召喚術師

「決闘・・・ねえ」


 擦葉がエレベーターの方に行ってしまってからも作業を続けた俺が何となく口から出てしまった言葉。吐き捨てるように言ったためか、言葉は空気のように直ぐに消えてしまった。決闘という言葉と擦葉の柔かな胸の感触が頭と右手に残って、本の内容が全く頭の中に入ってこなかった。


「デュラハン関係なく召喚術師のあいつに勝てるのか?」


 決闘をするのは別に構わないのだが、問題は勝てるか否かにかかってくる。正直、召喚術師のあいつに勝てるビジョンが全く浮かばない。特にデュラハンと言った上位召喚霊を召喚を出来るということは、霊力の差も相当あるということだ。


 ただ負けるだけなら別に構わないのだが、もしかしたらそのまま殺されてしまうかもしれない。


「講師殺しと決闘ねえ。正直、命が何個あっても足りねえな」


 勝負をする前から勝利を諦めるような弱気発言をした俺はペラペラと本のページをめくり、デュラハンのことに関することが書いてないと分かると元の位置に戻した。図書館に来てからずっとこの作業を繰り返していて、正直今すぐにでも止めたい気持ちでいっぱいだった。


「・・・ん?なんだこの本」


 そんな中、俺は一冊の本に目を奪われてしまった。他の本は皆黒いブックカバーだというのにその本だけは何故か赤いブックカバーをしていたからだ。その本を手に取り、ページをめくってみるが何も書いていなかった。どこまでも白紙のページが続いていて、何も書いていなかった。


「白紙じゃねえか」


 タイトルも書いて無ければ中身も白紙という本で、俺はその本を受付に持って行って文句を言おうとした。ついでに嫌になってきた作業を終わりにするためにそのまま帰ろうと思っていた。


「あのすみません。この本何も書いてないんですけど・・・」


 エレベーターで一階まで下りた俺は早速受付に何も書いていないただ赤色のブックカバーをしている本を持っていった。受付のお姉さんは差し出した本を受け取ると確認のためにパラパラとページをめくる。全てのページめくり終えると本を一度置いたお姉さんは、少し申し訳なさそうな顔を浮かべながら言った。


「確かに何も書いてないんですけど・・・これはちょっとした悪戯でして」


「悪戯?お姉さんがですが?」


「ち、違いますよ!?生徒ですよ!えっと・・・この図書館は階層にあった本を違う階に持ち込んだ場合、その時点で貸し出しということになってしまいまして、2週間持っていただく決まりなんです」


「え?」


 困った顔をしながら説明をしてくれたお姉さんの言葉を一瞬疑ってしまった。お姉さんの言うことが真実だとすれば、俺はこの何も書いていない白紙の本を2週間保管して再びこの図書館に白紙の本を白紙のまま返さなければならないのだ。


・・・マジか。めちゃくちゃめんどくさいんだけど。


 内心そう思っていた俺だけど、お姉さんが申し訳なさそうな顔をしたまま「決まりですので・・・」という感じの顔をしながら見てくる。これ以上お姉さんに迷惑をかけられないと思った俺は、顔を俯かせたまま呟くように言った。


「分かりました・・・じゃあ、2週間後に返しに来ます」


「申し訳ございません。こちらでも注意しておくので」


 簡単なやり取りを繰り広げたあと、俺は図書館を後にして寮に帰ることにした。この学園は全校生徒が全寮制で、高等部に上がったら一人一部屋与えられることになっている。中等部では二人か三人一部屋で、初等部では幼稚園の延長のような施設で過ごすことになっている。


「それにしてもこの本どうしようかな・・・」


 白紙の本を再びパラパラとめくりながら呟く俺。相も変わらず白紙の本を破り捨てたかったけど、まだ一応図書館の本であるということなので捨てたりなどしたらそれなりの処罰を受けることになるらしい。さすがに魔法科の高等部に進学したばかりで処罰を受けるのはごめんなので、おとなしく部屋に保管しておくことにした。


