第17話 二人の目線
「とはいえ、そんな都合よくアイツがいるわけないよな」
誰に言うでもない言葉を呟きながら、風が通り抜ける丘をホークに乗ったまま移動する。
昔に山が崩れ、少女たちがいる丘と、前方に見える岩場混じりの丘、というか、山肌を作ったらしい。
いまだ続いているお茶会から、ある程度はなれ、来た道を見やれば、街の全貌とまでは言えないものの、ある程度が見渡せる。
「小さい頃はしょっちゅうこっちまで来てたよなぁ……」
薬草に興味を持ったアリスもクートに連れられて、ユティアと四人でよくこっちのほうまで来ていた。
「まぁ……今もユティア以外はこっちまで来てるから、大して変わらないか」
クートとアリスは、薬草や材料の収集に、俺は騎士団の定期巡回で、と三人別ではあるけれど、山や森に来ていることに代わりはない。
「ばったり出くわすなんて事もまあまあ起こるしな」
この前はクートに、その前はアリスに。
だから、もしかしたら今日だって、偶然、居合わせるかもしれない。
そんな淡い期待を知ってかしらずか、相棒ホークは岩場混じりの丘へと向かっていく。
「まさかなぁ」
何度目かの呟きに、ホークが「いい加減煩い」と言わんばかりに、俺を見たあとに大きく息をはく。
「はいはい。俺が悪かったよ」
首筋を撫でながらそう言った矢先、足元に見覚えのある小さな袋を見つける。
「ホーク、ちょっと止まってくれ」
俺がそう声をかけるのと同時に、ホークの足が止まる。
よっ、とホークの背から降り、落ちていた小さな袋を拾えば、やはりアリスのもので、空いている袋の中には、まだ採って間もないらしい薬草がいくつか入っている。
「中身、薬草入ってるやつだし。採ったの落とすとか、どんなドジだよ」
クツクツと笑っていれば、「あ!」と聞き慣れた叫び声が、少し先の方から聞こえた。
「落ちてたぞ」
「ちょっと持っててー!」
袋を落としたことに気がついて、来た道を戻ってきていたアリスが、俺と、俺の持っている袋を見つけ、斜面を駆けてくる。
緩やかな傾斜は、岩場が混ざり合い、岩場を避けてくだってきたところで、左右に曲がる回数が少し多いくらいだ。
けれど、ふいに何を思ったのか、アリスは途中の岩場で立ち止まって、下を覗き込む。
「おい、危ないから止めとけ」
「大丈夫、いつもやってるから!」
「あのなぁ、いつもやってるからって」
ものすごい高さがあるわけでもない。
むしろ少し低めのアリスの身長よりも、高低差はない。
けれど、足元は平らではないし、草だって生えているし、岩だってある。
「ラグス、ちょっと退いててー」
「ちゃんとあっちから降りてこいって、っておい?!」
斜めにかけたかばんの紐を掴み、アリスが一歩、足を下げる。
その行動の先を理解した俺は、思わず走り出して両手をのばした。
「あっぶねぇえ」
「うわあっ?!」
衝撃とともに、落ちてきた彼女を受け止めれば、飛び降りた張本人が腕の中で驚きの声をあげる。
「なっ」
「っのバカ!」
「わっ?!」
俺の声に驚いた顔をし、耳を塞いだアリスに、「ったく」と溜息をつきながら彼女を地面へと下ろす。
「ちゃんと退いてって言ったのに」
恐る恐る、けれど口を尖らせながら俺を見たアリスに「あのなあ」ともう一度ため息をつきながら彼女を見やる。
「飛び降りるなら足元ちゃんと確認してからにしろ」
「ちゃんと見たもん」
「ならなんでここを選んだんだよ」
「だって、平らだった……って、あ……」
俺に注意をされ、ムキになりながら答えたアリスに、ここ、と言いながら地面を指差させば、アリスがつられて自分たちが立っている場所を見て、小さく「あ」と声をこぼす。
「飛び降りた先に、こんな不安定な岩があるのに、何をちゃんと見たって?」
「……えっと……」
デコボコとむき出しになった岩が地面に凹凸をつけるこの場所は、歩く分には問題はないにしろ、上から飛び降りてきた場合、バランスを崩す可能性が非常に高い。
俺の言いたいことを理解したアリスは、「ごめんなさい」と小さく謝ったあと、少し落ち込んだ表情を見せる。
「ったく。今回は傍にいる時だったからいいけど、頼むから無茶するな」
「ラグス……」
下から見上げるように俺を見たアリスの目線に、熱くなった頬を隠すように、がしがしと少し頭を乱暴に撫でれば、「わっ、ちょっ?!」とアリスがさっきとは違う驚いた声をあげる。
その声に、くくっ、と思わず笑えば、頭に俺の手をのせたままのアリスが、「むううう」と口を尖らせながら小さく唸った。
◇◇◇◇◇
「ま、とにかく怪我がなくて良かった」
そう言って、目の前の幼馴染は、私のおでこを指先でピンッと軽く突く。
「もー。すぐそうやっておでこ弾く!」
「仕方ないだろ。ちょうどいい位置にあるんだし」
「仕方なくないし、ちょうど良くもない!」
むすう、と頬を膨らませながら文句を言うものの、ラグスはくくっと笑うだけで一切反省もしていない。
「もう!」
「はいはい」
もう一度、抗議の声をあげる私に、先に歩き出したラグスは聞き流しながら、振り返って「ん」と言って手を出してくる。
「ん?」
「ん? じゃなくて、カバン貸せよ」
「カバン?」
「どうせ何でもかんでもカバンに詰めて重くなってんだろ? 降りるまで俺が持つ」
「大丈夫だよ」
「いいから。ほら」
手を差し出したまま私を見て言うラグスに、「大丈夫」ともう一度答えれば、ラグスの眉間に皺がよる。
けれど、それはほんの一瞬の出来事で。
「それなら、このまま手、繋ぐけど良いんだな?」
そう言って、少し意地悪な顔をしたラグスの声は、なんだか耳にくすぐったくて。
「か、カバンでお願いしますっ!!」
バッ、と肩からさげていたカバンを大急ぎで顔も見ずにラグスへと押し付ければ、「おっ、と」と少し驚いた声が前方から聞こえる。
と同時に。
「残念」
そう小さく聞こえた声に、ちら、と視線をあげれば、幼馴染が見たこともないくらい優しい顔をして、自分を見ている。
「ほ、ほら! ラグス! 早く行こう! ホーク待ってる!」
「ん? おう?」
その表情に、心臓が大きな音をたてる。
きゅう、とお腹のあたりを何かに掴まれたような、そんな気がする。
それに、なぜだかわからないけれど、ラグスの顔を見ていられない。
そんな私の変化に、気がついたらしいラグスが、「アリス?」と私の名前を呼ぶ。
もう、幾度となく呼ばれている自分の名前、ラグスの声。
それなのに、急に違うものに聞こえる。
なんで。いつもと変わらないのに。なんで。
答えの出ない疑問に、自分の頭と感情が追いつかなくなりそうで、思わず追い抜いて歩き出した私に、ラグスは後ろから小さな笑い声を零した。
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