第16話 包み紙の思い出 ラグス目線

「……ラグス、顔洗ってくれば」

「……別にいい」

「オレが良くない」

「……別に」

「良くないっつーの」


 逸らそうとした顔は、マノンの声で動きが止まる。


「今の顔のままで隊員の前に出られたオレが迷惑だ」


 ビッ、と俺に向かって指をさしながら言うマノンの顔だって、十分にイライラしたものになっている。


「まあ、オレもなんだけど」

「自覚してるのかよ」

「当たり前だろ? オレは自分に正直だからね」


 そのままひらりと手のひらを返したマノンの様子に、小さく息をつけば、マノンの表情が少し崩れる。


「まあ、相棒。男二人、揃って顔を洗いにいこうじゃないか」

「……別々に行けばいいだろ」

「じゃーあー、二人で仲良くお手洗いにでも行く?」

「一人で行け」

「つれないなぁ」

「つれなくて結構」

「せっかくオレが渾身のかわいい顔で気分転換のお誘いしてあげたのに!」

「はいはい」


 両頬を膨らませ、両手を振りながら言うマノンの様子に、呆れつつもほんの少し笑いを吹き出す。

 そんな俺を見て、マノンは人差し指を片頬にあてながら首を傾げる。


「なあなあ、やっぱりあの子よりオレのが可愛いくない?」

「何でだよ」


 何でそうなる。

 バシッ、と肩に軽く拳をぶつけながら言えば、マノンは愉快そうに笑った。



「とりあえず、ほら。ラグスの安定剤」

「なんだよ、安定剤って」

「見れば分かるでしょ」


 はい、とマノンがポケットから取り出した何かを、片手で受け取る。

 手の中に収まった小さな物体に目を見やれば、「何か」が見覚えのある包み紙に包まれている。

 その「何か」を作った人物なんて、たった一人しかいなくて。


「この紙、選ぶ時もだいぶこだわってたよなあ……あいつ」


 ベタつかず、でも変に音が出ないもの。

 柄や、絵は入っていなくていい。

 ただ、ちゃんと飴を包んでくれるものがいい。

 そんな事を言いながら、店のおっちゃんと何回も打ち合わせを重ねに重ねて出来た包み紙がコレだった。

 しばらくの間、飴を持ち歩いた時の感想ばかりを求められたっけなぁ、と今では少し懐かしくなった出来事を思い出し、小さく笑う。


「ほら、やっぱり安定剤じゃん」

「安定剤ねぇ……」

「眉間の皺もすっかり消えちゃってまぁ。むしろ頬が緩んでますよ、おにーさん」

「うるせえ」

「どうせ包み紙選んでた時のことでも思い出してたんでしょ? オレも居たことお忘れなく」

「安心しろ。忘れておくから」

「忘れるなよ! オレも思い出に入れといてよ!」

「はいはい」

「ったく!」


 拗ねた口調はしているものの、俺同様、マノンの機嫌も直ったらしい。

 疲れた時には甘いもの、とよくアリスが言っていることを思い出し、マノンから受け取った包み紙の両端をつまんで撚る。


「あいつ、いつも自分のこと、後回しなんだよな」


 カサリと広げた包み紙の中は、赤い小さな果実が透明な飴に包まれている。

 あの令嬢が、何か傷つけることを言ったのではないか。

 メレルとタウェンに会った直後に様子を見に行ったが、大丈夫、としか言わなくて、無理に聞き出すことも出来なかった。


「まぁでも、どうせいっつも最後の最後はラグスが護ってるんだし、いいんじゃない?」


 同じ包み紙の飴を口の中に放り込んで、マノンは言う。


「それに、その役割、誰にも譲る気なんてないんだろ?」


 ニッ、と笑いながら問いかけてくるマノンに、「当たり前だ」とだけ返せば、何故かマノンは満足そうに頷いた。



「ラグス隊長、マノン副隊長、あのお嬢様、どうにかなんないっすか……!!」

「あー……そうだねぇ。まだ痛む?」

「だいぶ赤かったからな、先に宿舎戻るか?」


 令嬢の呼び出しから邸宅周辺で警備をしている隊員たちの元へと戻れば、学院からの帰り道、襲われた馬車を飛び出して行こうとした彼女を抑えていた隊員たちの一人が困惑した表情で駆け寄ってくる。