 一度外履きに履き替え、男子寮の方に向かう。学生証が寮に入るためのパスポートのような物になるため、学生証を無くしたら再発行しなければならない。


「ここか・・・」


 長い階段を上ってようやく部屋に辿り着くことができた。いざ部屋に入ろうかとドアノブに手を伸ばしたところで、首後ろに金属特有の冷たさを感じる。


「ようやく戻って来たな」


「擦葉か・・・何でここに居るんだ?ここは男子寮だぞ」


 背中を向けたまま問いかけると首後ろに感じていた金属の冷たさが無くなった。恐らく剣を収めただろうと思った俺は両の手をあげながら後ろを振り返る。


「言っただろ?私は君に決闘を申し込むと」


「決闘するには相互が了承するのと、一人でも監督講師が居ないといけないんだろ?条件がそろってねえじゃねえか」


「講師なら既に呼んである。直ぐ使くの広場でやるつもりだ。相互の了承に関しても、君は勝負を断るような男じゃないだろ?」


 擦葉は自分自身に強い自信を抱いているように言う。真っすぐに見つめる瞳に俺が映り、その瞳に映る俺は死んだ魚のような目をしていた。真っすぐに・・・強い瞳で俺を見つめる擦葉に対して、死んだ魚のような目をしたまま立ち尽くす俺。


 その時点で勝てないと悟った俺だけど、擦葉の瞳と口車に乗せられて得意気に言った。


「分かった。じゃあ行くか」


「それでいい。それと安心するといい。私は君を殺すつもりはない」


「それはありがとうございます。出来れば痛いことも嫌いなんだけど?」


「戦いにおいて痛みを負わないのはありえない。ふざけたことを言っていると、二度と立てないほどの痛みを負わせるぞ」


 冗談に聞こえない擦葉の言葉。殺意と敵意が入り混じった言葉に一瞬怖気づいてしまったけど、一度戦うと決めた俺は少し距離を開けて擦葉の後をついて行った。時にすれ違う寮の男子たち(クラスメイト)は擦葉の存在に気が付くとピタっと静かになり、刺激しないように避けるように通り過ぎていった。


「・・・やっぱりこうなるか」


「なあお前。こうなることは分かってたんだろ?友達の作り方なんて本を読んでたのに何で人から遠ざけられるようなことを言ったんだ?」


「それは分かっている。だが、噂があれば確信がなくとも疑念や疑問を抱く。友達として見てくれていたとしても、疑念や疑問を抱きながら傍に居られるくらいならはっきり真実を言った方がましだ」


「そうですかい」


 覚悟を決めたようなことを言った擦葉だったけど、その言葉にはどこか迷いや後悔と言った気持ちを感じた。擦葉はまだあの自己紹介のことを根に持っている。出来ることなら訂正したいくらいなのだろう。俺は自分の本当の想いを押し潰しながら話す擦葉が寂しそうで、とても悲しそうに見えてしまった。


「ここだ」


「へえ・・・本当に広場なんてあったんだな。それで?講師はどこだ?」


「あそこに居るだろう?私たちの担任が」


 擦葉が指を差す方に目を向けてみると確かに立花先生が立っていた。さっき教壇に上がっていた先生とは雰囲気が全く変わっていて、講師用の武装をしていた。一見スーツのように見える恰好だが、講師は特殊開発された武装スーツを常に着ている。今日はホームルームだけだから着ていなかったのかもしれない。


