閑話 4 赤い竜の眼、その後
「…………で、何でコイツらが入団試験受けることになってんだ?」
「……やる気に満ちてるから、らしいよ」
「殺る気、の間違いじゃないのか……」
「指南役筆頭たちの意見だからねぇ……」
「……世の中なにが起こるか分からねぇな……」
「だね。ちなみに、メレルの時のほうが凄かったらしいよ」
「どこ情報だよ、それ」
「例のごとく、双子情報」
「あいつら……色々持ってるなぁ」
レット、レッソの情報網の広さと量に驚きながら呟けば、「サイラス部隊とかクートたち薬師のほうがすごくない?」と問いかけてくるマノンに、確か、と頷く。
「ま、それはともかく。これ、オレたちの出番ない気がするんだけど、オレの気の所為?」
「奇遇だな。俺もだ」
「やっぱり?」
はあ、とため息をつき、手すりに寄りかかったマノンが、脱力しながら口を開く。
「せっかくの休みだったのにぃ……」
「本当だよ」
マノン同様、ため息が口から溢れた時、カランカランカランッ、とここではよく聞く音が周囲に響く。
「だぁぁぁ! くそっ!!」
練習場内で、やけになって叫ぶ少年の声が響き渡る。
自身の手から叩き落されたのであろう。
彼は真横に転がる木製の剣を握りしめ、再度たちあがり剣を構える。
そんな彼を見ながら、「お、まだ来るか」と楽しそうな声を出したのは、一番隊隊長のメレルだ。
「何で勝てない!!」
「何でって……んー、お前、一発目だけはいいんだけどなぁ」
「だけ?! だけってなんだよ!!」
「持久力が無いんだよ、打撃の。な、ラグス!」
練習場の真ん中から俺に声をかけたメレルが、入団試験中の青年を差し置いて、離れた場所で見ていた俺たちに向かって声をかける。
「……メレルお前なあ……」
何で名指ししたよ、と眉間に力を入れながら、メレルを見やれば、メレルがニヤリ、と口元を歪ませながら笑う。
そんな彼に、大きく息を吐き出した直後、「あ!!」と今まで以上に大きな声が響く。
「…………うるせえ」
「元気だねぇ」
思わず耳を押せながら呟けば、マノンが眉を下げながら笑う。
「お前、あの時の!!」
「あ?」
誰だ? あいつ。
こちらを指さしながら叫ぶ少年の言葉に、隣のマノンを見れば、どうやらマノンにも心当たりがないらしい。
「お前たち、二番隊隊長と副隊長だろ!!!」
大型犬が吠えているかのような、はたまた、子どもが地団駄を踏んでいるような。そんな少年の様子に、記憶を探るものの、やはり心当たりが無い。
「……誰?」
「……さあ……?」
「おい!! なんでおれのこと誰も覚えてねぇんだよ!!!」
「なんでって言われてもなぁ」
嘘だろ?! と繰り返し言う少年に、すぐ近くにいるメレルの腕があがっていく。
「あ」
「あ?」
「お前、うるせぇ」
あ、とマノンと俺が呟いた直後。
振り降ろされたメレルの腕が、少年の頭に直撃する。
「痛っぁぁぁ?!!」
大きな声をあげ、頭を抑えた少年を、マノンは「うわぁ、痛そう……」と顔をしかめながら見つめ、俺はというと。
「いや、手加減しろよ」
と全力で腕を振り降ろしたメレルに、思わず呆れた声を零していた。
「ラグス、マノン、お疲れ様です。休日に申し訳ない」
そう言って、俺たちに声をかけたのは、タウェンで、何やら書類の束を抱えている。
「タウェンこそ、お疲れ」
「……メレルは……疲れてなさそうだね」
「ええ……まあ、メレル隊長ですし」
「……うん、だろうね」
「だな」
その後も、何人かと簡易試合をするメレルを眺めながら、俺たちは腰をおろす。
「ひとまず、報告ですが、ここにいる全員は入団試験後、特に問題がなければ受け入れることになりそうです」
「なるほど。筆頭たちの考えでもあるんだろ?」
「はい」
俺の問いかけに、タウェンが静かに頷く。
