第29話

 養女となって三年が過ぎたある日、街に買い物に出ていたクオリスは、そこで、懐かしい顔と再会した。


「あ、君は、あの時の!」

 目が合うなり笑顔で駆け寄って来たその人物に、クオリスは笑顔を見せた。

「ロイ様」

 ロイ・センタブリカ。竜族の血を引く者。

 彼は、一瞬目を丸くしたのち、すぐに元の笑顔に戻った。

「様、なんていらないよ。ね、久し振りに会ったし、ちょっと話さないかい?」

 彼には大きな借りがあるし、クオリスも話したいと思ったから、頷いて彼について行った。


 二人は、ロイの行きつけであるあの喫茶店に入店した。

 三年前と同じように、壮年の店主が迎えてくれた。前は黒かったその頭に、白い筋が何本が走っているのを見つけると、時の流れを感じた。


 三年前、公爵の家を発って間もない頃、自分が泣かせてしまった子どもをなだめてくれたのが、目の前の席に座る彼だ。思えば、あの時の自分はしっかり礼も言わず、しきりに【秘境】について問い詰めるという、随分と礼儀知らずな振る舞いをしたものである。一人胸中でそのことを思い出したクオリスは、顔を赤らめた。

「そういえば、名前を聞いていなかったね。教えてもらえないかな?」

 ロイは笑顔で自分を見つめていて、どこか気恥ずかしくなる。赤い顔のまま、クオリスは彼に名乗った。

「何故、頭巾を被っていないのに私だとわかった?」

 クオリスは、気恥ずかしさを隠すように、苦し紛れの質問をぶつけた。

「何だ、そんなことか。君は赤くて長い髪だし、頭巾の下から見えた、金の瞳が綺麗だったのを覚えていたから。あと、声も覚えていた」

 ところで、あの、茶色の髪の子は?と、明るい口調で問いかけられた時、クオリスの顔に、一瞬暗い影が落ちた。

「あの子……ロンは、旅の途中で死んでしまった」

「……!そうか。すまない、嫌なことを聞いてしまったね」

「いや、平気だ」

 それから一刻ほど、クオリスはロイに旅の話をした。自分が故郷から追放に近い形で人間界に帰ってきたことも、ロイは黙って聞いてくれた。彼は神獣リュッコのことについて興味をもったようで、いつか隣の大陸に渡ってみたいと言った。


 喫茶店を出た時、クオリスはロイに頭を下げた。

「旅の時は、ありがとう。その礼に、何でも言うことを聞くから、言ってくれないか」

 クオリスの突然の申し出に、ロイはうろたえた。

「や、そんな、急に……。お礼なんていらないよ。故郷に無事に帰ってほしいと思っただけで」

「いや、これでは私の気が済まない。どうか」

 あまりに必死に頼み込むものだから、ロイは苦笑を漏らした。そして、顎に手を当てて、クオリスにお願いすることを考える。

 はっ、と、自分にとっていい案がひらめき、ロイは笑った。

「…………そうだ。また今日みたいに、週に一度でいいから、ここでお話しできないかな?」

「あ、ああ、勿論だが。しかし、いいのか?私はお前と話していて楽しいし、こんな楽なことで……」

「楽しいって思ってくれてるなら、なおさらだよ」

 じゃ、また一週間後にね、と言い、ロイは去って行った。

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