講師殺し
「あれが噂の講師殺しねえ・・・」
擦葉の自己紹介が済んだと同時にホームルームが終了し、殆どの生徒が擦葉を遠ざけるようになった。初日はホームルームで終了ということで、なるべく擦葉に近づかないように教室を抜ける生徒が目立った。俺はその生徒を見て若干の怒りを覚え、肘をつきながら擦葉のことを見ていた。
「どうしたの?まさか気になるの?」
「まあな。そもそも講師を殺したことを話さなければこうなることにならなかっただろうし」
「それもそうね。何で言ったのかな」
噂はあくまでも噂だと流していれば擦葉はデュラハンを召喚できる召喚術師として一目置く存在だったというのに、何故わざわざ講師を殺したという真実を伝えてしまったのだろうか。そして悪い真実というのは速く広がるもので、今頃学年中に広まっていることだろう。
人の噂も七十五日という言葉があるが、人を・・・それも講師を殺したという噂はそう簡単に無くならないだろう。つまりこれから擦葉はいつ爆発するか分からない爆弾のような扱いを受けることになるのだ。
「デュラハンってどんな召喚霊なんだ?」
「デュラハン?うーんと・・・って、実技はともかく知識で私が隼人に勝てるわけないじゃん」
「あ、それもそうか」
「その辺のことが知りたいなら図書館にでも行ったら?高等部になったのなら入れるでしょ」
そう言いながらポケットに入れていた学園の地図を広げ、図書館を指差した。ヴィネグレットの言う通り図書館という学園設備は高等部から使用可能となる設備で、世界に誇ることが出来るほどの本が保管しているという。
全てが魔法技術に関しての本で、高等部だけでなく学園の講師や研究員までも利用すると言われている。
「じゃあヴィネグレット。一緒について行ってくれよ」
「え!?な、何で私も?」
軽い感じで誘うと一気に顔を赤くしたヴィネグレットが戸惑いながら尋ねてきた。何でそんなにも顔を赤くして動揺までもしているのか分からないけど、俺は普通に答えた。
「いや、一人で行くのも何か寂しいし、ヴィネグレットはどうせ暇だろ?」
「!!?。じゃあ・・・誰でもいいってこと?」
「え?」
顔を赤くしたヴィネグレットは俺の一言が気に障ったのか、リンゴのように赤い顔を今度は腐ったバナナのように黒くした。
・・・ああ。これは俺絶対殴られるわ。
それを察した俺は直ぐに逃げる体勢をとるが、男子並みの運動量や瞬発力を誇るヴィネグレットから逃げることは不可能だった。
「一人で行ってきなさい!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
―――高等部に進学して登校初日。新しい生活に胸を躍らせながらクラスに入り、夢や希望を抱いていた。
だが、その日俺は教室に出る瞬間に腐れ縁の幼なじみに殴られたのだった。
※※※
「ここが図書館か・・・さすがに馬鹿広いな」
顔におたふく風のような膨らみを右頬につけながら図書館に行った俺。最初に入ってた時の率直な感想は正直に言うと“馬鹿広い”だった。入って真ん中にある受付を目印に、どこまでも本棚が続いて行く。数万・・・いや数百万以上の本がこの図書館にはあるのかもしれない。
取りあえず今日の目的はデュラハンのことなので受付に行って召喚霊について載っている本の場所はどこか尋ねることにする。
「すみません。召喚霊が記載されている本の場所はどこでしょうか?」
「召喚霊ですね。それでしたらそこにあるエレベーターを使って3階までお上がりください」
「分かりました」
受付のお姉さんが丁寧に、そして笑顔で場所を教えてくれたので俺の心はとても温かくなった。エレベーターを使う図書館なんて聞いたことは無いけど、俺はお姉さんが教えてもらった通りエレベーターを利用して3階まで上がる。
―――エレベーターのドアが開くと、再び巨大な本棚が何台も並んでいた。受付のお姉さんの話によるとこの3階の本全てが召喚霊に関しての本らしい。
正直、この中の本でデュラハン単体の内容が載っている本を探すとなると気が遠くなってしまう。
