第一章
魔法科
――独立魔法学園の中等部と高等部の大きな違いは、得る力の差にある。初等部では魔法知識を、中等部では知識を生かしての実践授業となるけど高等部はさらにそれを深く学ぶところでもあった。
例えるなら、人を殺せるほどの・・・魔法を使える者を殺せるほどの力をつけることができるのだ。
「ここが新しいクラスか」
高等部の生徒だけが入れる校舎内は広く、少し迷いながら自分の教室にたどり着くことができた俺。あのあと講師に実力が認められ、高等部への進学許可が下りたのだ。
ガラガラと音をたてながら教室のドアを開けると、まだ教室には誰も居なかった。
―――いや、よく見たら一番端っ子の窓側の席でたそがれている女子がいた。
どこか寂しそうな目をしたまま窓の外を覗き、太陽の光が特徴的な銀色の髪を照らして輝かしていた。机の下から覗かせるキレイで細い足はまるでモデルのようで、少し上に視線を向けると細いウエストの上に大きな固まりが二つついていた。
「・・・なに?」
冷たく・・・深海のように青い瞳がこちらを向き、肘をついたまま問いかけてきた。
「え!?あ、いや・・・なんにも?」
「・・・そう」
俺の視線に気がついた女子がこちらを向き、美しい容姿とは裏腹な態度を見せてきた。当然動揺してしまった俺は声を震わせ、多少裏返りながら答えた。
冷たく、吐き捨てるように答えた女子は俺との会話を終えると直ぐに窓の外を向き、再びたそがれていった。
「・・・」
この空気に耐えることのできない俺はあの女子から一番遠い席に座り、顔を机に突っ伏したまま微動だにさせなかった。
席は自由なのかどうかすら分からなかったけど、この空気に耐えるために教室の空気になるしかなかった。
「ちょっと隼人。あんた何してるのよ?」
暫く机に突っ伏したまま微動だにさせないでいると、聞き覚えのある声が耳に響き、冷たくなった教室と俺の心を優しく温めるようだ。
頭を上げてみると、そこには初等部からの腐れ縁のような関係のヴィネグレット・ブルームが立っていた。
高等部の生徒とは思えないほどの童顔で茶色の髪が特徴的な美少女、運動神経が良く男顔負けの運動量や瞬発力を持つ。茶色の髪とルビーのように綺麗な赤い瞳、薄いピンク色の唇。
正直、なぜ俺なんかと仲良くしているのだろう。
「・・・あんた、私を見るときはまずは胸から見るわよね」
「ハハハ。ソンナコトナイヨ」
機械のように弁解をするけどその言葉に説得力はなかった。しかし、ヴィネグレットの胸は中等部の女子の胸に勝るとも劣らない程度の膨らみで、わざわざ見る物でもない。
まな板のような胸を見て俺は心底憐れんでいるのだ。
「まあいいわ。それにしても、あんたも合格したのね」
「それを言うならお前もな。素行が悪いからてっきり不合格と思ってたけど」
「それについては・・・うん。ちょっと否定できないわね」
苦しそうな表情を浮かべるヴィネグレット。そう。こう見えてヴィネグレットは何度も学園の設備を壊している。魔術の実践では時に大きな被害が生じることがあり、霊力が一般の魔法科の生徒よりも多いヴィネグレットでは被害の大きさが違うのだ。
「だ、だって仕方ないじゃない!私が召喚霊の力で実践しようとしたら全部燃えちゃうんだもん」
「制御出来るようにするんだな。火力調節の技術は、強くなるためには必須だろうし」
「それは・・・分かってるけど」
少し落ち込んだようにショボンとしてしまったヴィネグレット。本来、魔法には様々な種類があるが軍事力・・・即ち純粋な強さを比べるのなら召喚術師が圧倒的なのだ。
召喚システムというものを作り、霊力という魔法を使うための力を注ぐことで神話や本に出てくるような神・精霊・妖怪・悪魔など様々な種族を召喚することができ、それらは一般的に召喚霊と呼ばれている。
ヴィネグレットの召喚霊はサラマンダーと呼ばれる召喚霊で、圧倒的な火力を誇り全てを焼き尽くす強力な召喚霊だ。
