第39話 過去ー音楽府編1(ユティア目線)

 学院都市クムラ。


 メンジェイス国西部に位置し、薬学府、政学府、地学府、天学府、など、いくつもの学び舎が集まり、学ぶもの、教えるものがその都市に暮らしている。


 どこからともなく、誰かが歌う音や、音楽が常に聞こえてくるこの場所は、メンジェイス国 王立音楽府内だ。


 そして、その敷地内の、とある教室内でワウゼの花と同じ髪色をした少女が、いま、声で音を奏でている。



「はい、そこまで。ユティア、おつかれ様、席に戻っていいわ」

「……はい」


 ふう、と息をはいて、小走りで彼女は自身の席へと戻っていく。


「次は……ミオンね」

「はい」


 名前を呼ばれた一人の黒い髪の少女が、皆の前に立つ。


「よろしくお願いします」


 そう言って、頭をさげた彼女の、黒い髪が、さらりと動いた。



「今回もミオンがぶっりぎりだったね」

「んー、でも、ワト様と成績はほぼ一緒だったじゃない」

「えー、あたしはユティアの声が好きだけどなぁ」

「でも、今回も上位組から外れてるじゃない」

「成績だけが全てじゃないもん!」

「えー?」


 ドアのあいた教室内に入る声に、目の前に居る少女が、はあ、と小さく息をつく。


「なあに、辛気臭いため息なんてついて」

「辛気臭くなんてないもん」

「そうかしら?」


 ロヤ色の鮮やかな黄色い髪色の少女、ワトの言葉に、ワウゼ色の髪色のユティアが口を尖らせながら答える。


「でもその割には、眉、へにゃってる」


 そんなユティアを見て、空色の髪の少女は、眉間のあたりを指差しながら口を開く。


「む」

「ね、ワト」

「そうね」


 むむ、と自身の眉を触りながら言葉をこぼすユティアを見て、空色の髪の少女ハノがいつものように静かに笑ったあと、口を開く。


「ミオンと、話、できた?」


 じい、と自分を見るハノの瞳を受け、ユティアが口を開きかけて、閉じる。


「まぁ……ミオンだしね」

「……うん……」


 言葉に詰まった自分を見て、ハノは特に追求することなく、閉じていた本を開く。


「話せるといいわね」


 ワトの言葉に、ユティアは「……うん」とただ静かに頷くだけだった。




 ◇◇◇◇◇◇



「進路、かぁ……ハノは……奏者?」

「うん。うちは悩むことなく奏者のほう」

「そっか。ミオンも宮廷楽士だよね?」

「もちろん。そのために此処に入学したんだし」

「……だよね……」


 音楽府に入学し、仲良くなったミオン、ハノ、それからワト。

 入学当初から、寮で同室になったワトと、仲良くなるにはそんなに時間もかからなかった。

『メンジェイス国 外交官僚シャロン卿の孫娘』とだけ聞くと、なんで庶民のわたしと同室なんだろう、と当初は思っていたけれど、話してみると気さくだし、ちょっと天然だし、何より室内で二人でいる時の空気感が心地よい。


 ミオンとは、講義の席が隣で、ちょっと近寄りがたい気もしていたけど、話しをしてみたら、とても気があってすぐに仲良くなった。

 好きな歌が似ていたりもしたし、まず何よりも、ミオンの歌と踊りが本当にすごくて、わたし自身が彼女に憧れたし、負けたくないとも思った。


 どことなくアリスを思い出すハノとは、図書室で話したのが初めてだった。探しものをしていたわたしを見かねたハノが助けてくれたのがきっかけで。知識の深さにとても勉強になって、色々と教わったりしているうちに、すっかり仲良くなった。