「この中から探すのか・・・」
大きなため息をついて俺は一冊ずつ手に取ってパラパラとページをめくって書いてないことを判断すると、直ぐに元の位置へと戻す。その作業を永遠と続けていく。傍から見たら本をパラパラとめくっては直ぐに本棚に戻す変な奴だが、デュラハンがどの本に載っているのは分からない以上この方法をとるしかないのだ。
「ダメだ~見つからねえ」
その作業を続けること約1時間。デュラハン関係なく気になる召喚霊の資料は見つかったけど、一向にデュラハンの資料は見つからなかった。
途方もない作業に飽きが来たのと疲れが襲ってきたので、複数個所に置かれているイスに腰かけた。イスに腰かけて体を伸ばしていると、本を読んだまま一人の女子生徒が隣に座った。
―――それは今まさに噂になっているデュラハンの召喚術師、擦葉だった。
「・・・」
本を読んでいるため俺に気が付かないのか、いくら睨みつけてもこちらを見ようとしない。何故か分からないけど後ろめたい気持ちが強くなった俺は逃げるようにして席を立った。
「逃げるんだ」
「!!?」
立ち上がり、再び作業に入ろうかと思ったところでようやく擦葉が口を開いた。擦葉が口を開いたこと、そしてその口が言った言葉に驚いた俺は油が切れた人形のようにぎこちない動きで恐る恐る後ろを振り返る。
「・・・お前、今喋った?」
「当たり前だ。私も人間だぞ」
呆れたように俺を小馬鹿にするように言った擦葉。本を読んだまま会話をする擦葉に若干の苛立ちを覚えた俺は、軽い仕返しをしようと読んでいる本を取り上げた。一応ページは変えないままにしておく。
「ああああああああ!!!!」
「!!?。う、うるせえな!本盗られたくらいでそんなに騒ぐなよ!」
軽い悪戯のつもりで本を取り上げると擦葉はまるで子供のような叫び声をあげ、必死に本を取り返そうとする。この階にいる生徒や講師など全員がこちらを向き、冷たくて強烈な視線を浴びせてくる。ハッと何かに気が付いた俺と擦葉はペコペコと頭を下げた。
俺よりも深く頭を下げる擦葉に見つからないように何の本を読んでいるのかとチラッと確認してみると、そこには想像も出来ない内容が書かれていた。
『人と仲良くなるコツ』、『コミュニケーション能力向上の秘訣!』、『気づけば人気者!?』などと言ったサブタイトルが並んでいた。
「・・・」
「!!?。みみみみみみみ・・・見たな!!君は今、私の本を見たな!」
今度は周りの人たちに迷惑になるかならないかギリギリの攻め際ラインで叫び、直ぐに本を取り返そうとする。素直に本を取り返されればよかったのだが、俺は悪い運動神経をフルに活用して避けようとするが足が絡まって取り返そうと身を寄せてきた擦葉を巻き込んで転んでしまう。
―――モニュ。
背中から床に転ぶと何故か右手に柔らかい感触が伝わった。今まで触ったことのない未知の柔らかさと妙に安心する温かさが伝わってくる何かを、俺は右手でしっかりと掴んでいたのだ。
「・・・え?」
目を開けてみると涙目でネコのように俺を睨みつけ、リンゴのように顔を赤くした擦葉がそこにはいた。そして・・・俺が右手でしっかりと握っていた未知の感触は目の前にいる擦葉の胸だったのだ。そう。俺はこの日、初めて女子の胸を触った。
「~~~!!」
「あの・・・その――ありがとうございます?」
「神風隼人!!私は君に決闘を申し込む!!」
お礼を言ってやり過ごそうかと思ったけど直ぐに立ち上がった擦葉は涙目で精一杯俺を睨みながら真っすぐ指を差し、若干震えた声のまま言った。遅れて立ち上がる俺は手で×の形を表すが、今の擦葉を止められる者は一人も居なかった。
「この決闘で私に勝利したら私は何でも一つ願いを聞いてやろう!だが、私が勝った時、覚悟はしておけ!!」
そう言い捨てて逃げるようにしてエレベーターの方へと行ってしまった。俺はただ茫然と立ち尽くすことしかできず、左手で持っている本を返すことすらも忘れてしまっていた。
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