第11話 歯車は回りだす

「それは」

「あら、コレも綺麗ね。わたくし、これとコレが欲しいわ」


 ひょい、と並べてあったところから彼女が自身の手に移したもの。それは一つは両親から、もう一つはラグスからもらった鉱石。

 どちらも大切なもので、どちらも手放すつもりなど全くない。

 静かに彼女に近づき、手にとって眺めている彼女に「あの」と声をかければ、「なにかしら」と彼女がやっと視線を私へと向ける。


「それは、売りものじゃないんです」

「あら。それならいくらなら売りますの? 20リオ?30リオ?」

「いえ、ですから」

「あら、足りませんの? でしたら、ヤンに希望額をお伝えしてくださる? それでいいでしょう? とにかく、これとコレ、二つとも気に入りましたの。それに、ここよりもわたくしの部屋のほうがピッタリですわ」

「べレックス様。それは、ソイツが」

「わたくしの名前はシンシアですわ! メレル様!」


 メレルさんの声に、私の大切なものを持ったままメレルさんに近寄ろうとする彼女の腕を、咄嗟に掴む。


「痛っ、ちょっと、何するんですの?!」

「それ、返してください」

「はあ? 何を言って」


 目を吊り上げながら言う彼女に、「返してください、と言ったんです」ともう一度、同じ言葉を告げれば彼女が、ムス、とした表情をして私へと向き直る。


「それだけは、売れません」

「あら、好きな額で買い取ると言っているじゃない。似たようなのなんて探せばいくらでもあるでしょ?」


 呆れたように言った彼女に、ふるふる、と顔を左右に振りながら口を開く。


「お金じゃないんです。それを贈ってくれた人の思いがあるから。だから売れません」


 静かに、そう告げた私に、少女は「意味がわからないですわ」ときょとんとした表情を浮かべる。


「物なんて所詮は物じゃない」

「確かに、物は物です。ですが、その人の思いと、その人との思い出はそれにしかないんです」


 じ、と彼女をまっすぐに見つめながら言えば、彼女は眉間にシワを刻む。


「……つまらない。もういいですわ、こんなもの」


 ドン、と突きつけるように持っていたものを私の胸に押し付け、彼女が入り口の扉を乱暴に開けて出ていく。


「ちょ、おい!」


 そんな彼女の背を、メレルさんは慌てた様子で追いかけ、同様に扉から駆け出ていった。


 こんなもの。

 彼女から見れば、そうなのかも知れないけれど、どちらも、私にとっては大切な宝物の一つだ。


「良かった。壊れてない」


 ほっ、と小さく息を吐いた私に、「大丈夫でしたか?」とタウェンさんが心配そうな声で問いかけてくる。


「はい、どっちも大丈夫でした」

「そうですか」


 お父さんとお母さんから貰った透明な石も、ラグスから貰った水色の鉱石も、傷一つ入っていない。


 ごめんね、と心の中だけで二つの石に謝罪をして、窓際のいつもの場所へと並べる。


「……申し訳ない、アリスちゃん」

「大丈夫です、気にしないでください」

「でも、ボクが連れてきてしまったようなものですから」


 すみませんでした、ともう一度、頭を下げたタウェンさんに、「タウェンさんのせいじゃないですから」ともう一度伝えれば、彼が眉尻を下げたまま、顔をあげる。


 まるで置いていかれた犬みたいな顔をしている。

 自分よりも、一回りも身体の大きく、年齢も上の人に失礼だとは思いつつも、そう思ってしまった瞬間に、くすくす、と小さく笑いがこみ上げてくる。


「え、え、何?」


 急に笑い出した私に、タウェンさんはぽかんとした表情をしたあと、慌てた表情をして問いかけてくる。


「いえ、すみません。置いていかれちゃった犬みたいに見えて、可愛いなって。年上のかたに失礼なのことを言っているのは理解してるんですけど……っ、ふふっ」


 くすくす、と笑い続ける私を見て、タウェンさんが、瞬きを繰り返したあと、楽しそうな表情をして口を開く。


「ボク、犬っぽい? 中型犬かな」

「どっちかといえば大型犬?」

「大型犬かぁ。じゃあ、今度からアリスちゃんに巡回中にあったら散歩ですか? って聞かれちゃうね」

「散歩って、ふっ、ふふ」

「ふっ、ハハッ」


 ニッと笑顔を浮かべながら言うタウェンさんの言葉に、また一人笑っていれば、そんな私を見ていたタウェンさんもまたつられて笑っていた。


 その後、バタバタと騒々しいままに、メレルさん、タウェンさんのいる騎士団と無事に合流をし、お屋敷へと戻っていったお嬢様とヤン君の背を見送り、室内には平穏が訪れる。


 ふぅ、と軽く息をはき、なんとなく空気の入れ替えをしようと窓をあければ、きらり、と光を集め、窓へに模様を写し出す二つの鉱石が、窓辺を彩る。