「召喚霊が強いのは羨ましいな。俺は召喚術師としての素質は皆無だから霊力を注いでも何にも召喚できねえし」
「じゃあ・・・なんであんたは合格してるのよ。高等部に進学出来た生徒の8割以上が召喚術師でしょ」
「俺が少数派の2割の一人ってことだ。まあ、剣術これのお陰だけどな」
誇らしげに俺は刀に触れ、ヴィネグレットに言った。ヴィネグレットの言う通り魔法科の高等部の生徒の8割以上が召喚霊を操る召喚術師で、召喚術師でない人が合格しても周りの人間に着いていけないという理由で普通科に移動する生徒もいる。
それでも俺は出来るところまで進むことにした。
――――魔術書グリモワールを手に入れるために。
「どうしたの隼人?なんか眉間にしわが寄ってるわよ」
「ん?ああ、なんでもない」
心配そうに顔を覗き込んできたヴィネグレットに適当な言葉を返す。暫くヴィネグレットとの話に盛り上がっていると、教室にどんどん生徒が入ってきてやがて担任の先生も入ってきた。
「はーい皆さーん。ホームルームを始めますよー」
かなり若い女性の先生が教壇に立ち、挨拶をする。魔法の授業をする以外は他の学校と殆ど同じで、あくまでも学園として機能している。
先生は自己紹介し、立花と名乗った。チラッと辺りを見渡してみると、教室には全部で約30人ほどの生徒が座っていた。
先生がなにも言わないということは席の指示や決まりなどはないのだろう。
「ねえ隼人。あの子知ってる?」
「だれだ?」
隣に座っているヴィネグレットが立花先生にバレないよう小声で尋ねてくる。聞き返すと親指で一番後ろの窓側の席の女子を示した。
俺はその質問に対して首を振り、なにも知らないことを表す。
「いや・・・ね。ちょっと噂が流れててね」
「噂?」
あの女子を怪しむような目付きで見つめるヴィネグレット。いつもの男女問わず誰にでも優しいヴィネグレットは一体どこに行ってしまったのだろうか。
結局、その女子の噂の中身を知ることもなく立花先生の提案の元、自己紹介をすることとなった。
―――もちろん、順番は廊下側の一番前に座っている俺からである。
「えっと、神風隼人です。得意な魔法は身体強化魔法です。召喚術は使えません。よろしくお願いします」
震えた声で何となくやり過ごした自己紹介。自分の番が終わると順番は後ろに流れていき、少し遠くの方からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「召喚術使えないんだって」
「よく魔法科に来れたな。あいつって霊力そんなにすごいの?」
「どうせ直ぐ居なくなるだろ。召喚術師との差に気づいて」
うん。こそこそ話をするならもう少し小さな声でしてほしいな。自己紹介をして、召喚術が使えないということを発表すればこうなることは分かっていた。
俺はその笑い声が聞こえないように耳を塞ぎ、そのまま自己紹介の時間が終わるのを待っていた。
―――気づけば自己紹介が終わりの方まで来ていて、ヴィネグレットが警戒していた女子のところまできた。
「擦葉さつば葵あおい。召喚霊ではデュラハンを召喚できる」
最後の女子は想像以上に強い人だった。クラス全体が歓喜の声をあげ、この場にいる全員が一目置く存在となるのは必然だろう。
みんなが期待や憧れの視線を向けるが、その視線の理由は次の言葉で恐怖へと変えられた。
「私は実技試験で講師を殺した。3人・・・いや、4人ほど殺した。以上だ」
「・・・」
歓喜の声がピタッと止まり、一瞬で教室が凍りついてしまった。擦葉のことを見る目が完全に変わり、全員が恐怖を抱いた。
そう。これが噂の中身だった。いや、噂ではなく真実だった。
――――講師殺しの死神という名の。
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