第22話
クオリスとイワンが二大陸の間に浮かぶオルシャン島に旅立ってから既に四刻以上が過ぎている。竜と人間の契約方法を見つけること、そして何より、【秘境】の場所を知ることを考えれば、そうそう早く戻ってこられるものではない。しかし、フュレンと共に昼食の片付けをしているロンは、親友の帰還が待ち遠しくて仕方がなかった。
「早く帰って来ないかなぁ……」
そわそわとした気持ちは表面に出ていたようで、住居の前を行ったり来たりするロンを、ハルエナやシーツゥ、果てはフュレンまでもが笑った。
「そんな落ち着かないのっ?」
落ち着かなげに西の空を見上げるロンの背中を、ハルエナは強く叩いた。急に背中にやって来た衝撃に、ロンはうわあっと悲鳴を上げ、腕に抱えていた果物入りの籠を落とした。振り返り、そこにあったハルエナの満面の笑みに、脱力したようにため息を吐いた。
「そ、そりゃあ……。……それに、最悪の場合も考えちゃって……」
「最悪の場合?何それ」
「……もし、オルシャン島で【秘境】を見つけて、仲間に会ったら…………、クオリス、そのままそっちで暮らすようになるかなって思って……」
そこで、ロンは言葉を切った。自分を見据える二つの目の端が、怒ったように吊り上がったからである。
何かまずいこと言ったかな、と思う間もなく、ロンはハルエナによって両肩を思い切り掴まれていた。
「ロンが信じてあげないでどうするの!待ってるって言ったんでしょ?第一、あーんなにあんたのこと大好きなクオリスがそんな真似すると思うの!?」
確かに、ハルエナの言う通りだ。自分が彼女を信じないでどうする。クオリスはきっと、いや、絶対に帰ってくる。ロンは、自分に言い聞かせるように呟いた。
ハルエナに強く指摘されたことで、ロンの心中は、先程までの暗く後ろ向きな気持ちが消え失せ、晴れやかな気分になっていく。それと同時に、ハルエナの言葉の中に気になるものがあったことを思い出し、口を開いた。
「クオリスが私のこと大好きって、大げさだよ」
「いやいや、大げさじゃないって!初対面の時もずっとあんたの周りを警戒してたんだから!集落に来た時もクオリスの目つきが鋭すぎて、フュレンも話しかけるのに勇気がいるって言ってたし。ローエルは何があっても動じない人だし、シーツゥはニブちんだから、普通に話しかけられたんだと思うけどね」
その時、二人の背後にある住居の中からフュレンが顔を出した。
草で籠を作るという彼女に、ロンもハルエナも続いて住居の中に入った。
ディネは、寂しそうにクオリスを見つめた。随分と背が伸び、クオリスより頭一つ分高い彼の顔は、不安一色だった。
「また外に出て行っちゃうの?折角会えたのに、どうして」
「私はまだやることがあるのだ。それが済んだら、すぐにこちらに戻ろう」
すぐこちらに戻る。その言葉を聞いたディネは、ぱっと顔を明るくした。しかし、すぐに元の不安そうな表情に戻る。
「そっか。でも、人間には気をつけてね。島の外に出た仲間の話だと、人間に捕まって殺されかけたっていうから」
違う。確かに、自分が最初に拾われた所にいた人間は、自分に酷いことをした。しかし、そこから連れ出してくれたカナル公爵、そして、自分が拒絶しても歩み寄ってくれたロンという人間もいる。人間全てが悪ではないのだ。そう反論したかった。
「……わかった」
しかし、折角再会できた幼馴染との空気を自分の発言で壊すこともできず、クオリスは頷くだけに止めた。
「用事は済んだの?」浜辺で寝そべり、昼寝をしていたイワンは、クオリスの帰還が思いの外早いことに驚いた声を出した。
「ああ。しかしまた、近いうちに世話になるかもしれない」
「そう。なら、アタクシも翼の民の集落に少しだけお世話になろうかしら。それくらいなら、きっとお母サマは許してくれるわ」
イワンの背中に飛び乗りながらクオリスは言い、イワンもまた、飛び立ちながら答えた。
夕日は沈みつつあった。
親友の待つ、翼の部族の集落へ。クオリスははやる気持ちを抑えるように、胸に手を当てた。
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