第40話 過去ー音楽府編2(ユティア目線)

「時間が解決することも、あるんじゃないかしら」

「ワト……」

「あの子は、大人びて見えるけれど、ちょっと我儘で、不器用だし」

「ワトに言わせると大体の子が年下になりそうだね」


 ククク、と笑うハノに、「そうかしら?」とワトは首を傾げている。


「どっちにしても、今のミオンは殻に閉じこもってるだけだし、ちょっとそっとしておけば?」


 ページを捲りながら言うハノの言葉に、「……うん」とどうにか頷けば、ワトも「そうね」と頷く。


「それに、ユティアの人生はユティアのものだわ。選べる道があるのなら、選んだらいい。誰かに合わせる人生を、ユティアがどうしても選ぶというなら、別に止めはしないけれど……ワタシはあまりオススメしないわ」

「……ボクも無理かなー。だってその人が一生を保証してくれるわけでもないじゃん?」

「夫婦になった場合も同じでしょうしね」

「でしょー?」


 だったらさ、と会話を続けるワトとハノの声が、耳に流れていく。


 ー 「ティアは、何のために歌うの? 誰のために、歌っている? 自分のため? 誰かのため?」

 ー 「それが分かれば、何か選べるかも知れないね」


 そう言って、わたしに笑いかけたクートの顔と声が、頭をよぎる。


「わたし」

「ユティア?」

「っ、ミオンと話してくる!!」


 バッ、と立ち上がったわたしを見て、ワトは微笑み、ハノは「そっか」と笑う。


「頑張れ」


 寮の部屋を飛び出したわたしの耳に聞こえたのは、2人の静かな応援の声。


「頑張る」


 聞こえるわけのない返事をして、わたしは寮の廊下を走った。



 あてもなく校内を走って、どれくらいが経ったんだろう。

 少しあがり始めた息を、立ち止まって整えだした時、微かな歌声が聞こえてくる。

 聞き間違えることのない、艷やかな、伸びのある声。

 その声を頼りに、また校内を走り出した。


「ここだ」


 第4学室と書かれた部屋から、音が聞こえる。

 聞こえてくるのは、たった一つで、一人の音。


「誰」


 静かになった部屋から聞こえてきたのは、探していた人物の声。


「ミオン」


 彼女の名前を呼ぶものの、室内から、返事はない。


「ミオン、あのね」

「話すことなんて、ないんだけど」

「いい。何も返さなくていい。けど、話だけ、聞いて欲しいの。わたしの我儘だって分かってる。聞かされる身にもなれ、って言われるのも分かってる。けど、ミオンに、知っていて欲しいの」

「…………」


 扉越しに、室内へと話しかけても、返事はない。

 きっと眉間に皺を刻みながら聞いているんだろう。

 きっと今にも文句を言いそうな顔をしているんだろう。

 でも、少し待ってみても、室内からの応答はない。


 その反応を、話だけは聞く、という肯定だと受け取って、わたしは口を開く。


「あのね。前にも言ったとおり、わたしはやっぱり、宮廷楽士には、ならない」

「……」

「ここに入ったのは、ただ、上手に歌えるようになりたかった。ただ、うまく踊れるようになりたかったから。今も、まだまだ全然だけど。でもやっぱりそれは変わらないの。わたしは、皆みたいに、宮廷楽士になりたい、って意気込んで入学したわけじゃ、ないの」


 ワトやハノ、ミオンや、他の同級生たちみたいに、宮廷楽士を目指したわけじゃない。

 だけど。


「でも、歌をうたうことも、踊ることも、誰よりも好きだって気持ちは負けないつもりでいるの。ううん、わたしが一番好きだと思ってる。でも、だからって、目指す先に宮廷楽士があるわけじゃ、ないの」


 ただ、上手くなりたくて、ただ上手く歌いたくて。


「幼馴染にね、誰のために歌うのって聞かれて。最初は自分のためかな、って思ってたけど、違ったの。わたしね、街の皆のために、歌いたいの」

「……街……? 国じゃなくて?」


 驚いたような、怪訝そうな声が、室内から返ってくる。


「うん。街、かな。わたしが生まれ育った街の皆に、聞いて欲しくて。疲れてる人が、悲しんでる人が、わたしが歌うことで少しでも元気になれたらいいな、って。誰かの笑顔の力に、なれたらいいな、って思ったの」

「……誰かの……。でも、それなら、宮廷楽士だって一緒じゃない。国民の前で演奏する時だってあるんだし」


 扉の向こうの、ミオンが言う。


「回数は少なくたって、することは同じでしょ」

「ううん。全然ちがうよ」

「…………なにが」

「宮廷楽定期演奏と、日常での演奏は、全然違うよ」

「…………」

「確かに、わたしも初めて宮廷学士の定期演奏会を聞いた時は感動したし、毎回、聞きに行ってるよ。でも、そうじゃなくて、わたしは日常に溶け込むというか……寄り添うような、いつも一緒にいるみたいに、歌いたいの」

「……いつも、一緒……」

「特別な日の、特別な音楽もすごく素敵だけど、知らないうちに鼻歌で、うたっちゃうような、そんな歌を歌いたい」


 王都に来た人たちから歌い聞いたりする歌を、みんなで歌っている歌を、歌っていきたい。

 それを歌っている時のみんなの顔が好きだし、それを聞いている時のみんなの顔が好きなのだ。


「……そう」


 短いミオンの声と、カタン、となにかが当たる音が聞こえる。


「……話は、それで終わり?」


 ここに来た時と、変わらない声色に、ほんの少しだけ視線が下がる。


「うん。話は、これで終わり。邪魔をして、ごめんね」


 そう告げて、数歩、後ろへと下がる。


 少しの沈黙のあと、室内から聞こえてきたミオンの歌声に、背を押されるように、わたしはその場を離れた。








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