第4話
人ならざる少女・クオリスの世話係に任命。それは、彼女が気になっていたロンにとっては大変幸運なことであり、嬉しかった。
さっそくその日の昼から、神殿に食事を運ぶことになった。
公爵に連れられて屋敷の厨房に入る。白いエプロンを身に着けた男女がせわしなく行き来する厨房は、料理の放つ熱気にあふれていた。
厨房に現れたカナル公爵に、エプロン姿の中年の女がいそいそと駆け寄ってきて、公爵に一礼した。
「おはようございます、公爵様。今お持ちしますね」
女はその場で誰かの名を呼んだ。するとすぐに同じく白エプロンを纏った若い女が、返事と共に、白い盆に載せられた三品の料理と水の入ったグラスを持ってきた。
公爵は、自分に差し出された盆を見て笑って首を振った。その意味が解らない若い
女はただ首を傾げるばかりだった。
公爵は、ロンを手で示した。中年の女と若い女の視線が、ロンに向けられる。
「公爵様、この子が、先日おっしゃっていたランシュエの子どもですか?」
「ああ。今日からこのロンがクオリスの世話係じゃ。これからよろしく頼む」
「えっ、この子が?」
「クオリス様は、公爵様以外に心を開いておられないのに……?」
ロンはまじまじと見つめられ、気恥ずかしくなったので、とりあえず女二人に一礼した。
女たちの心配を、公爵は困ったような笑顔で受け止めた。
「クオリスにも友人が欲しいと思っての。ロンならば同じくらいの歳だし、ちょうどよかろう」
「そう、ですか……」まだ疑問が残るといった体で頷いた若い女は、盆をロンに渡した。
「仲良くなれるかはわからないけど……頑張ってね」
「はい、頑張ります!」
公爵と地下神殿の扉の前に立ったロンは、その向こう、泉の前に座り込んでいるであろう神殿の主に声を掛けた。
「ロンです、昼食をお持ちしました」
「ここに来るな」返事は、ロンの言葉に被せた形で寄越された。即答である。
どうすることもできず、盆を持ったまま固まってしまったロンを、公爵は笑った。
「ほほ、大丈夫じゃよ。入ってみい」
「……失礼します」
緊張に唾を飲み下し、ロンは石造りの扉を押した。
ロンの予想通り、神殿の主――クオリスは泉の前に座り込んでいた。その視線は、ロンのみに注がれている。ただしそれは興味でも好意でもなく、敵意に満ちた、鋭い眼光。
「来るなと言っただろう。去れ」
「これこれ、クオリス。今日から世話係はこの子なんじゃから」
「私は世話係を変えろと頼んだ覚えはありません」
クオリスは不機嫌だからか、公爵に対しても苛立った声を向ける。彼女のそんな態度に、公爵は困ったように肩をすくめた。
「そんな態度では、友達もできないぞ?」
「私には公爵様がいればいい。他は何もいりません」
公爵は今度こそ、疲れたようにため息を吐いた。そして、盆を持って立ち尽くしているロンの方へ顔を向ける。
「ロン、クオリスの前に食事を置いておきなさい。一刻経ったら食器を取り下げ、厨房へ持って行くのじゃ」
わしも仕事があるのでな、と言って、公爵はさっさと神殿から出て行ってしまった。
取り残されたロンは、ぎこちなく視線をクオリスの方へ向けた。相変わらず、警戒されている。当分、親しくはなれなさそうだった。
クオリスの前にしゃがみ、彼女の方へ向けて盆を床に置く。
顔を上げると、不機嫌に寄せられた眉、険しい瞳、下がっている口角が目に入る。
「早く出て行かないか」
「……えーと…………食事、置いておきますね。一刻後に取りに来ます」
ロンはぎこちなく立ち上がり、油の切れた機械のような足取りで神殿を出た。
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