第5話

 地下神殿へ食事を運んでから、半刻が経った。世話係とはいえ、ロンも一使用人に過ぎないので、食器を取り下げに再び神殿に行くまでは、他の使用人たちと屋敷の掃除を行っていた。


 ロンは床を掃きながらも、クオリスのことばかりを考えていた。

 クオリスさんは、ちゃんと食事を食べただろうか。あと半刻、待ち遠しいなあ。

「こらっ、ぼんやり掃除してるんじゃないよ!」

 上の空で掃除をしているロンを見た使用人の女が、箒の柄でロンの頭を叩いた。

「あっ、す、すみません!」

「まったく、しっかりしてちょうだいよ。クオリス様のことが気になるのはわかるけど」


 先輩使用人に度々叱られながら、ロンは残りの半刻を過ごした。時計を確認するや、すぐさま先輩に食器を取り下げに地下神殿へ向かう旨を伝えた。

 苦笑する先輩たちに見送られ、ロンは地下神殿へと戻った。


 地下神殿の荘厳な扉を前にして、ロンは声を発した。

「クオリス様、食器を下げに来ました」

「来るなと言った筈だ」

 硬い声にやや怯んだが、意を決して扉を開ける。


 クオリスの頭部のひれが、今にもロンを貫かんばかりに波打っている。金の瞳は敵意を通り越し、殺意に溢れていた。

 流石にこの時ばかりは恐怖を覚え、いつも以上に動きが硬くなる。

 震える身体に鞭打ち、盆を取り下げようとしゃがんだロンは、盆の中身を見て目を見開いた。

「何も減ってない……!?」

「お前の施しは受けない」

 クオリスはロンに、ぴしゃりと言葉を叩きつける。ロンはなおも諦めず、反論を試みた。

「えっ、でも…………ぐっ……!」

 その時、ロンは首が何かに締め上げられる感覚を覚えた。それが、クオリスのひれによるものだと理解するのに、さほど時間はかからなかった。どんどん強められていくひれの締め上げる力は、ロンを、呼吸をも困難な状況に追い込んだ。

 ロンの粗末な白い靴が、床から浮いた。意識も朦朧として、もはや状況を理解するだけの思考能力は残されていなかった。ただ、呻き声を上げることしかできない。

 

 ついに、ロンの頭が力を失ったようにかくりと垂れた。やり過ぎたか、とクオリスは一瞬思ったものの、警告に従わない者が悪いのだ、と片付けた。


 ロンは、クオリスのひれによって神殿の外に放り出されたまま、先輩使用人が見つけるまで地面に伏していた。

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