第10話

 考えた末、クオリスは、ロンと共に大陸中を旅して己の故郷を探すことにした。

 出発は翌日、五の月の四日の朝である。


 カナル公爵は、ロンにも今日は使用人の仕事を止めて旅の支度をするように言っていた。ロンとクオリスは物資を購入するため、共に街に繰り出した。


 ロンは、ふと隣を歩くクオリスを見上げた。今彼女は外出用の頭巾を被っていて、それが顔に影を落としているため表情はわかりにくい。

 今この竜人は、どんな気持ちなのだろう。久々に街に出て嬉しい?緊張?

「どうした、私の顔に何か?」その声にはっと我に返れば、クオリスがこちらを静かに見下ろしていた。近くで見れば見るほど、綺麗な顔である。

 ロンはやや目を逸らし、「いや、頭巾を被ってる時のクオリスの表情って、ちょっとわかりにくいなと思って」と言った。

「人間に好奇の目を向けられるのは、嫌なんだ」

 その好奇の目というのは、公爵に拾われる前の、見世物小屋で過ごしていた頃の記憶に残る人間の視線のことだろう。余計なことを言ったな、とロンは眉を寄せた。

 そのロンの態度に、彼女が自分の発言を悔いていることを見抜いたのか、クオリスは「気にするな」と優しく言った。


 保存食、薬、衣料品……これからの旅に必要な物を紙に書き留め、買った物にチェックをつけていった。二人は、なるべく荷物がかさばらぬよう、そして何より、金を無駄にしないように必要最低限の物だけ買った。

 必要な物のリストに全てチェックがついたのを確認した二人は、屋敷に戻ろうと、来た道を引き返そうとした。

「ちょっとそこのお姉ちゃんたち、綺麗なアクセサリーはいかが?」

 振り向けば、煌びやかな装飾品を並べた店先に立っている女性が、こちらに手を振っていた。寂しいノースブリカの村で生まれ育ったロンは、見たことのない宝石たちの煌めきに目を輝かせた。

「ねえ、ちょっとだけ見ていい?」

「ああ、構わない。まだ時間はあるからな」

 まるで子どものように装飾品店に走っていくロンを見て、許可など取らなくてもいいのに、と思いながらクオリスはその後を追った。


 凄い、綺麗、こんなの初めて!ただひたすらに感嘆の声を上げるロンは、色々な装飾品を手にとっては戻すことを繰り返していた。店員の女性は、そんなロンをにこやかな笑顔で見つめて、時々、こっちはどう?などと、品を勧めている。

 クオリスは、そんな二人のやりとり、そして、ロンの屈託のない笑顔を遠巻きに見ていた。

「これ……」

 ロンが、ある装飾品を手に取り、動かなくなった。店員がすかさず、商品の説明に入る。

「綺麗でしょ?伝説の中の竜のひれを模して作られた髪飾りなの。あたしのお爺ちゃん、子どもの頃に竜に会ったことがあるらしくて。その時の記憶を頼りに作ったとか」

「竜……クオリスにぴったりだ」

 クオリスのひれによく似た二枚の羽のようなものが、羽を畳んだ蝶のように見えた。羽の先は銀色の金属で固められていて、ひれの先が金のクオリスとはちょうど色違いのような感じだ。

「気に入ったのか」髪飾りに見入るロンの背後から、ぬっとクオリスが顔を出した。

 ロンは、背後の端正な顔に慌て、首を横に振った。

「うん……あ、で、でもっ、お金あんまり使えないから、買わないけど!」

 帰ろう、と言って、一人ばたばたと店を後にするロン。その後ろ姿をしばらく見つめた後、クオリスは店員に向き直った。そして、先程の髪飾りを指さす。

「これを貰おう」


 ロンは街道を途中まで走り、そこでふと後ろを振り返った。その先にはクオリスはおらず、自分だけが一人で突っ走ってきたことを自覚した。

 まだクオリスは街だろうか。急いで戻らねば。ロンは踵を返し、装飾品の店を目指して走り出した。


 しばらく走り、ロンの視界に捜していた人物が入った。頭巾を被っているせいで表情はわからないが、勝手に走って行ったことに怒ってはいないようだ。

 ロンはクオリスに駆け寄り、彼女を置いていったことを詫びた。クオリスは、別にいい、と言って、ロンに小さな包みを渡した。ロンはその包みに覚えがなく、首を傾げた。旅の荷物を揃える時に、こんな高級な装飾品を包むような包みを持っていた覚えはない。……待て。高級な装飾品…………装飾品!

 ロンは先程の装飾品店でのやり取りを思い出し、勢いよく顔を上げた。そこには微笑むクオリスがいて、彼女は、開けてみろと包みを示した。

 いそいそと包みを開けば、白い布にくるまれた、竜のひれを模した髪飾りが入っていた。思わずわぁ……と声を漏らせば、クオリスが髪飾りを取り上げる。何事かと思えば、クオリスの手がロンの頭部の左の側面を触る。少しだけ髪を引っ張られるようか感触がした。

「屋敷に帰った後で、鏡を見てみるといい」そう言って、クオリスは歩き出した。

 ロンはクオリスに触れられた場所に手をやった。硬質な、それでいてどこか温かいような感触がした。

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