第7話

 ロンが運ぶ食事には手を付けてくれるようになったクオリス。ロンも公爵もそれをたいそう喜んだ。


 食事を運んだ時に神殿に居座り、ロンが一方的に話しかけることも少なくなかった。そのうちにクオリスの方も、ロンのしつこさに折れたのか、適当に相槌くらいは打ってくれるようになった。


 クオリスの方にも心情に変化が起こった。最初は視界に入るだけでも鬱陶しかった世話係の少女の来訪を、心待ちにするようになったのである。しかし頑固な部分のあるクオリスはその気持ちをねじ伏せ、表に出すことはなかったが。


 ロンが屋敷に来て四週間が経った、ある日の晩。

 いつも通りの時刻に夕飯を持って、ロンは地下神殿を訪れていた。

「私、嬉しいです」

「急に何だ」

 クオリスの声は、相も変わらず硬質なものだったが、最近は、どこか鋭さが欠けて丸くなったように感じる。

「私、年の近い友達とかいなかったから、クオリスさんとこうやって話せることが嬉しいんです」

「お前と親しく話すつもりはない」

 クオリスは小さく鼻を鳴らし、笑顔のロンから顔を背けた。

「私は諦めません。今日は、私が竜に会った話をしようと思って来たんですから」

「竜!?おい、その話を教えろ!」

 竜と聞いた途端に目の色を変え、クオリスはロンに迫った。クオリスの豹変ぶりにややたじろぎつつも、ロンは話し始めた。


 十年前、当時五歳のロンは、村の隣にある森の中を探検していた。歌を歌い、陽気に軽い足取りで進んでいく。

 森の中心には大きな泉があり、そこがロンの遊び場だった。

 いつものように泉を訪れたロンは、泉の一部分が、ばしゃばしゃと波を立てているのを見つけた。

 近づいて見てみると、どうやら、何か生き物が溺れているらしい。波の間から見えたその生き物は、鮮やかな赤色の身体をもっていた。

 ロンは迷わず泉に飛び込み、その生き物を抱きかかえて陸へ上がった。そして、抱えた生き物を膝の上に乗せる。

「うわぁ……きれい……。これって、もしかして…………竜?」

 赤い鱗をもつ大きなトカゲのような生き物のようだった。経験も知識も浅いロンは、それが伝承の中の竜だと信じて疑わなかった。

 その赤い竜は気を失っているらしく、ぐったりしていた。幼いロンは、意識が回復するまで、その竜を撫で続けた。

 そして、竜はしばらくして意識が戻った。意識がはっきりしないのか、ロンの顔に自分の鼻先を近づけてきた。

「じゃあね、もうこっちに来ちゃいけないよ。なかまのところへお帰り」

 ロンは名残惜しかったが、竜を地面に降ろしてその場を去った。


 クオリスは目を丸く見開いて、目の前で幼い日の出来事を語る少女を見つめた。

 まさか、そんな筈がない。この少女が、自分を……。

 そんなクオリスの心中など知らず、ロンは立ち上がった。

「でね、その時の竜がまた可愛かったんですよ。こうやってばたばたって……うわあっ!?」

 竜の真似をしようとしたロンは足を滑らせ、泉の中に落ちてしまった。

「ロン!」クオリスは自分でも知らぬうちに少女の名を叫び、泉に飛び込んでいた。

「あぶぶっ……!」水の中でばたつくロンを捕まえ、クオリスは陸へ上がる。自分が幼い頃、あの茶髪の子どもがそうしてくれたように。

 頭からつま先までびしょ濡れのロンは、恥ずかしそうに俯いていた。

「ありがとうございます、助かりました。ちょっと恥ずかしいですけど……」

 ロンは、今顔を上げれば、厳しい声と一緒に呆れたようなクオリスの表情があると思った。

 しかし予想に反し、

「私もお前に助けられたのだ。お互い様だ」

そう言って微笑みを向けられてしまったロンは、ただあんぐりと口を開けるより他はなかった。

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