 いつもと変わらないその様子に、ふ、ともう一回小さく息をはいた時に、ふとさっきメレルさんが言った言葉を思い出した。


「あの女の子、べレックス卿のお嬢様だったのか。なんで騎士団があの子を探してたのかと思ったけど……なるほど。あの子がラグスたちが護衛するって言ってた子かぁ」


 彼女は一目惚れしやすい、とユティアもマノンも言っていた。

 メレルさんと話すときの彼女の瞳はキラキラとしていたから、きっとメレルさんに一目惚れ、というものをしたのだろう。


「恋、かぁ……」


 未だによくわからない。

 窓辺に浮かぶ模様を見ながら、一つの鉱石を手に取る。


 空色の、雪解け水みたいな模様の入った石。

 これをくれたラグスも。


「恋、してるのかなぁ」


 なんとなく。ただ、本当になんとなく言った言葉に、何だか胸が重くなった気がする。


「………疲れてるのかもしれない」


 なんだか色々あったし。

 モヤモヤとした気持ちは、身体を動かせばスッキリするかもしれない。


「よし、掃除でもするかな」


 そう決めた私は、空色の鉱石をいつもの場所へ戻し、両腕の袖をまくった。



「……よお……?」

「……よお?」


 コン、と聞こえた音に顔をあげれば、窓から不思議そうな顔をして中を覗いていたラグスと目があう。


「お前、いつまで掃除するつもりだよ」

「いつまで…って、あれ? なんか暗いね。お天気悪い?」

「天気が悪いんじゃなくて、もう結構な時間だぞ」

「え、嘘?!」


 言われてみて改めて外がだいぶ暗くなっていたことに気が付き、驚きの声をあげれば、ラグスが「ったく」と言いながら扉を開けて中に入ってくる。


「集中すると周りが見えなくなる癖、少しは直せよ」

「……善処します……」


 テーブルのロウソクの光だけでは足りなくなっていた室内を、火種から火をとったラグスがランプへと明かりをうつす。


 ぽおと灯されたランプが明るい。

 そんな事を思いつつ、同じ体勢で凝り固まった身体を、「んー!」と言いながら伸ばしていれば、ラグスが私を見て笑う。


「……ところで、どうしたの? なにかあった? 夜警明けだよね?」


 いつもなら夜警明けの夕方は寝ている時間なのだが、どうかしたのだろうか。

 顔を見せにきたわけでもないだろうし、と考えた私に、「いや、どうもしてない」とラグスは答える。


「ただ、ちょっとやる事があって起きてたら、メレルとタウェンが、お前に会ったって聞いた」

「ああ、うん。ここに来たよ」

「……らしいな」


 そう言ったラグスが、作りかけの飴の結晶が入った瓶を眺める。


「ラグス?」


 元気がないようにも見えるけれど、気のせいだろうか。

 そんな彼の横顔をじいと見ていれば、ラグスが「あいつに」と小さく呟く。


「あいつ?」

「べレックス卿の娘。アイツがお前に失礼なこと言ったって聞いた。大丈夫か?」


 瓶から目を離したラグスの視線がまっすぐに突き刺さる。

 昔から変わらない、彼の誰かを心配をしている顔。

 そんなラグスの優しさに嬉しくなって、ふふ、と小さく笑えば、「あ?」とラグスが不思議そうな声を返す。


「なんだよ」

「ううん、ちょっと、嬉しくなっちゃって」

「……なにが」

「心配してわざわざ来てくれたのかぁ、って」


 疲れて眠たいだろうに。

 それなのに、昼間のことをタウェンさん達から聞いて、わざわざ来てくれたラグスの優しさに、頬が緩む。


「ありがとう」


 ふふ、と笑いながら彼にそう告げれば、「あのなぁ」とラグスが大きなため息をつきながら、こっちへと歩いてくる。


「当たり前だろ、心配するのなんて」

「ラグスは優しいからねぇ」


 彼は昔からみんなに優しい。

 ちょっと不器用で、ときどき恐いって言われたりもしているけれど、基本的には、友達や家族思いの優しい人だ。

 そんな変わらない彼の優しさに、頬を緩めていれば、ラグスがもう一度、大きなため息をつく。


「ラグス?」

「……あのな、アリス」

「なに?」


 トン、と片手をテーブルにつき、私の目の前に立ったラグスが、じい、と私を見てくる。


 なんだか、いつもと様子が違うような。

 真っ直ぐに自分を見る海の色の瞳に、胸の奥のほうが熱くなった気がする。


「アリスじゃなきゃ、心配なんてしない。お前じゃなきゃ、必死になんてならない」

「……ラグス……?」


 ぴと、と頬に当たったラグスの手が熱い。


「俺は、お前のこと」


 視線をはずすことなく、ラグスがそう言いかけた時。


「こんばんわー!」


 ガチャッ、という音とともに、とても元気な声が室内に響いた。





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