「……なるほど」
「それはまた……思い切った決断で」
いま現在進行系で、事件の取り調べ自体を受けているのは、首謀者たちだが、いわゆる戦闘要員だった彼らの処遇は、一部保留となっていた。
「ま、そうじゃないと彼らの家族が露頭に迷っちゃうもんねぇ」
「……やる気が無くなるなら辞めてもらうだけですから」
そう言ったマノンに、タウェンが苦笑いを浮かべながら答える。
「あと、指南役筆頭のお二人からの伝言なのですが」
「なに?」
「……」
神妙な面持ちで、口を開いたタウェンの言葉に俺たちが大きな溜息をついたのは、このほんの少しあとの事だった。
「もらったぁぁ」
「残念」
ドン、と勢いよく地面を蹴って叫びながら飛び込んできた腕を、木刀を使わずに間合いに入って叩く。
「げっ?!」
「あんたも1からやり直しだな」
「……くっそ……全然見えなかった」
「はは、そりゃどうも」
流石にメレルとタウェンだけ全てを任せられない。
一番隊は勤務中の合間を作っているわけで、その間にも仕事は溜まっていく。
俺たちは俺たちで、休日を返上しているから、早く終わらせたい。
俺は手合わせを、マノンはそれを受けての書類への書き込みと仕事を分け進めていく。
「次」
「……は、はいぃ……」
怯えた表情を浮かべ、明らかに、初めて剣を持ちました、という握り方をする一人のまだ幼さの残る少年が、前へと歩いてくる。
「……ちなみに聞くが、剣を握ったことは?」
「……あ、ありません……」
「……じゃあなんで此処にいるんだ?」
思わず呆れながら問いかければ、「だ、だって!」と小さいながらに少年の声が聞こえる。
「……ツァザに、家族が居るんだ」
「……それで?」
「そ、それで……その……騎士団は、お給料のいい仕事って聞いてっ」
「ツァザに残るのだって選択肢にあっただろ」
カタカタと小刻みに震えながら、それでも立っている少年に、自身の木刀を持つ手を緩め、肩へ担ぐ。
「ツァザに残ったって、あのオジさんが街を建て直すまで、あの街で仕事なんか無い」
あのオジさん、とは多分べレックス卿のことだろう。
確かに、この少年の年齢じゃ就ける仕事も限られてくる。
「って言ってもなぁ……騎士団だって、見習い期間は給料安いぞ?」
「それでも、無いよりマシだ!」
「……マシって」
少年の言葉に、外野を決め込んでいたはずのマノンが思わずツッコミをいれる。
「役職なしの団員で、毎月25ファセだ」
「え」
「見習いだとそこから下がって大体15からだな」
「え、ええっと」
「ま、その前に、俺にその持ってるもん、ぶつけてくる根性が無けりゃ試験は不合格だが」
コン、と少年の握る木刀に、肩から下ろした手の中の木刀をぶつける。
「家族養うんだろ? なら、根性見せろ」
グッと剣先を上に持ち上げ、そう伝えた直後、少年の目つきが変わった。
「……で、お前らはなんで此処にいるんだよ……」
「え、だって隊長が新人入団試験するって聞いたから」
「そりゃ見なきゃでしょ」
少年の入団試験が終わるやいなや、「よ、隊長かっこいい~」やら「オレにも言って〜」やら、外野がわちゃわちゃと騒ぎ始める。
いや、少し前に何か来たとは思ってはいたが。
「見せもんじゃねぇだろ。んなことやってんなら走り込みでもして身体鍛えてこい」
「してきました〜」
「腹筋も終了〜」
「だから隊長、終わったら手合わせしてくださいよ〜」
やいやい、と騒ぐ自分の隊の団員に、大きく溜息をつく。
そんな状況で、完全に周囲に置いていかれて、入団試験真っ最中の彼らは、ぽかん、とした表情を浮かべていて。
はあ、ともう一度、大きく溜息をついたあと、「結果を伝える」と口を開いた。
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