 彼と俺たちの視線の先にいるのは、片頬に水枕を当てる一人の隊員だった。


「だいぶ腫れはひいたから大丈夫です……それにおれの注意不足ですし」

「いや、彼女が怪我をしないようにするには、ああするしか無かったんだろう?」

「隊長……」

「ああいう行動を取ると予想をしていなかった。読みが甘かった俺にも責任がある。痛い思いをさせて悪かったな」


 ぽす、と片頬を赤く腫らした隊員の頭を軽く撫でながら言えば、彼は「隊長、おれ泣いちゃうから止めて」と目尻をさげながら笑う。


「泣いちゃうって、これくらいで泣かないだろ」

「弱ってるときに優しくされたら泣いちゃいますよ、隊長」

「お前らに泣かれてもなぁ」


 ほんの少し目を潤ませながら笑った隊員に、苦笑いを浮かべて答えれば、そんな俺を見て、周りから笑い声がこぼれた。


 翌日。


「意味が分からん」

「オレにも」


 夜間の警備をしていた班と交替した際に、言われた言葉に、俺を含む隊員たちの動きは止まる。


『今日は複数の令嬢とこの前見つけた丘で小さな茶会を開くと決めました、とのことです』

 そう執事の一人が伝えに来た、と夜間警備班の隊員の一人が困り果てた様子で俺に報告した。


「何でわざわざ森で……っていうか丘で。家でやればいいじゃん……あんなに広いんだから」

「本当にな……もうコレ以上余計なことをしないでくれ、頼むから」


 一番いいのは邸宅内でおとなしくしていてくれること、なのだが、それはどうやら叶わぬ希望らしい。

 森に行く、というのであれば、俺たちも同行をしなくてはならない。

 しかも彼女だけでなく、あと三人、少女が増えるらしい。


 ただでさえ、予定外の要人警護に俺たち騎士団だって、これ以上の人手を割くわけにもいかない。

 森、というか丘への同行は、新入隊員抜きの少人数で行き、他の隊員たちには当初の予定通り、邸宅周辺の警護にあたるよう、朝一番で指示を出し直す。


「そういえば、この辺はアリスちゃんの行動範囲内、だよね。どっかに居たりして」

「可能性はあるが……どうだろうな」

「え、ラグス隊長の彼女さん、今日来てるんすか」

「居るかも知れないんですか? ラグス隊長」

「……さあな。そもそもアイツは彼女じゃな」

「まだ、でしょ?」

「……うっせ」


 マノンの言葉に、ちら、とあたりを見ながら答えれば、森への同行で選んだタリムとジノが楽しそうな表情を浮かべながら俺を見る。

 そんなからかうような視線に、軽く息をはきつつ、警戒のために周囲を見やるものの、特に異変は無さそうだった。


「何が楽しいんだか」


 このだだっ広い丘の中腹の起伏が緩やかなところで、簡易的な茶会を開き始めた令嬢たちを見て、ため息をつく。


「本格的な茶会だと息が詰まるってことなんじゃない?」

「……あのお嬢さんにそんな感覚あるのか?」

「もしかしたら見えないところで苦労してるのかも知れないし」


 周辺の警護にあたりながら彼女たちを見ながら、マノンは小さくつぶやく。

 いつもと同じ表情はしているものの、特に感情が籠もっているわけでもないらしい。けれど、声に出した、ということはマノンなりに思う節があるのだろう。

 そう判断した俺は、「貴族ってのも、大変だな」と少女たちをぼんやりと眺めながら答える。


「ま、でも、彼女、すごいよね」


 そう言ったマノンは、少女たちの中心にいる護衛対象を見ながら笑う。


「そのすごいは何にたいしてだ? 皮肉のつもりなのか?」

「皮肉っちゃあ皮肉なんだけど、ある意味、貴重なんじゃない?」

「俺にとっちゃ厄介者でしかないんだが……」

「まぁ恋愛が絡むと厄介なんだけど、それでもあんなに世間を知らないってのもすごくない?」


 愉快そうに笑いながら言うマノンに、「それは経験論からか?」と問いかければ、「それもある」とマノンは笑いながら頷く。


「オレの妹とかは、随分と早い頃から社会のあれこれも見てきてたから、あんなに無邪気でいられた期間、すごく短かったように思うんだよね」

「……なるほど」

「だから、少しは演技もあるとは思うんだけど、それでもあそこまでノビノビと振る舞えるのは、少し羨ましいかなあ、なんて、お兄ちゃんは思うんですよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんです」


 丘の上で、無邪気にお茶会を開く少女たちを見ながら、少し遠いところに思いを馳せるマノンに、なるほど、と短く答えれば、マノンは静かに笑う。


「ああ、そうだ。ラグス、オレはみんなと此処で様子見てるから、少し周囲見てきてくれない?」

「あ? なんで」

「周囲の様子、見てきたら?」


 同じことを繰り返し言い、ニッ、と俺を見て笑いかけたマノンの言いたいことを、一瞬遅れて理解をした俺は、「あー……分かった」と休ませていたホークの手綱を握り、今いる場所よりもさらに、山の方へと歩き出した。










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