第23話

 夕食を食べ終えて、その片付けが終わっても、クオリスは帰って来なかった。

 既に日は暮れ、夜の闇とその中に輝く星明かりが草原を支配していた。


 竜族の末裔のロイから聞いた情報が正しければ、彼女の故郷である【秘境】はオルシャン島にある筈である。しかもオルシャン島は、地図で見ると非常に小さな孤島で、そこまで探索に時間がかかるとは思えない。

 危険な目に遭っていなければいいが。ロンは、大きな桶に張った湯で身を清めなが

ら祈るように腕を組んだ。


「来たーっ!!」

 全身を洗い終わった時であった。ハルエナが、大声を張り上げて入浴用の天幕の中に飛び込んで来たのである。当然、裸のロンは悲鳴を上げ、咄嗟に手で胸を隠した。

「ハ、ハルエナ……?」

「今っ、クオリスが帰って来た!翼の祭壇の前に!」

 満面の笑みで迫るハルエナにたじろいでいたロンは、彼女の言葉を聞き胸を隠すことも忘れ、裸のまま天幕の外に出ようとした。流石にそれはまずいと思ったハルエナは、ロンの腕を掴んで引き戻し、服を素早く着せた。

「流石に素っ裸で走るのはまずいよ。ほら、早く行ってきな」

「ごっ、ごめん、ありがと!」

 ロンは今度こそ天幕を飛び出し、翼の祭壇へ向けて走って行った。


 満天の星空と、嬉しそうに目を細めるイワンを背景に、ロンとクオリスは抱き合った。

「クオリス、おかえり。故郷は見つかったの?」

「ああ。それと、契約の方法も見つけた。思ったよりも簡単なものだった」

 故郷も契約方法も見つかったことに、ロンはまるで自分のことのように喜んだ。

 しかし次の瞬間、ロンはクオリスに再度抱きすくめられたかと思うと、首筋に何かが刺さったような痛みを感じた。そこから、身体の中の何かが吸い取られるような脱力感に見舞われる。

「うっ……いった……」

 小さく呻いて崩れ落ちるロンの身体を、クオリスはしっかり支えた。彼女の細い顎を、ロンの首筋から流れるのと同じ、赤い液体が伝った。

「キャーッ!」イワンは両翼で顔を覆い、悲鳴を上げた。

 クオリスは自分の右手首に噛みつき、その傷口をロンの口に押し当てた。混乱しているロンは、何事かとクオリスを見上げるだけだった。

「竜と人が、互いの血を飲むことにより契約は成立するのだそうだ。早く飲むといい」

「んぐっ、わ、わかった、から。そんなに押しつけないで」

 ロンは、クオリスの手首から流れる血液に、遠慮がちに口をつけ、舐めた。始めのうちは、早く口を離さなければと思ったが、次から次へと流れ出てくる血液を見るとそんな気持ちは飛び、出血を止めようと夢中になってクオリスの手首を舐め続けた。

 ……と、ロンの左肩が軽く何かに挟まれ、後ろに勢いよく引かれた。

 突然の衝撃に対処できずよろめくロンを受け止めたのは、口をぱくぱくと開閉しているイワンの胸である。彼女は、我を忘れてクオリスの血を吸い続けるロンを見かね、自分の口を使ってクオリスから引き剥がしたのである。

「ちょっと待った待った、ここアタクシ見てるのよ!?それに、もう十分血は飲んだでしょう!」

 二、三秒はぽかんと口を開けてイワンを見上げていたロンだったが、次第に自分がしていた行為を自覚したようで、顔を真っ赤に染めた。そして、土下座する勢いでクオリスに謝った。

「ごめん!血が止まらなくて……」

「大丈夫だ。じきに止まる。とりあえず、長のところへ報告に行こう」

 クオリスはロンを安心させるように微笑むと、長の家を目指して歩き出した。

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