第30話 誘拐事変 後日談 ラグス目線

「お父様もお父様ですわ!!! 肝心な部分をきちんと説明なさらないから、真意が曲げられて伝わるのです!!」

「いや、ワタシとしてはきちんと説明をしたつも」

「つもりでいるからですわ!!」

「お嬢様、落ち着いてくださいっ」

「国のため、民のために頑張っているお父様に、あらぬ疑いがかかっているのですよ! 落ち着けるわけがないでしょう?!」

「……ねぇ、サイラス。親子喧嘩はげしくないですか? あんなものなんですか? 親子喧嘩って」

「いや……なんと言いますか……べレックス卿、お噂の通りですね」


 べレックス卿から面会の依頼が来ている、と連絡をうけて数刻後、連絡とおりに王立騎士団隊舎へと現れたのはべレックス卿とシンシアと数人の執事。


「えーっと、とりあえず、お嬢さん。そんなに怒っていては可愛い顔が台無しですよ」


 頬を膨らませながら父べレックスに説教をしかけていたシンシアに、ノルベルト副団長が笑顔を浮かべて声をかける。


「はっ!! わたくしったらはしたないことを……大変失礼いたしました……」


 ノルベルト副団長の言葉に、我に返ったらしいシンシアが、耳を赤くしながら頭をさげる。

 その様子を見て、パウロ団長がクツクツと笑う。


「…………まあ……なんというか、べレックス卿も、お嬢さんも二人とも無事で何よりです」

「ええ……本当に、騎士団の皆さんのおかげです」

「そう言ってもらえるだけで構わないのですが」


 べレックスの持ち込んだ品を見ながら言ったパウロに続き、ノルベルトが口を開く。


「そうですよ、べレックスさん。ツァザの時もお礼は不要だって言ったのに、持ってきちゃってるし」

「いや、そういうわけにもいきません。なにせ、我々の我儘で団員の皆さんにご迷惑と労力をおかけしたのですから」

「新人たちには良い経験だったんですから、気にすることなんてないんですよ。ね、サイラス」

「ええ。それに、騎士団としては新たな団員の採用にも繋がりましたし」

「そう言っていただけると少し気が楽になります。……けれど、お礼はお礼でさせていただきますよ」


 にっこり、と笑顔を浮かべたノルベルトにべレックスも譲らない。


「……だそうですよ、パウロ」


 ノルベルトとべレックスが、視線だけでの攻防戦を繰り広げたあと、諦めたような口調で、ノルベルトがパウロへと声をかける。

 そんな二人の様子に、パウロはまた、クツクツと笑ったあと、「そうみたいだな」と二人を見ながら答えた。



「それにしても……べレックスさん、あんなにも自分の娘に弱いんですねぇ」

「……噂は聞いていましたが、あんなにも普段お見かけする印象と異なるとは……」


 べレックス一家が帰ったあと、静かになった部屋で、ノルベルトが言った言葉に、サイラス参謀筆頭が、答える。


「おや、サイラスでも驚くことがあるんですね」

「……何をおっしゃいますか、……一応ありますよ?」

「大体の情報は掴んでいるから驚くことなんてないと思ってましたが」


 ケラケラと笑いながら言うノルベルトに、サイラスが「副団長はワタシを何だと思ってるんですか」と呆れた顔をしながら答える。


「でも、事実でしょう?」

「……まあ……否定はしませんが」

「ほら、やっぱりー」


 サイラスの言葉を聞き、ノルベルトは再度、ケラケラと笑い声をこぼす。


「それにしても……ワタシとしては、お礼よりも頂いたコチラのほうが有り難いものですが」


 書類の束を手のひら、トントン、と軽く叩きながらサイラスは言う。


「そうですねぇ。余計な手間がひとつ減ったというか。ね、パウロ」

「ああ」


 ノルベルトの問いかけに、パウロがテーブルに置かれたカップへ口をつけながら答えた。




 ◇◇◇◇◇◇



「国境付近の警備?」

「ええ」

「けど、それってずっと揉めてるよな?」


 朝の食事時間を過ぎ、静かになった食堂で、たまたま居合わせたオストとテーブルを挟んで向かい合う。

 オストも俺も、ここに来る時間が少し遅かったのは二人ともが休日だからだ。

 ちなみにマノンは今日はまだ起きないらしく部屋で寝ている。

 まあ……そりゃ護衛勤務が続けば疲れるわ、とむしろ今朝きちんと起きた自分を褒めてやろうかと思うくらいだ。


「ここ数年はさらに揉めてますしね」

「そんだけ揉めてる間に、国境付近の情勢も変わっていくっていうのにな」

「本当に」


 はあ、とオストが大きな溜息をつく。


「オストは確か……クムラの出身だったよな」

「ええ。クムラは国境付近で唯一、騎士団が派遣される場所ですからね。地元民としては騎士団の派遣の重要性がとてもよく理解できますし、騎士団にいて欲しいと切に願うところですね」

