第24話
長ローエルは、ロンとクオリスが契約を交わしたことと、オルシャン島へ渡ることを聞くと、僅かに目を丸くする。しかし本当に微々たる変化であったため、気分が高揚した二人は気づかなかった。
「……本来は、竜のみが暮らす島。契約者とはいえ、人間を受け入れるかはわからん。だが、行くというのなら止めはしない」
「はい。今までありがとうございました」
ロンは、ローエルに礼を言って頭を下げた。クオリスも、それに倣うように礼をする。
その日はフュレンとシーツゥの家で一泊し、翌日五の月の九日の早朝に家を出た二人は、外で眠っていたイワンに飛び乗った。
オルシャン島への空路は、クオリスはこれで二度目だが、ロンは初めてなので、変わった形の雲や、自分の頬を撫でる風に終始感動していた。
「あの島がそう?あの、白い建物が真ん中にあるの」
「そうだ。あれはルーシャニオ神殿というのだ。その近くで昔の仲間に会った。故郷へは、【声】を辿って行く」
「声?」
「島に入ると、仲間が私を呼ぶ声が聞こえるのだ」
ロンは、改めて島の中心の神殿を見下ろした。霧を纏った森に守られる神殿は、どこか外のものを拒むような空気が漂っていた。
砂浜に着地したイワンの背から、クオリスとロンは待ちきれんとばかりに飛び降りる。目の前に広がる森は、
「お二人サンは、これからここで暮らすの?」
「わからない。でも、公爵様に会いに行きたいな。クオリスの故郷を見て、また戻ってくるかもしれない」
「そう。なら、アタクシも島に留まっているわね」
イワンの申し出に、クオリスは首を横に振った。
「お前は母親のもとで経験を積め。仲間が心配する」
そんな、寂しいわ、と耳を垂れるイワンの翼を、クオリスは苦笑しながらもそっと撫でた。
「また会いに行くから」
「ええ、約束よ!」
イワンの姿が見えなくなるまで見送ると、クオリスはロンの手を引いて歩き出した。【声】は聞こえる。これを辿って行けば、またディネにも会える筈……。
「クオリス……?」
目当ての彼の声は、森を抜けきらないうちにクオリスの耳に届いた。それは以前聞いた時よりも幾分か訝しげで、喜びの色が感じられない。
「ディネ」
木の間から現れた幼馴染の警戒するような表情に、クオリスは首を傾げた。
「どうしたんだ?……ああ、この子はロン。契約をしたから、私の故郷を見せようと思ってな」
「何で契約なんかしたの」
「え?」
怒気を孕むディネの声に、クオリスは彼が怒る理由がわからず、ただ彼を見つめることしかできない。それはロンも同じであった。
「仲間の声が聞こえないの?」
「い、いや、聞こえる。前と同じ、私を呼ぶ声……」
すると、ディネは悲しそうに眉を下げ、俯いた。
「もう、声の判別もつかなくなっちゃったんだ。…………あれはキミを拒絶する声だよ。皆、キミが前と違うことに……竜族の力を失くしていってるキミに、来るなって言ってるんだよ」
クオリスは、呆然してその場に立ち尽くした。ディネの言葉の内容が呑み込めない。竜族の力を失くした?仲間が私を拒絶?
「は……?どういうことだ?竜族の力を……?」
「何も知らないで契約したんだ。……族長に聞いた方がいい」
理解できていない様子のクオリスに、ディネは「族長のところへ案内するよ。皆は嫌がるかもしれないけど」と言って踵を返した。
ただ一人、状況が全くわからないでいるロンは、去り行く二人の背中を見送った。
……がしかし、無表情のディネに手招きされ、慌てて竜人二人の方へ走って行った。
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