第42話 音楽府編(終)(ユティア目線)
「ユティア」
「ミオン……」
「いま、ちょっと良い?」
「うん」
ミオンに一方的に話しかけた数日後、ワトとハノといつものように課題をこなしていたら、少し怖い顔をして、ミオンがわたしの名前を呼ぶ。
「ワトとハノも聞いて」
席を立とうとしていたワトとハノに、ミオンが声をかける。
「ユティア、この前の、何?」
「なにって……えっと……なかなかミオンに言えなかったから」
「だからって本当に一方的に話す人いる?」
「……ここにいるねぇ」
「……まあ、そうねぇ」
少し、いや、結構イライラした表情をして、口を開いたミオンの問いかけにハノとワトがのんびりと答える。
「いや、そうなんだけど、そういう事を言ってるんじゃなくて」
「分かってるよ。でも、今のミオン、イライラしてて怖いから、そのまま話したら駄目だと思うよ」
じっ、とミオンの顔を見ながら言うハノの言葉に、ミオンが開きかけた口を閉じて、深呼吸をする。
「ユティア」
「……うん」
「本当に、宮廷楽士には、ならないの?」
「……うん」
「そう」
わたしを見ずに問いかけたミオンを、見つめたまま、そう答えれば、ミオンの視線が動く。
「そか。分かった」
そう言って、よいしょ、と空いていた席に、ミオンが腰をおろす。
「え、そ、それだけ?」
「あー、何か、いろいろ言おうかと思ってたんだけど、そんなにスッキリしたユティアの顔みたら、どうでもよくなった」
「……え……」
ぽかん、とするわたしを横目に、ハノはミオンに「食べるー?」とテーブルにあったお菓子を差し出し、ワトはそれを見て、微笑んでいる。
「え、ちょ、ちょっと待って。ミオン、あんなに怒ってたのに、もう良いの?」
「怒って……まぁ、怒ってたといえば怒ってたけど、でも別にいいかな、って」
「え」
ハノからお菓子を受け取って、ミオンが一口かじる。
「だって、よく考えてみれば、ユティアはうちとは違うでしょ。いくら仲が良くて、いくら好敵手だったとしても、うちはうちの、ユティアはユティアの将来でしょ。仲良しこよし、なんて変な話じゃん」
「え、じゃあなんで怒ってたの」
「怒ってたのはそこじゃないよ、ユティアー」
「へ?」
わけが分からないわたしに、ニコニコとしながらハノが口を開く。
「まあ確かに、ユティアの口から言われるのが決心してからだったから、ちょっと寂しいかったんだろうけど、あくまでもそれはそれ。これはこれ。ミオンが怒ってたのは、ミオン自身でしょー?」
「え……?」
どういうこと?
話についていけずに、首を傾げれば、ワトが静かに微笑む。
「ミオンはね、話を最後まで聞かずに、ユティアが宮廷楽士になるのを『諦めた』と思ってしまったのよ」
ハノとワト、二人が交互に言った言葉にミオンを見る。
ほんの少し、気まずそうな顔をしながら、彼女が口を開く。
「この前、宮廷楽士を諦めたんじゃなくて、ユティアは自分で別の道を選んだって聞いて、ハッとした。諦めた、だなんて、ユティアに対して、なんて失礼なこと、思ったんだろうって。そんな風にしか考えられなかった自分に、腹がたった」
「それに、宮廷楽士じゃなくて街で歌う人たちだって、かなり厳しい世界なんだって、ミオンは知らなかったしね」
ミオンに続いて口を開いたのは、ハノだった。
「歌うたいの専門職に確実になれるわけでもない。別に働きながら、暮らさなきゃいけない。それでもその道を選んだユティアの意思の強さを、ミオンは気づいてなかった。気づけなかった。そんなところにもイライラしたんでしょ? 近くにいたのに、ってさ」
話し終わると同時に、もぐ、と別のお菓子を口に入れたハノに、ミオンは「そ」と短くつぶやく。
「わざわざイライラしてる人間を前にさ、この二人が、ユティアが街の歌い手を選んだ意味をちゃんと考えてみろって言いに来てさ。宮廷楽士は受かって、クビにさえならなければ、一応給料は出る。実力によっては低いままだったりもするけど、それは本人の努力次第。専門職になる厳しさだって、もちろんある。けど、兼業でやることの厳しさも、あるんだよ。分かってる?って」