「まあなぁ……」

「ラグスのご両親もクムラに居るんですよね?」

「ああ。何年かに一度はこっちに帰ってくるけど、基本はあっちだな」

「なるほど」

「だから、ってわけじゃないが……やっぱり仲間が守ってるって思うと安心感はあるな」

「ですね。……本当に、べレックス卿には頑張って頂きたい限りです」

「……まあな。俺は意外だったが」

「ああ、そういえばラグスは、べレックス卿が国境派遣の反対派だと聞いていたんでしたっけ」

「聞いていた、というよりは、俺がそうだと思いこんでいた、が正解だな」

「おや」

「薬師の友人のくれてた情報を歪んで理解してた」

「……珍しく君らしくもないミスですね」

「……買いかぶり過ぎだろ」

「そうですか? 正当な判断だと思っていますが」

「……はは」


 アリスを家まで送り届け、隊舎へ戻った翌朝、今回の事件の概要と結果をサイラス筆頭に告げられた。

 そして、その時にべレックス卿は強硬派、と呼ばれてはいるものの、騎士団反対派では無いらしい。

 べレックス卿自体は、国境警備も騎士団にさせるべきだ。訓練も受けているし、騎士団員なら傭兵みたいに悪さも出来ないだろう。そういう意見らしく。


 ー 「確かに、国境警備を騎士団にさせて欲しい、という騎士団からの申し出すら突き通せないなら、騎士団は不要だろう、とは仰ってはいましたけどね」


 そう言って、苦笑いを浮かべたサイラス筆頭の言葉に、俺とマノンは口を半開きにしたまま、固まる。


 ー 「大方、変な部分だけを切り取られて噂として広められたんでしょうね。べレックス卿は、そういう点ではよく損をしてますから」

 ー 「しかも訂正してもキリが無い、からと訂正すら途中で止めてしまいますからね。それよりもやるべきことが山程あるのだ、と」

 

 政治家として、次期宰相と呼ばれている人間としてそれでいいのか、とツッコミも入れたくなるものの、きっと、べレックス卿にとってはそんなことは些細な事なのだろう。


「そんな噂一つで潰されるような騎士団なら、不要だ、……ねえ」


 サイラス筆頭の説明が終わる頃に、部屋に現れた団長の言葉が耳に残る。


「団長のアレ、ですか?」

「ああ」


 ぴり、とした視線は一日経った今でも背筋を伸ばすには十分な効果を発揮している。


「そんなに軟弱じゃないだろう、お前ら、って背中を叩かれた気分だ」

「そうですね。久々に、ピシッ、ってなりました」

「オストもか?」

「ええ」


 団長たちと行動を共にすることが他隊よりも多いオストすら、そう感じたらしい。


「遠いなぁ……」


 全く縮まることのない団長との距離に、時々、虚しささえ感じることすらある。

 実力も、貫禄も、何もかもが団長の近くにいくには程遠い。


「ああ、ラグスは団長に憧れての入団でしたっけ」

「ああ」


 こくり、と首を縦に振れば、オストが「懐かしい」と静かに笑う。


「君が入ってきた時は、わたしもまだ隊長になったばかりでしたが……君とマノンには色々と驚かされてばかりです」

「そうか? 驚き担当は双子だろ」

「あの二人も規格外ですが、君たちもでしたよ?」

「ふうん……」


 ふふ、と懐かしそうに笑うオストの姿に、落ち込みかけた気持ちに、メラ、と炎がつく。


「なぁ、オスト先輩」

「先輩って。君には久しぶりに言われましたね。それ。なんです?」

「手合わせしようぜ」


そう言った俺に、オストが瞬きを繰り返したあと口を開く。


「せっかくのお休みなのに?」

「たまにはいいだろ」


 彼の瞳をじっと見つめて告げれば、オストは諦めたように静かに笑った。








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