第15話

 初めての海、そして初めての異大陸は、ロンにさらなる興奮を与えた。


 港町を出ると、広大な草原が広がった。

 すぐ隣の大陸だというのに、文化がまるで違う。ロンは顔を輝かせ、クオリスも感嘆の声を漏らした。

 巨大な鳥が、その背に数人の人の乗る籠を括り付けて大空を飛んでいる。地上では一角馬ユニコーンが大地を割らんばかりの勢いで駆け抜け、人を乗せた翼馬ペガサスは高くいななき力強く羽ばたいた。

 時々見かける人々は皆それらの動物に騎乗しており、彼らの纏う服装は素朴だが、どれも独特な物だった。


 旅人は、このギールゥ王国の南に、二人が目指すグレーン山脈があると言っていた。

 二人はひたすら南に歩き続けた。互いに歩くことに夢中で自然と交わす言葉も少なくなる。

 進めど進めど草原が広がるばかりで都市など建物の集まりは見えず、時々、遊牧民が暮らすような布や動物の皮で作られた住居が目に留まるくらいだった。


 夢中で広い草原を歩き続けた二人にも、疲労の色が表れ始めた。

「……あとどのくらいで着くのかな……」

「つらいのか?」

 ロンの、独り言のつもりで呟いた小さな声もクオリスの耳は拾ったらしく、彼女はロンに背を向けて跪いた。頭のひれがその背中を示すように動いた時、クオリスの言わんとしていることがわかったロンは、たちまち顔を真っ赤に染めた。

「乗れ。私がおぶって行こう」

「いっ、いい、いいよ!恥ずかしいし!……それに、私だけ楽するわけにはいかないよ。行こう」

 ロンがすたすたと速足で歩き出したのを不思議に思いながらも、クオリスはその後を追った。


 二人が再び歩いて一刻が経つ。相変わらず緑があるばかりだったが、やっとかすかに連なる山々の影が見えてきた。終わりのない道を歩いているようで気が狂いそうだった二人は、山脈の影が見えたことにまず安心した。

 「旅人さん?」ふと、二人の頭上から明るい少女の声が降ってきたと共に、視界が一段階暗くなった。声に顔を真上に向けると、翼を広げた馬――翼馬の腹があった。

「誰だ」クオリスが警戒心を滲ませた声でそう問えば、翼馬はその場で一度旋回し、二人の前に着地した。

 栗毛の翼馬に騎乗していたのは、草原の草と同じ緑の長い髪を風になびかせた、活発そうな少女であった。数刻前にも時々見かけた、独特な赤い民族衣装に身を包んでいる。彼女はぴょんと翼馬から飛び降り、二人と向き合った。

「急に声掛けてごめんよ。あたしはハルエナ。リュッコの守り人」

「リュッコ!?」

 先に声を上げたのはロンだった。リュッコの守り人ならば、彼女にリュッコでオルシャン島に行かせてくれるよう頼めば……。

 クオリスが、オルシャン島へ行くためにリュッコを貸してくれないかとハルエナに頼んだ。

 ハルエナは困ったような顔で両手を合わせた。

「ごめんよぉ、あたしはただ守り人ってだけで、判断するのは長なんだ」


 ハルエナはリュッコを守護する翼の民だという。彼女は物事に判断を下す権限を持たないため、とりあえず民の集落に翼馬で連れて行ってもらうことになった。

 ハルエナの愛馬ジンは他の翼馬よりも一回り大きいためか、女三人を乗っても飛ぶ速度も高度も落とさずすまし顔だった。

「あれが翼の民の集落!綺麗でしょ」ジンの手綱を握るハルエナが示した先には、裸の岩山が連なるグレーン山脈の麓、道中で見かけたテント状の住居の集まりがあった。

 ハルエナが手綱を少し強く引き、ジンは旋回しながら緩やかに降下していく。

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