第34話 過去ー薬学府編2

「一晩だけ咲く花?」

「そ。その花自体は絶滅したと思われていたけれど、ひっそりと復活していた。そんな噂を聞いてね」

「へええ……絶滅の危機ねぇ。って一晩ってことは、花が咲く時間も、昼間じゃなくて夜なんだ?」

「そうらしい。で、僕たちは調べてみてね。気になったから、採ってきてみたのさ。ちなみにアネフィーク山の近くだったんだけどね」

「は? え?」

「いつの間に」


 クートの言葉に、ラグスとマノンは驚きの表情を隠せずにいる。

 試験結果の発表のあと、自然と集まっていた私たちは、薬学府近くの食堂へと足を運んだ。

 いつの間にやら、晴れた日には、そこで飲み物と軽食を買って、薬学府近くの原っぱに集まることが私たちの日課になっていて、今日も変わらずに、その場所へと向かっている。


「だって、気になったらすぐに調べたくなるじゃないか」

「……分からなくはないけども」


 クートの言葉に、マノンが苦笑いを浮かべながら頷く。


「それにしても、少し意外だったな」

「何がだい?」

「クートがワクワクするのは分かるんだけど、アリスちゃんも案外クート寄りなんだね」

「ふあ……」


 こらえきれなかった欠伸がこぼれた瞬間に、振り返ってこっちを見たクートとマノンと目があう。


「なんだ、アリス。眠いのか?」


 隣を歩くラグスが、訝しげな目で私を見やる。


「ここ最近、ちょっと、寝不足で……」

「寝不足?」

「大丈夫?」


 そう言った私に、ラグスとマノンの視線が刺さる。


「え、あ、えっと……その……」

「アリスお前、もしかして」

「アリスも一緒に試験勉強と平行して例の花を調べてたからね。そりゃ眠いさ」

「え、アリスちゃんも?」

「あ……えっと……うん」


 何かを言いかけたラグスが、クートの話を聞いて、思い切り呆れた表情を浮かべる。


「……ったく」

「だって……」


 はあ、と大きく溜息をついたあと、ラグスが私の頭を軽く小突く。


「クートは眠くないの?」

「僕? 眠いよ? 眠いけど、今は大丈夫かな」

「君たち……ちゃんと寝てるの?」

「……んー、僕はまあまあかな」


 そう言って笑ったクートに、マノンは苦笑いを浮かべる。


 ラグスとマノンにこの話をする随分前から、クートと私は、この花について調べ始めていた。

 薬学府の人間なら、気になっても仕方がない、と思ってはいるけれど。


「でも、ラグスとマノンだって、危ないものかも、って言われたら、どうにかしないと、って思うでしょう?」


 そう問いかけた私に、二人は顔を見合わせたあと、少し困った顔をする。


「まあねぇ……それを言われちゃうとねぇ」

「まあなぁ……」

「それなら」

「でも、ちゃんと寝ないとダメだよ」

「だな」


 はあい、と返事をした私に、ラグスはやっぱり呆れた表情をして口を開く。


「誰も止めなきゃこいつら薬草と薬学のことでなら何時間でも費やすからな……」

「さすが幼馴染、よく分かってる」


 ふふふふ、と楽しそうに笑ったクートに、ラグスとマノンは、私とクートの両方を見て大きな溜息をつく。



「で? 結果は出そうなのか?」

「んー。あと数日で花が咲く気がするんだ」


 カロンのジュースを受け取りながら、ラグスの質問に答える。


「そうなんだよ。そしたら、研究結果もまとめられるだろうからね。あと数日の夜更しは多めに見て欲しいものだね、って、ん?」

「クート? どした?」

「クート?」


 セムのジュースを片手に、クートが少し遠い場所を眺めて首を傾げる。

 そんな彼に、マノンが同じ方向を見ながら問いかけるものの、「気のせいかもね」とクートは笑った。



「ねぇ、クート」

「なんだい?」


 あのあと、ユティアも来て、皆でご飯を食べて話をして、薬学府に戻ってきた。

 夕飯を食べ、観測の支度をし、温室にやってきたけれど。

 どうしても、昼間のクートの様子が気になって、準備をしながら彼の名前を呼ぶ。


「昼間、食堂でジュースを買ってた時さ、何かあったの?」

「何か? ああ、あれか。いや、大したことじゃないんだけどね。エリーを見かけた気がして」

「エルンストを? 見間違いじゃなくて?」

「いや、あれはエリーだったよ。けど、あいつ、ああいう場所に普段こない癖に何で居たんだろうね」

「確かに。たまたまかなぁ」


 一人一つずつ、鉢を持ち、温室の外へと運ぶ。

 この観測をしたいと先生に相談した時に、屋内よりは屋外のほうがいいかもしれない、と言われて、夜の観測時に、毎回、私とクートはそれぞれの鉢を移動させているのだけれど。


 よいしょ、と棚の上に持っていた鉢を置く。

 随分と元気に育ったなぁ、と鉢からにょきにょきと伸びている茎と葉を軽く撫でる。


「どっちも蕾だからもしかしたら今日あたりに咲くのかも知れないね」

「どうだろう。アリスの鉢のほうが、蕾になったの遅かったよね?」

「うん。一日違いだね」

「じゃあ咲いたとしても僕のだけか、もしくは」


 今にも開いてしまいそうに見える花びらに、まだ動き出す気配は見えない。


「どっちも咲くか。アリスはどう思う?」

「私は、月が一番明るい日に咲く、って噂が捨てきれないかな、って」

「ああ、確かに。今日はまさにそれだしねぇ」

「ね」


 この真っ白な蕾が花開く時、極上の甘い香りとともに、強力な幻覚症状が現れる。


「この世のものとは思えない良い香りって言ってたけど、どういうことなんだろうねぇ」

「どういうこと、って?」

「いや、ほら、僕たちは今生きてるこの世界しか知らないじゃん? そう表現した人たちは、一回死んでるのかな」

「…………たぶん違うと思う」


 そうツッコミを入れた私にクートは残念そうに「そっかぁ」と小さく。




 それから数時間後、その白い蕾は、開花を迎えた。









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