ウィップソードを投げ捨て、思い切り擦葉の腹部を殴った。紫色の甲冑にヒビが入り、第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンが強制的に解除された。
甲冑を貫通した圧倒的攻撃力、生身の体を殴った時のどこか温かい感触。そして俺の頭に響いた謎の声。様々な出来事が一遍に起こってしまったこの決闘。
―――擦葉が気絶してしまったことにより、俺の勝利ということで幕を閉じた。
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