第21話

「私は水竜だ。竜に変化へんげして泳げば、大陸などすぐだ」

 大陸間を渡る時に変化し、ロンを乗せて泳がなかったのは、人間に見つかる恐れがあったからである。もしも竜の姿の自分を珍しがった人間に捕まってしまえば、一緒にいるロンにも危害が及ぶと考えてのことであった。

 グレーン山脈付近のこの場所には、人間はほとんどいない。いたとしても、クオリスの事情を知っている翼の民くらいのものである。だから、オルシャン島までは自分で行けるし、帰れる。そう主張すれば、

「アタクシも、人を乗せて飛ぶ訓練をしたいのよ。付き合ってちょうだい」

と、即座に反論を喰らって黙り込む他はなかった。


 イワンの背に乗り、空を山脈から西へ飛ぶこと三刻。日がだんだんと西へ傾き始めた頃に、クオリスは二つの大陸の間に浮かぶ島・オルシャン島に到着した。


 白い砂が日光を反射して眩しく輝く浜辺の向こうには、鬱蒼とした森が広がっていた。上空から見ると、森は島の中心にある神殿――ルーシャニオ神殿を守るようにしてその周りをぐるりと囲んでいる。

 ばたばたと翼をせわしなく動かしながら、イワンは砂浜に着地した。

「さあ着いたわ。アタクシはココで待ってるカラ」

 ひとまず、ここまで自分を乗せて飛んでくれたイワンに礼を言うと、クオリスは島の中央にそびえる神殿に向かって走り出した。


 森の中は静かだった。僅かに霧が漂っていたが、神殿へと進んで行くうちに薄れてくる。

 生き物は見当たらず、複雑に根をうねらせた大樹も、地面に生える草花も皆静かに頭を垂れている。しかしどこか懐かしい気配がする。故郷が近いせいだろうか。

 故郷を見つけ、竜族と人間が契約する方法を見つけなければならない。早く見つけて大陸に帰り、翼の部族の集落で自分の帰りを待っている筈のロンのもとへ行かねば。そんな気持ちがクオリスを突き動かし、ひた走らせた。


 木々の間に明るい太陽の光が見え、クオリスは走る速度をぐんと上げる。

 ようやく森から飛び出した先には、太古の時代からある筈なのに、傷一つなく堂々と立つ、白亜の神殿があった。


 カナル公爵の屋敷の地下神殿と同じような石造りの扉を押し開け、中に入る。

 円形の部屋の中央には小さな祭壇があり、壁に沿って本棚が並んでいた。

「……この本……」本棚を調べようと思い一つの本棚に近づいた時、クオリスの視線がある一冊の本で止まった。それは革表紙の古びた本で、所々傷がついていた。

 題名は、【竜と人】。竜族の言語で書かれたものだったが、幼い頃の記憶を頼りに読み進んでいく。

 その本には、竜と人の起源、互いに友好を深めていた時期の記録、身体のつくりのことなどが事細かに記されていた。クオリスの求める、竜と人の契約について書かれたページは、最後の方であった。

「――竜は人の、人は竜の血を飲むことで、契約は成立。……これだ」

 クオリスは本を閉じ、神殿の外へ出た。【秘境】の場所を探るためである。


 神殿を出ると、クオリスは目を見開いた。目を閉じて耳を澄ませる。

「私の名を……呼んでいる…………?」

 懐かしい声がする。自分を呼ぶ、仲間の声。クオリスはたまらなくなり、声の強い方へと駆け出した。


 声が大きく、はっきりとしたものになるにつれ、懐かしい気配が強まる。

 歩き続けるクオリスの前に、一つの人影が現れた。クオリスも立ち止まり、その人物を見た。

 海を映したかのような蒼の髪。褐色の肌に、銀色の瞳が人懐こそうな輝きを湛えてクオリスを見ていた。彼の耳は自分と同じように長く、尖っている。それは彼が紛れもなく竜族である証だった。

「クオリス……?クオリス、だよね!?ボク、ボクだよ、ディネ!」

 クオリスは、目の前のディネと名乗る少年に関する事柄を見つけるため、頭の引き出しを引っ掻き回した。

「仲間も、クオリスがオルシャン島ここに来たことに気づいて呼んでるんだ」

 ……水竜族のディネ。自分の幼馴染。冷却能力や変化へんげの術も同期の中で誰よりも早く覚え、自在に操ることができた天才児。自分に素質があることを鼻に掛けず、術を習得するコツなどを教えて回っていた。クオリスも彼には世話になったものだ。

 十数年ぶりに会えた同族の少年に、クオリスのどこか緊張した表情は緩み、自然に笑顔を作り出していた。

「ディネ?…………ああ……懐かしいな」

「憶えててくれたんだ!キミが泉から消えたって聞いた時はびっくりしたよ。もう、生きてないかと思ったのに…………よかった……!」

 感極まったディネはクオリスを抱きしめた。会いたかった、と涙声の彼に応えるように、クオリスも目を閉じて彼に身を委ねた。

 

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