少しだけ不貞腐れたように、唇を尖らせながら、「ユティアは、自ら、そっちを選んだんだよ、ってさ」とミオンは呟く。
「視野が狭いなぁって思ってさ。自分の」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。現にうちは自分のことで手一杯だけど、ワトもハノも、ユティアも違うでしょ?」
ちら、と3人を見ながら言ったミオンに、ハノはお菓子を食べたまま笑い、ワトは「そんなことは無いけれど」といつものように微笑む。
「わたしだって、自分のことで精一杯だよ」
「自分しか考えてないやつは、幼馴染の怪我の心配なんてしないよ」
「そ、それは」
「ユティアの中には、いつだってクート君がいるじゃん」
「そ、それとこれは話が別でしょう?!」
頬が熱くなっているのが、鏡で見なくても触らなくても分かる。
「ま、でもそういうことだよ」
「……もう……」
思わず両頬に手を当てながら呟けば、ミオンがけらけらと笑う。
「今さらだけど、また一緒に過ごしても構わない?」
「っもちろん!」
「ミオン、断ったって一緒に居る気満々でしょー?」
「そうね。ミオンは案外さびしがり屋だから」
「聞き捨てならないことばかり言わないでくれない?」
「えー、本当のことでしょー?」
ハノとワトの言葉に、ミオンが片眉を動かしながら答え、ハノが笑いながら言葉を返す。
3人から、4人へ。
また戻ってきたこの空間に、安堵の息をはいた、今よりちょっと昔のあの日。
◇◇◇◇◇
「よっし、完璧」
「本当?」
「ホントほんと」
「ええ、綺麗よ、ユティア」
「ボクはー?」
「ハノもばっちり」
「でしょー?」
舞台裏の控え場所に集まった数人の中で、一際、目を引くワウゼの髪色の彼女。
控え場所、と言っても、壁や衝立、布とかで仕切られているわけでもなく、ただ、境界線にと木で低めの柵が置かれている状況だ。
そんな中、華やかな衣装を身に纏い、次の出番を待つ彼女たちは、周囲の目をじゅうぶんに集めている。
「ユティア!」
「アリス!」
少し離れた場所から、幼馴染の名前を呼べば、ユティアが柵ぎりぎりのところまで歩いてくる。
「間に合って良かった」
「来れなくなっちゃったのかと思った」
「来ないわけがないだろう?」
私の言った言葉に、ユティアが反応し、クートが言葉を返す。
そんなクートを見て、ユティアは嬉しそうに笑い、クートもまた、ユティアを見て笑う。
「ね、二人とも、わたし、変じゃない?」
くるり、と私たちの前でまわったユティアに、「変どころかすっごい可愛い!」と伝えれば、ユティアはホッ、と息をつく。
「ティア」
「なぁに?」
「綺麗だよ」
クートがユティアの名前を、呼んだ。
と思った瞬間。
クートはユティアを引き寄せて、そのまま、ユティアの唇を奪った。
「わ……」
「ひゅー、やるねぇ、薬師くん」
「あらあら」
「虫除け効果ばっちりだね」
思わずこちらまで赤面してしまうような光景に、私以外のミオン、ワト、ハノは各々に言葉をこぼしていく。
「っ?! ちょ、なんで今?! 皆が見てるのに?!」
「だからでしょ」
ぶわっ、と首まで真っ赤にしてクートから離れたユティアの言葉に、クートがにっこりと笑いながら答える。
「君が誰の恋人か、しっかりお知らせしておかないと、ね?」
そう言って、ちら、とクートが周囲に視線を動かせば、案の定、ユティアを目当てに来ていた男性陣が、思い切り衝撃をうけた顔をしていたり、肩を落としたりしている。
「ティア」
「っ、な、なに」
顔を赤くしたまま、いつもよりも少し低めに自身の名前を呼んだクートを、ユティアが見やる。
「綺麗だよ。本当に」
そのクートの言葉に、ユティアは本当に幸せそうに笑って、舞台へと向かっていった。
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