第33話 過去ー薬学府編1

「またアイツらかよお」

「また記録更新?」

「いっそここまで来ると清々しさすら感じてくるよな」

「っていうかアイツラだけ試験別にしてくれないかな…………難易度が上がりすぎてて辛いんだけど……」

「それな!!」


「……だってよ?」

「僕に言われてもねぇ」


 試験結果が張り出された掲示板の前に並ぶ同じローブを着た人たちの声を聞きながら、隣に並ぶ幼馴染に笑いながら声をかければ、幼馴染は苦笑いを浮かべなら答える。


「そもそも今回の試験は皆の結果だって良かったじゃないか」

「それはクートたちが自主補習してくれたおかげじゃない? 先生役のクートたちは大変だったかも知れないけど」

「人に教えるのは良い復習になるからね、僕は別に構わないさ」

「それなら良いんだけど……」


 にこり、と笑ったクートにそう答えれば、クートの視線がツイ、と私の後ろの方へとずれる。


「?」


 くる、と振り返って見えた姿に、「あ」と思わず呟けば、クートからは小さな溜息が溢れた。


「やあやあやあ、クート君。今回の成績はオレの勝ちだな!!」

「……いつも言ってるけど、君と競っているつもりはないんだど、エリー」

「オレの名前はエリーじゃない!! エルンストだと何度言えばわかるんだ!!」

「エルンストって長いじゃん。ね、アリス」

「……私とクートの名前と比べたら長いけど……でも、エルンスト、エリーって響きも可愛いよ?」

「だああ! オレは男だああ!!」

「初見で絶対に女性に間違われる超絶美少年に男だああ、って叫ばれてもねぇ」


 ふるふる、と首を横に振りながら言うクートに、目の前に現れた学友、エルンストは「だあああ!」とまた大きな声をあげる。


「お前のその余裕!! なんだよ!ちょっと背が高いからって!!! そもそもオレはお前の一つ上だぞ!!!」

「でも学年は一緒だろ。それなら違いなんてあって無いようなものでしょ」

「うがあああ!」


 だすだすっ、と心底悔しそうにその場で地団駄を踏むエルンストに、クートは楽しそうな笑顔だけを返す。


「ふ……っ、だが、良い。お前は今回もオレにアレは勝てなかったからな! だがお前が努力する間にオレはさらなる高みを目指すんだ! はははははは!!!!」


 ビシイッとクートを思い切り指差した後、エルンストはクートの反応を待つことなく走り去って行く。


「……行っちゃった」

「まったく。先輩だというなら、人を指差すなって何度も言ってるのに」


 はあ、と呆れたように溜息をついたクートに、「でも、相変わらず元気だね」と声をかければ「煩いけどね」とクートは苦笑いを浮かべる。


「まあ、でもエリーの言う通りだからねぇ。今回も勝てなかったしね、あの試験は」

「アレは……向き不向きがあるし、エルンストは経験も豊富だし……」

「とはいえ、薬師になるには突破しなきゃいけないところだからね」

「いや、突破はしていると思うよ? ただ、その争っているところが許容範囲内誤差なのか、それとももっと多岐に渡るのか、っていう差なだけで」

「それでも、薬師たるもの、ありとあらゆる事柄を想定しておかないと」

「まあ……確かに」

「だろう?」


 そう言って、掲示板から離れようと歩き出したクートに続いて、私も足を動かす。


「それにしても……本当にすごいよね、クートもエルンストも」

「僕だってアリスと一緒だよ。これからの後悔を少しでも減らすように努力をしてる。それだけだよ」

「……うん。そうだね。おばあちゃんと約束もしたしね」

「僕もさせられちゃったしなぁ」

「それを言ったらラグスもユティアもね?」

「だね」


 くつくつと笑うクートに釣られて笑みが溢れる。


「それにアリスのおばあちゃん、色んな約束を僕たちにさせたよね」

「笑うこと、ご飯はちゃんと食べること。ちゃんと寝ること、それから」

「ごめんなさいとありがとうをちゃんと言うこと。両親と友達を大事にすること」

「他にもたくさんあるね」



 私が薬学府への入学を決めた次の次の春、おばあちゃんは病に倒れた。

 胸のあたりが痛いと言っていて、脈拍も一定の間隔じゃなかったらしい。

 少し前から自覚はしていたものの、騙し騙し過ごしていた、とおばあちゃんは言っていた。

 その後は、無理をせずに過ごすように薬師さんに言われ、時々、薬師さんが様子を見に来てはくれていたけれど。

 仕事で国境地域に行っていたお父さんとお母さんが、ようやくその知らせを聞いて、家に帰ってきた時には、おばあちゃんはベッドかソファにいることが多くなっていた。


 「もっと早く帰ってこれれば……」

 

 そう言って、肩を震わせていたお父さんに、おばあちゃんは「困った息子だねぇ」と優しく笑っていたけれど、お父さんとお母さんに会えたことがよっぽど嬉しかったらしい。

 日中も、動き回れる日が増えていたし、顔色もほんの少し、良くなっていた。

 もしかしたら、おばあちゃんはこのまま、良くなってくいくのかもしれない。

 幼心に、私は祈るようにそう思っていたけれど。

 おばあちゃんとのお別れは、ある日突然、予兆もなくやってきた。



「あの日のことは、忘れないようにしたい、ってずっと思ってるんだ」

「アリス?」

「おばあちゃんの言葉も、お父さんとお母さんの思いも、あの日、私自身が思ったことも、全部」


 薬師になる夢も、諦めたわけじゃない。

 お父さんとお母さんには、皆のための研究がある。

 だから、おばあちゃんの大事にしてきたお店を継げるのは私だけだと思ったから。


 おばあちゃんがずっと使っていた杖の一部を加工した首飾りを、ぎゅ、と握りしめる。


 ふと。

 ぽん、と頭の上に、ほんの少しの重みと暖かさが降ってくる。


「僕はね、アリスのおばあちゃんが見送った当時は、アリスが今までみたいに笑えるわけがない、って思ってたんだよ」

「……そうなの?」

「ああ。ラグスとユティアもちょっぴりそう思っていたと思うよ?」

「……二人も……」


 あのあと、いつでも傍にいてくれたラグスに、いつでも笑いかけてくれたユティアとクートにどれだけ救われたかなんて、三人は知らないけれど。


「それでも、そのままになんてさせないって、ラグスが言い切ってね?」

「ラグスが?」

「そ、俺がわらわ」

「あ、クートとアリスちゃんだ!」

「……へ?」

「あ」

「あ? なんだよ、クート、あ、って」

「いや別に?」


 グン、とラグスから明らかに顔を背けたクートに、ラグスは訝しげな視線を送る。


 そんな二人に、ふはっ、と笑い声を吹き出した私を見て、ラグスの動きが止まる。


 その直後、口元を緩めて笑うクートに、興味津々の顔をしながら問いかけたのはマノンで。


「いや、実はさ」

「ふむふむ!」


 そんな、なんでもない日常は、ある日、一旦、私たちの時を止めた。









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