第10話 お嬢様は押しが強めです。後編

どうしてこうなったのだろうか。


ふとそんな事を考えてはしまうものの、隣を歩く少女の止まりそうもない話に、「話しだしたら止まらない子なんだろうなぁ」と思いながら、少女の話に相槌をうつ。


「それで、あなたは?」

「え?」

「え? って、聞いてらして?」

「あ、ええと……」


聞いていませんでした。

その言葉が出てくる前に、思わず固まった私に、少女は呆れたような顔をして小さく首を左右にふる。


「まったく、人が話している時にはきちんと話を聞きなさいと小さな頃に教わるでしょう!」


ふんす、と腰に手をあて、私の前で仁王立ちをしながら言う少女に「まぁ……そうですね。多分」と小さく返せば少女は「とっとと行きますわよ!」と返事を待つことなく歩いていく。


「……すみません」

「ヤン君が謝ることでは無い気がするけど」

「ですが……」


小さな声で誤ってきたヤンくんにそう伝えれば、彼は申し訳ないという顔をしたまま口を開く。


「お嬢様はその、何ていうか、こう! と思ったら突き進んでいってしまうといいますか。ああいう言い方をしてらっしゃいますが、決して悪い人ではなく!」

「ふふ、ヤン君はお嬢様が大好きなんだね」


必死な顔をして謝ってくるヤン君に、前方を歩く少女を見ながら言えば、「だ、大好きだなんてっ?!」とヤン君が顔を真っ赤にして両手をぶんぶんと振りながら言う。

そんな彼の様子に、ふふ、と小さく笑えば、ヤン君は諦めたように小さく息を吐く。


「そういえば、ご家族は大丈夫? 抜け出して来ちゃったんだよね? 探してるんじゃ」

「それなんです。どうしよう、ボク、このままじゃ」


小刻みに震え始めたヤン君に、どう声をかけたらいいのか考え始めた時、「あ、いつもの銀髪の嬢ちゃん!」と大きな声が唐突にあたりに響いた。



「……なんでこうなった」

「……なんででしょう」


銀髪の嬢ちゃん、と私を呼んだ青年、王立騎士団一番隊隊長メレルさんが、誰がみてもすぐに嫌がっていると分かる表情をしながら、私たちの目の前の様子を見つめる。


「とりあえず、メレルさん、頭から手を退けてください。重たいです」

「あ、悪い。ちょうどいい高さだったもんでな」

「高さって」


肘置きですか、私。

そう思いつつ、とりあえず頭の上から退いた重みにホッと小さく息を吐く。


「それにしても、一緒にいたのがあんたで良かったぜ、本当に」

「お役に立てて光栄です?」

「屋敷から居なくなったって聞いて、心臓止まるかと思ったぜ。いくら護衛の直前だったとはいえ抜け道があるなら、あるって教えておいてくれねぇと、こっちだって護衛出来ねぇっての」

「護衛、今日から、でしたっけ?」

「おう。よく知ってんな」

「ラグスとマノンから聞いていたので」

「なるほど」


多分だけれど、本当にヒヤリとしたのだろう。

メレルさんが疲れた顔のまま、軽く息をはく。


「ちょっと! 庶民のあなた! わたくしを差し置いてメレル様と二人きりで話をしないでくださる!?」

「あ?」

「え、あ、ごめん?」


ダッ、と駆け寄ってきた少女の勢いに思わず謝るものの、彼女は私のほうを一切見ずに、メレルさんの胸元へと飛び込んだ。


「メレル様!」

「ゴフッ?!」


メレルさんの名前を叫びながら、少女は減速することなく少女は彼の胸元に突撃する。

ガコッ、という音とともに、メレルさんの胸元の簡易鎧が彼の胸のあたりを叩きつけ、メレルさんは小さな呻き声をあげ、それを見ていたタウェンさんは、眉を潜めなら「うっわ、痛そう」と呟いている。


「だ、大丈夫かな」

「大丈夫ですよ、アレくらい。避けれるのに避けなかっただけですから」


私が思わず言った言葉に、タウェンさんがヘラ、と笑いながら答えてくれる。


「でも、結構いい音が」

「アリスちゃんは気にしなくていいんです、あんな奴」


ぴらぴら、と手を振りながらそう言ったタウェンさんは、「ああ、そうだ。アリスちゃん。頼みたいことがあるんですが」と、ニッコリと笑顔を浮かべた。



「これが、お店ですの? うちの庭師の道具部屋より狭いじゃない」

「まあ、狭めの家だとは思うけど」

「ふうん」


そう言って、私とタウェンさん、メレルさんとともにきたお嬢様が、キョロキョロと物珍しそうに室内を見回している。


「ごめんね、アリスちゃん、突然おしかけて」

「ああ、いえ。クートのところに無くてもこっちには在庫がありますし。それにそろそろ持っていくところでしたから、気にしないでください」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「それにしてもすげぇ棚だな。引き出しばっかでまるで薬師の店じゃねぇか」

「似たようなものですね」


ゴソ、と数個の引き出しを明け、中にしまっておいた飴をいくつかと、小さな袋をいくつか取り出す。


「タウェンさん、飴は外での携帯用に、こっちは砕けているものなので、飲み物に入れたりしてみてください」

「飲み物に?」

「はい。ユティアのお店にたまに卸しているのと同じなんですけどね」

「ああ、あれか!」


ぽん、と手を叩いたタウェンさんに、「多分それです」と答えながら頷く。


「1 個1.5 リオだったよね。とりあえず4 つもらっていいかな。あとそっちの小さい袋のも欲しいかな」

「じゃぁ全部で4 リオで」

「いや、どう考えてもおかしいでしょ。アリスちゃん、損するでしょ」

「大丈夫ですよ。クートの所での販売がむしろちょっと高く見積もってくれているというか」

「いや、ダメだよ。労力に対しての対価はきちんと貰うべきだし、こちらも払うべきなんだから。それに君が作ったものは、よく効くから本当ならもっと支払いたいくらいだよ」


そう言って、8 リオを机においたタウェンさんに「でも」と返せば、タウェンさんは「ボクは受け取らないよ」とニッコリ、といい笑顔を浮かべたまま、折れてくれそうな気配が一切見受けられない。


「8 は本当に多いです」

「ボクからしてみたら8 でも少ないけれど」

「せめて定価で」

「じゃあ7 は?」

「聞いてました? タウェンさん」

「ん?」


 ―― 「タウェンも温厚そうに見えてけっこう頑固だ」――


ニッコリと笑顔を浮かべ続けるタウェンさんに、ふとラグスが言っていたことを思い出し、小さく息をはく。

折れてくれる気配が皆無だ。

そう考えながらタウェンさんを見やれば、相変わらずニッコリと笑っていて、「……わかりました」と小さく息を吐き、彼から飴の代金を受け取れば、タウェンさんは「ありがとう」とさっきとは違う柔らかい笑顔を浮かべた。


「ねぇ、庶民のあなた」

「……はい?」


少女特有の少し高い声に呼ばれ、彼女がいる窓際へと視線を移せば、彼女が窓際に並べてある石たちに手を伸ばしながら「コレはいくらですの?」と口を開いた。









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