 俺と擦葉は先生のところまで小走りで行き、キチンと確認をしてから決闘を始める。


「それでは二人とも頑張ってね。でも、大きな怪我はしないこと。回復魔術もあるけど、それは万能ではないから治せない怪我もあるからね」


「「分かりました」」


 照らし合わせたように二人とも同じタイミングで返事をする。そして、互いに距離を取り持っている得物を抜いた。


―――当然俺は日本刀。擦葉は腰に下げている西洋の剣を抜く。


「その剣はレイピアか?」


「その通りだ。最初は召喚霊の力を借りずに相手をしてやろう。これでも実力差が出るというなら、君は私の見込み違いだったということだ」


「どういう見込みをしてたのかは知らねえけど、剣術だけの勝負なら負ける気はしねえな」


 得意気になりながらそう言い、俺と擦葉は互いに剣を構える。すると二人の距離の間に立っている立花先生が決闘の始まりの合図を出す。


「では・・・始め!!」


―――その合図と共に駆けだしたのは擦葉の方だった。レイピアは剣の中では間合いがかなり長く、刺突武器としてよく挙げられる。特徴をよく理解していないとレイピアの刺突を受けきるのは難しいかもしれない。


 剣先が細く、そして鋭くなっているレイピアは日本刀よりもスピードが出る。俺が初期位置から離れなかったのは、得物の違いでスピードに大きく差が出ていることを知っているからだ。


「やあぁぁぁぁぁぁ!!」


 強く叫び、早く鋭い剣先が俺に向かって来る。俺はレイピアの剣先の場所に合わせて刀を持っていき、刺突を流す。金属と金属が擦れ合う・・・耳をふさぎたくなるような音が響き、完全にレイピアを弾く。


―――そのまま攻撃に移ればよかったのだが、何故か俺はあえて擦葉を挑発するかのように嘲笑していた。


「・・・っく!!」


 そして、その嘲笑にまんまと乗せられる擦葉は次々と攻撃を仕掛けてくる。手の動きが見えないほど速く、岩をも砕く貫通力を思わせる擦葉の一撃一撃だが、俺はその一撃一撃を丁寧に受けて行った。


 攻撃を弾き、かわし、そして流す。子供の頃にやっていた剣術が体に染み付いていて、擦葉の早い攻撃にも対応出来るのだ。


「き、君は一体何者なんだ!何故私の攻撃を見切ることが出来る!!」


 俺は一歩も動いていないので殆ど疲れていないが、手が見えなくなるほどの速さで手数を繰り出した擦葉の息はいつの間にかあがっていた。


「攻撃が単調なんだよ。それに・・・お前は攻撃する箇所を見る癖がある。俺の胸を狙う時は胸を見てるし、俺の肩を狙う時は肩ばかりを見ている。それだと攻撃する場所を教えてるようなもんだ。


 それに・・・俺は自己紹介でも言った通り召喚術は使えないんだよ。だから剣術だとか体術で食らいつくしかねえんだ」


 日本刀を真っすぐ擦葉に向ける。すると、どこか諦めたような顔をした擦葉が大きく息を吐いて言った。


「分かった。剣術の勝負は君の勝ちでいい。・・・だが、私はまだ本気を出していない。召喚術を使えない君に召喚術で戦うのは不公平かもしれないが、私はここで引き下がるわけにはいかない!!」


 そう言った擦葉は再び距離を大きくあけ、レイピアを収めて大きく息を吸い込んだ。目を瞑り、擦葉の霊力がどんどん高まって行くのが分かる。


「おいおい・・・」


 俺の倍以上の霊力を感じさせる擦葉に恐怖を覚えた俺は、冷や汗を滲ませながら苦し紛れにそう呟いた。召喚術師というのは実際に召喚霊を出して戦うのではなく、召喚霊の力を借りて自分自身で戦う技術である。


 例えばヴィネグレットの召喚霊はサラマンダーなので、その力を借りて炎を操ることが出来る。決闘するためにもデュラハンのことを調べておきたかったのだが、それらしい資料が見つからなかったため俺は現在進行形でピンチということだ。


「ゆくぞ神風隼人!!第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン!!」


 叫んだ擦葉は霊力を纏い、雰囲気が変わる。召喚術師が召喚霊の力を借りるのは複数の段階があり、一気に全ての力を借りられるわけではない。


 第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンだとしたら、召喚霊に適した身体強化と専用武器くらいだろう。


――そう。これが召喚術師との闘い。


 俺は召喚霊の力を借りることもなく、ただ己の力のみでこの強い召喚術師と戦わければならないのだ。


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