 そうして気がつけば、4人。

 バラバラなことをしていても、近くにいたりする、不思議な4人。

 クートやアリス、マノンとはまた少し違う、距離感。



 ミオンの返事に、だよねぇ、ともう一度つぶやけば、ハノが読んでいた本から視線をあげる。


「宮廷楽士のお給料は、良い」

「そうなの?」

「入ったばっかりの時はちょっと低いけど、数年頑張ればあがる」

「へえ……」

「そしたら、もっと色んな楽器を揃えるんだ」


 きら、と瞳を輝かせて言うハノに、同室のミオンが呆れた表情を浮かべる。


「……ハノ、まだ買うの?」

「何言ってるの。まだまだ序の口だよ。全然足りない」

「まだまだ……」


 眉間を抑えながら言うミオンに、「あらあら」とワトは楽しそうに笑う。


「ワトは、やっぱり宮廷楽士を目指すんだよね?」

「ええ、そうね。それがここに入学した条件でもあるし、ワタシなりの反発でもあるかしらね」

「反発?」


 ハノの問いかけに、ワトは笑顔を浮かべたまま、置いてあるクッキーへと手をのばす。


「ユティアには前にも話をしたけれど、うちの家は、お祖父様にしろ、お父様や伯父様にしろ、政治に関わるのが好きな人が多い家でしょう?」

「確かに。伯爵家の中でも多いほうだよね」

「それだけ有能な人が多いってことじゃない」

「っていうか、お堅い人が多そうだね」

「それはそうでしょうよ。国の中核部に入るんだし」


 ハノとミオンの言葉に、ワトは静かに笑みを浮かべる。

 それもそのはずだ。

 二人が、わたしが聞いたことと全く同じことを言っているのだから。


「ワト? どしたの? なんで笑ってるの?」


 不思議そうな表情をしたハノに、ワトがふふ、と笑ったあと口を開く。


「だって二人とも、ユティアと同じことを聞いて、同じことを言うんだもの」


 ふふ、ともう一度、小さく笑ったワトを見て、ハノとミオンもまた顔を見合わせて笑う。


「有能かどうかはさて置いて……みんなの考えるとおり、我が家には堅い人、というよりは、まだまだ古い考えを持つ人が多いのよ。お祖父様は自由にしてもいいとは言ってくださるけれど、お母様は家に入るのが一番、というかただから。まあ……他にも色々あるのだけれど……選べる道は少ないの。それでも、その中でワタシはワタシの好きなものを選んで、音楽府にきたし、宮廷楽士を目指しているわね」

「……貴族ってやっぱり大変そう」

「あら、ハノだって大変じゃない。宮廷楽士の一家って、周囲の期待感が大きそうだけれど」

「んー、我が家は皆、好き勝手にしているからなぁ……」


 顎に手を当てながら言うハノに、ふふ、とワトはまた小さく笑う。


「ところで、ユティアはどうするの? やっぱりこのまま宮廷楽士?」


 わたしをじ、と見ながら言うハノの言葉に、「わたしは……」と呟いて言葉が止まる。


 先生方から、進路の話が出る少し前。

 悩んでいたわたしは、幼馴染のクート、アリス、それから同室のワトにだけ、話をしていて。

 あれから、少し時間が経って、自分の中で、答えは出たけれど。

 でも、まだ、胸を張って、それを言えるかと聞かれたら、自信がない。


「ユティア」


 ワトが気遣うようにわたしを見やる。

 そんな彼女の視線に、口元で笑顔を作ったあと、ハノとミオンへと向き直る。


「ユティア?」

「ハノ、ミオン。あのね、わたし」



「何で」

「ミオン、あのね」

「ユティアは、逃げるんだね」

「ミオン、違う、話を」

「もう、いい」



 あの日、わたしが告げた言葉に、ミオンは傷ついたような表情をして、走っていってしまって。

 あれから、ほとんど話すことなく時間だけが過ぎていく。



 みんなと、同じ道には進めない、進まないことを言ったあの日。


 わたしたちは、4人から3人になって。

 ミオンはわたしと、瞳をあわせてくれなくなった。











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