第12話 発泡酒風味の飴でした。

「……タイミング、最悪だったね、マノン」

「……クート、ともに逃げよう。今なら間に合う!」

「僕は何もしていないよ?」

「突然の裏切り?! ウソでしょ?!」


 ガチャ、と元気よく扉を開けて入ってきた人物に、ラグスの動きが、ビタッ、と止まる。


「あ、マノンとクートだ」


 私が呟くと同時に、ラグスも気がついていたのだろう。

 はああ、と今日あった誰よりも大きな溜息をついたあと、ラグスが私の頬をさら、とひと撫でして手を離す。


「ラグス?」


 そんな彼の行動に、思わず首を傾げて見上げれば、ぽん、と私の頭に手を置いて「近いうちに、言う」とだけ告げ、入り口へと向かって歩いていく。


「……なん、だったんだろう」


 撫でられた頬が、熱い。

 ぴたりとラグスが触れた場所を、自身で触るものの、熱が冷めない。

 ぎゃんぎゃん、と急に騒がしくなった室内で、私はひとり、不思議な熱さに、首を傾げた。



「……その女、ぶん殴りたいわね」

「おやおや。僕らの幼馴染みは威勢がいいね」


 私の家に集まっていたラグス、マノン、クートの三人と「夕飯を食べに行こう」ということになり、ユティアの働くお店に向かえば、あと少し仕事だというユティアが出迎えてくれた。


 いつもの席に座り、各々で食事を頼みながら、昼間の出来事を話していれば、私たちの話を聞いていたユティアが、私を背中から抱きしめながら、静かに怒っている。


「だって! そう思うでしょ! クートだって」

「まぁ……我儘と無礼は履き違えちゃダメだと僕は思うけどね」

「でしょー?!」


 ぷんぷん、と頬を膨らませながら自分のことのように怒るユティアに、「壊されたわけじゃないし」と告げれば、「アリスは優しすぎるの!」とユティアが私の頬を両手で挟みながら言う。


「ってゆーか、親はどんな教育してるのよ、まったく!」

「すおいおふぉっへふへ」

「ぶっ……! ちょっ、アリス、何て言ってるかわっかんない……っ」

「ふぁふぁあ」


 ユティアの手に頬を挟まれたまま、ユティアの言葉に返せば、そんな私を見て、クートが一人で笑って吹き出す。

 とつぜん笑い出したクートの様子を見て、私とユティアは顔を見合わせて笑い、マノンとラグスは、呆れたような表情を浮かべて口を開く。


「ほんと、クートの笑いのツボって謎だよね」

「しかも笑い上戸だしな」


 そう言って、机に置かれた飲み物を手にし、一口飲み終えたラグスと、はた、と視線が重なる。


「ん?」


 軽く首を傾げ、私を見たラグスに、なぜだかさっきの彼の様子を思い出し、私はかろうじて「な、んでもない」とだけ返す。

 そんな私を見て、ラグスは「そうか」とほんの少し、目尻を下げて、静かに笑った。



「にしても、面倒なことにならなきゃいいけどねぇ」

「まあな」

「面倒なこと?」

「そう。なんか親とか、領地とか、そういうのが絡んでそうな気配があってさあ」

「……ああ、なるほど」


 ただの誘拐予告、というよりは、裏でドロドロしたことが起きている可能性がある、ということらしい。


「まあ、でも。オレたちは護衛すりゃいいだけなんだけどね」

「……まあな」

「それでも、大変は大変でしょう?」


 ユティアを送って帰るから、と彼女の仕事終わりを店で待つというクートと別れ、私を送って帰る、と言って聞かないラグスとマノンに付き添われ、歩き慣れた夜道を歩く。


「護衛って言ったって、怪我する可能性もあるんだし、気をつけてね。二人とも」

「おう」

「大丈夫だって!」


 出来ることなら怪我はしてほしくない。そう考えるせいで、いつも同じことばかりを言ってしまうのだけれど、ラグスもマノンも、いつも笑って大丈夫だ、と答える。

 せめて、という意味でも、私やクートは薬や薬草に希望を託してはいるのだけれど。


「本当は、薬を使うことがないのが、一番なんだけど」


 ボソと小さく呟いた言葉に、「分かってる」とラグスがぽん、と私の頭を撫でながら答えた。



「やっぱり、ひさびさに見たけど綺麗だよねぇ、コレ」


 二人のおかげもあり無事に帰宅したものの、「ね、ちょっとだけアレ見たい」と言ったマノンの言葉をうけ、ラグスとマノンはもう一度は、我が家へと足を踏み入れた。


「それはもうちょっとで完成するやつかな」

「お、そうなんだ」


 飴の結晶の入った瓶を眺めながら、楽しそうに言うマノンの横に並び、「こっちは作り始めたばっかりのやつ」とまだ新しい飴の結晶を見せれば、マノンの瞳がキラキラと光る。


「これがいつも食べてるやつになるんだもんなぁ。本当ふしぎ」

「で、こっちは味に失敗したやつ」

「食べてみていい?」

「いいけど、ほぼほぼ甘くないよ?」

「大丈夫だいじょーぶ」


 もう片方の手に持っていた飴の結晶が入った瓶から、マノンがいくつかの粒を取り出して口に入れる。


「苦くない?」


 コロコロと口の中で飴を転がすマノンに、そう問いかければ、マノンは、「苦くはないかな」と答える。


「けど……これ、あれ、テペとピウム?」

「わ、当たり」

「これはなんて言うか……ラグス、一つ食べてみてよ」


 そう言って、マノンがラグスに飴を一つ手渡す。

 ほんの少し明るい黄緑色をした粒が、ラグスの口の中に消えた。


「……なんていうか…リウメの味が足されてたら暑い日の夜とかに飲みたくなるってやつか」

「あ、それ!」

「……発泡酒っぽいってこと?」

「……多分」

「なるほど。発泡酒か……」


 発泡酒自体をあまり飲まないものだからか、ただ苦いような、けれどピウムのおかげでスッキリするような、なんとも言い難いそんな味だと思っていたけれど、なるほど、発泡酒……。


「……とはいえ、アルコール分は煮詰めた時点でほとんど飛んでるだろうから、発泡酒風味、ってことになるのか……」

「お酒を飲んでる気分になれる、ってことで売るのもありかもね」

「……それ、需要あるか?」

「……ないかなぁ?」

「分からん」


 私が呟いた言葉に、マノンが提案をしてくれるけれども、ラグスの言う通り需要があるようには思えない。


「今度クートに相談してみるよ」

「……そうだな」

「だね」


 三人とも首を傾げて考えても活用方法も販売用途も浮かんでこなかった私たちは、一旦、この飴はクートに託すことにしたのだった。







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