第28話
クオリスは、翼の民の集落で、本を焼いた。そして、族長ローエルにも、ハルエナら一般の翼の民にも、竜人と人間との契約のことを口外せぬように頼んだ。
フュレンとシーツゥの家に一泊し、その翌日の朝に、クオリスは集落を出た。
「いつでも遊びに来てね。あたし、ロンと待ってるから」
「ああ。色々と世話になった」
センタブリカ領主の息子・ロイがくれた金貨は、銀貨に姿を変えたものもいたが、まだ十分残っていた。これだけあれば、カナル公爵のもとへ行ける。
クオリスは広大な草原を越え、船で元の大陸に渡り、ラーヴィグア帝国の端を馬車で通過し、ついに第二の故郷――フィオニア王国の地を踏んだ。
ロンのことは何て言おう。少なくなった銀貨を、揺れる馬車の中でもてあそびながら、クオリスは刻々と近づきつつある屋敷に住む、父のような人に想いを馳せた。
頭に生えていたひれがなくなり、竜族でもなくなったのだから、もう頭巾を被る必要はなかった。
屋敷の門付近を掃除していた女の使用人は、門の前に泊まったクオリスを見ると、はっと飛び上がって屋敷に駆け込んで行った。
女の態度にクオリスが首をひねっていると、門から遠い向こうにある屋敷の扉が開け放たれ、そこから白髪の老人が飛び出してきた。
「クオリス!」自分の名前を呼び、両腕を大きく広げながら駆けてくる老人に、クオリスもたまらず駆け寄った。
長年別れていた親と子がそうするように、二人は、涙を流しながら抱き合った。
「ロンは、ロンはどうしたのじゃ?姿が見えぬが……。それにお前、頭のひれはどうした」
屋敷の公爵の部屋への道を歩きながら、公爵は疑問をクオリスにぶつけた。
「話すと長くなりますが……聞いてくださいますか」
「うむ、勿論じゃ」
公爵の部屋の椅子に腰を落ち着けたクオリスは、向かいに座る公爵の目を見て、これまでにあった数々の出来事を話す。契約のことを話すのは少しためらわれたが、公爵は決して人に言いふらすような人ではないと思い、話した。
クオリスと公爵が再会し、話し始めたのは昼頃だったのに、話し終えると日は傾き、夕焼けが街を覆わんとしていた。
公爵は、クオリスが話し終えてしばらく黙っていた。クオリスが再びロンを死なせたことについて詫びようとすると、公爵が言葉を発して彼女を遮った。
「クオリス、帰ってきてくれてありがとう。ロンの分も、ここでわしと暮らそう。そしていつか、ロンの墓があるという翼の部族の集落に行こう」
「…………ありがとうございます、公爵様」
クオリスは感謝や悲しみなど、たくさんの感情が複雑に混じったまま、ただ頭を下げ続けた。
クオリスはその日から、カナル公爵の養女として過ごすようになった。
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