第11話
夕刻にカナル公爵の屋敷に戻った二人は、公爵と夕食を共にすることになった。
煌々と輝きを放つシャンデリアの照らす下の食卓を、公爵とクオリスとロンの三人で囲む。ロンは己のくたびれた服を恥じたが、公爵もクオリスも気にしなかった。
見た目も美しく、それでいて美味。庶民のロンはそんな料理を食べたことがなかったため、礼儀を気にしながらも料理を次々と胃に収めた。彼女の頭には、クオリスから貰った髪飾りがついている。
「ロンよ。その髪飾り、よく似合っておるの」
髪飾りを見て、公爵が朗らかに笑う。ロンは気恥ずかしくなり俯いた。
「あ、ありがとうございます。クオリスが買ってくれたんです。ありがとう、クオリス」
ロンに感謝の念のこもった眼差しで見つめられ、クオリスは照れて頬を掻いた。
翌日。朝特有の少しひやりとした空気の中で、旅に出る二人と公爵は向き合っていた。
「二人とも、帰ってきたい時はいつでも帰ってきなさい。無事を祈る」
そう言う公爵の瞳は穏やかだったが、その中に別れを悲しむ涙が浮かんでいた。公爵がその涙を隠そうとしていることを知り、ロンとクオリスは、何も知らぬふうな態度を通した。
クオリスは公爵に笑顔を向け、ロンは一礼した。
「きっと帰ってくると約束します。では」
「行ってまいります」
次第に小さくなっていく二人の背中を見送る公爵の頬を、ついに堪えきれなかった涙が滑り落ちた。
カナル邸を後にした二人は、まず、センタブリカの街で竜に関する情報を集めることにした。
「すみません、竜について知っていることがあれば、教えて欲しいんですが……」
「竜の故郷がどこにあるか知っているか」
ロンが、いかにも学者のような男や、博識そうな老婆を選んで竜の情報を集めようとしているのに対し、クオリスは手当り次第にいきなり竜の故郷を聞き出そうとしていた。頭巾を被っていて表情が見えない上、女にしてはかなりの高身長であるクオリスは、時々人々を軽く恐怖に陥れていた。
「竜の故郷。どこにあるか知っているなら話して欲しい」
彼女は、しゃがみもせずに小さな子どもを見下ろして故郷の場所を問うていた。やや威圧するような口調なのは生来のものなのだろうが、そんな事情を赤の他人である子どもが知っている筈もない。子どもは泣き出し、急に泣き出した子どもにクオリスはうろたえた。
背後から聞こえた泣き声に、ロンはぎょっとして肩を震わせた。
「泣かないで、いい子だから」聞いたことのない第三者の声がした途端、子どもの泣き声はぴたりと止んだ。
「え、何……?」ロンは、クオリスの方を振り返った。
濃緑の前開き型の筒衣を纏った栗色の髪の青年がしゃがんで、クオリスの前に立っている子どもの頭を撫でていた。その子どもの目尻は涙に濡れていて、クオリスが慌てているのを見ると、彼女が何をしたのかは一目瞭然であった。ロンは、何故か人々が三人を中心にして人だかりを作っているのをかき分け、その中心に飛び出した。
「クオリス、この子を泣かせたの?」
「い、いや、私はただ、故郷のことを知っているかと……」
「さ、流石に知らないと思うけどね」
気まずそうに目を逸らし、言葉もしどろもどろなクオリスを新鮮に思ったが、流石に今はそれを表に出せない。ロンは、この子の親とトラブルになったら……と考えると、顔が青くなった。
「ロイさま……」子どもは、舌足らずな声で青年を見上げた。その顔は憧れと安心に満ちていて、まるで絶体絶命の危機に英雄が駆けつけたかのようだった。
ロイと呼ばれたその青年は温厚な口調とやわらかな印象を与える笑顔で、子どもの手に何かを握らせた。
「強い子だから、これをあげる」
さっきまでの泣き顔から一変、喜びに顔を輝かせた子どもは、ロイに手を振って走り去って行った。
ロイ様だ、と騒ぐ人だかりの中に、そのロイと対峙する形になった二人。ロンはとりあえず彼に礼を言おうと口を開いた。
「あの、ありがとうご……」
「竜の故郷がどこにあるか知っているか」
クオリスはロンを遮り、ロイに今までしたのと同じ問いかけをした。
ロイは、目をしばたき、クオリスを不思議そうに見た。
ロンはそんな彼の態度に、ほら驚いてるし失礼でしょとクオリスを咎めようとして、再度口を開いた。
しかし、言葉を発したのは、ロイの方が先だった。
「ええ。知っています」
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