第8話

「え、助けられたって……どういう……?」

 目の前の麗しい少女の言葉の意味が解らず、ロンは目をしばたかせる。

「少し、離れていなさい」

 ロンの疑問を無視し、これまでロンに向けられたことのない穏やかな声音で、クオリスはそう言った。ロンは言われるままにクオリスから遠ざかる。

 クオリスは、祈るように手を組み、目を閉じた。


 次の瞬間、柔らかな白い光がクオリスを包む。彼女は光に包まれたまま、泉に飛び込んだ。

「えっ、クオリスさ……」

 思わず駆け寄ろうとしたロンの足は、泉からほとばしる光によって止められた。あまりの眩しさに、手で目を覆った。神殿の中は、神聖な空気で満たされた。

 光が止み、ざばんと派手な波音を立て、泉から何かが現れた。それは、立っているロンの背をゆうに越えていた。

 ロンは、目の前に現れた存在の名を、無意識に呟いていた。

「竜……!?」

 赤い鱗に覆われた身体。額には金に輝く宝玉があり、鋭い二本の角の下には、彼女の頭部側面にあったひれが生えている。泉の縁に掛けた両の前肢の四本の指には、いずれも鋭い鉤爪が生えていた。

 それは紛れもなく伝承の中の竜そのものであった。しかしその竜の、切れ長の双眸の金の輝きを見ると、それが誰なのか、ロンには見当がついた。

「クオリス……さん?」

 名を呼べば、竜はロンの頬に鼻先をそっとつけた。

『ロン。私は幼い頃、泉で溺れているところをお前に助けられた』

「じゃあ、あの赤い竜は、クオリスさんだったんですね?」

 ロンは、目を閉じてクオリスの鼻を撫でた。

『ああ。今まで酷く当たってしまって、すまなかった』

「そんな、全然平気です。あの時の竜が、こんなに大きくなって……」

 神殿の中を、穏やかな光が包む。竜と化したクオリスはその大きな前肢を使い、ロンの身体を自分の方へ引き寄せた。ロンも、己を抱く逞しい腕に頬を寄せた。


「明日もまた来ますね」

「ああ。必ず来い」

 人の姿に戻り、夕食を平らげたクオリス。食器を持って去るロンの背中を、名残惜しそうに見送った。

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