第12話

 竜の故郷を知っている。ロイの発言に、ロンは開いた口が塞がらず、クオリスの方は彼に詰め寄っていた。

「教えてくれ!それはどこにあるんだ!」

「え、ええ……。ですが、ここは人も大勢います。場所を移しましょう」

 鼻息荒く問いただすクオリスにロイはややたじろいだ様子を見せたが、すぐに穏やかな笑顔に戻った。


 三人は、ロイ様ロイ様と騒ぐ街の人々の間をすり抜け、人のあまりいない喫茶店に入った。

 店内には店主らしき壮年の男の他には、客の老人二人しかいなかった。

「おや、ロイ様。……と、そのお二人は……?」ロイを見た店主は、ロイに続いて入店したロンとクオリスを見て、不思議そうに目を細めた。

「少し訊かれたことがありまして。あまり大勢のいる場所ではお話しできない話なので、ここの一角を借りたいのです」

「勿論、いいですよ。住民たちを振り切るのは大変だったでしょう、何か出しますよ」

 店主はロイと親しいらしく、ある程度彼の事情も知っているらしい。

 彼は何者なのか。民衆に様付けで呼ばれ、非常に慕われている様子だ。

 店主に、ありがとうございますと言って店の角の席につき、ロイは本題に入った。

「竜の故郷……【秘境】は、この大陸の中央の海に浮かぶ孤島、オルシャン島にあるそうです。ただ、それ以外のことはわからなくて。申し訳ありません」

「いや、いい。ありがとう。しかし……」

 そこでふいに、冷静だったクオリスの金の双眸が、怪訝さとほんの少しの敵意を浮かばせた。

「何故、【秘境】のことを知っている?竜と人は、古の時代に交流を絶った筈。お前は何者だ」

 獲物を狙う鷹のような鋭利な視線に、ロイは少しだけ眉を下げた。

「申し遅れました。私はロイ・センタブリカ。このセンタブリカ地方の領主の息子です。竜族については個人的に調査をしています」

 ロイ・センタブリカ。いつだったか、屋敷で公爵がその名を口にしていた時があった。それは目の前にいる彼のことだったのか。こうして見ると、緑の筒衣を着ているせいか、平民の青年にしか見えなかった彼の所作一つ一つに、気品を感じる。

「私たちは、竜の血を引く一族なのです。人との関わりを絶つ前に、竜と人が成した子どもの家系。これはあまり人に言えないことですが」

 そんな話を、さっき出会ったばかりの少女二人に話してよいものなのか。そんな二人の疑問を察したらしいロイは、クオリスを見て言った。

「竜族の方だと一目でわかりました。同族の気配とでもいうのでしょうか」

「そうか。……竜族の末裔ならばお前、【秘境】に帰りたいとは思わないのか」

 竜族の血が流れているならば、その血が故郷の地を踏むことを欲しているのならば、それに従わぬ道理はないだろう。クオリスの落ち着きを取り戻した双眸はそう言っていた。

 ロイは、ゆるく首を横に振る。

「私はこのセンタブリカで生まれ育ち、民と共にあることが幸せなのです。竜の血が帰郷を望んでいても、私はセンタブリカここに残ります」


 喫茶店を出、二人は、ロイに金貨の入った袋を手渡された。

「フィオニアにも港はありますが、オルシャン島への渡航は法で禁じられています。隣のラーヴィグア帝国ならば、島へ渡る船があるかもしれません。このお金は旅費の足しにしてください」

 金貨の枚数を数え、ロンは震え声を出した。

「受け取れませんよ、こんな大金……」

 金貨をロイに戻そうと差し出したが、彼は受け取らなかった。

「いえ、どうぞお受け取りください。オルシャンは謎の多い島です。過去に大陸中の国が島の捜査に乗り出しましたが、島に足を踏み入れて帰ってきた者は一人もいません。……お気をつけて」


 竜族の末裔……ロイ・センタブリカ。彼と別れたロンとクオリスは、次の目的地を目指して歩く。

 向かうは、大陸屈指の大国、ラーヴィグア帝国だ。

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