第7話 薬屋は、街の情報通 ラグス目線

「これって残業手当でますかね」

「出なかったらオレが暴れる」

「あー、そのほうが効果あるかもな」

「メレル、楽しんでいないでください。我々もそろそろ本当に戻らないと」


 べレックス卿邸宅の外門近くで執事の一人に呼び止められた俺たちは、とりあえず仕方がないので一旦そこで待機をしている。


 執事が言うには、さきほどのお嬢様の意見を聞き、『本当なら三番隊も選びたいけれど、一番隊と、俺たち二番隊に護衛を依頼することにする』という旨の一筆をしたためたべレックス卿の側近が、ひとまず第一報を騎士団へ持ち帰るように、とのことらしい。


「というか書簡でやり取りすればいいのでは……?」

「本当にそれだよ」


 ボソリと呟いたタウェンの言葉に、マノンがため息をつきながら答える。

 その様子に思わず苦笑いを浮かべれば、ふと、メレルが東の方向をじ、と見つめて動かないことに気がつき、同じ方角を見やる。


「ラグス、気づいたか」

「見た目は一般人」

「視線を隠せていないあたりが詰めが甘い」

「声かけは……少し待つか」

「ああ」


 外門から少し離れた石造りの塀に立つ一人の人影。

 ちょうど俺たちは彼の死角に入っていたらしくこちらの様子に気がつく様子は見られない。


「メレル、あいつすげぇ睨んでるけど」

「あの身なりの人間があんな人前で、あの顔なんて、よっぽど何かあったんだろ」

「政治的な巻き添えは勘弁して欲しい……」

「ま、でも今回の誘拐予告に関係ない、感じには見えねぇな」

「……まあな」


 眉間に深く皺を寄せ、ギリギリと歯を噛み締めているように見える表情でこちらを睨みつけている男性。たぶん見た感じでいえば、自分たちより少し上か。

 きっちりと着込んだ服は、上質なものではないけれど、どこからか気品が漂っているように思える。


 それにしても。


「何処かで見たことがある気が……」


 牽制の意味をこめて、青年を見ているものの、二人分の視線があれば気が付きそうにも関わらず、青年はこちらに気がつく気配がいっこうに見当たらない。


「お、もうひとり登場」


 メレルがそう呟いたと同時に、現れたもうひとりの人間が此方を見やる。


「余裕な顔されたな」

「なぁ、あれは買ってもいいやつだよな?」

「喧嘩じゃないんだからダメだろ」

「チッ」


 バッチリと視線が合った。

 それだけならまだしも、後から来た人間は、此方を見て口元を歪める。

 嘲笑、とでもいえそうな表情を向けられ、一瞬にして纏う空気をビリ、と緊張感に変えたメレルに、軽く息をはきながら言えば、メレルは思い切り舌打ちをする。


「居なくなった」

「……つまらん」

「メレルは気が早すぎる」

「騎士団だと分かっていて喧嘩を売ってきてるやつに何の遠慮がいるっつうんだよ」

「そもそも、あの人、どこかで……」


 見たような。

 そう呟いた俺に、「あ?」とメレルが気の抜けた顔をして首をかしげた。



「どこだろうね?」

「んー……」


 全く思い出せない。

 あの後、メレルの様子に気づいたタウェンとマノンに状況を説明し、書簡を受け取り、改めてやっと今回の勤務が終わった。


 いつもなら、夜警勤務明けは、昼警隊と交替、宿舎に戻り、あちらで食事をとってから眠るという流れだ。

 だが、今日はべレックス卿からの二回目の呼び出しということもあり、昼警隊への引き継ぎを、隊員たちに任せ、俺とマノンの二人だけ別行動をとっている。

 もう引き継ぎの時間もとっくに過ぎているから隊員たちのほとんどは眠りについていることだろう。


 こんな中途半端な時間に宿舎に戻っても、食事が無い可能性が非常に高い。

「それなら市場で食べて帰ろう」というマノンの提案にのることに決め、今に至る。


「それなりに立場のある人みたいな空気感だったのにね。服も何かヨレヨレだったけど」

「……それなんだよな」


 固めのパンにサラミをこれでもか、といわんばかりに詰め込んだサンドイッチに齧り付く。


「娘がらみ、もしくは、父親がらみ?」

「父親だったら政治関係か。面倒だな」

「いや、娘でも面倒でしょ」

「……確かに」


 あぐ、とサンドイッチに齧りついた自分を見ながら、「じゃあ、情報通さんに聞いてみますかぁ」と傍らに置いておいた飲み物を手に、マノンが言った。


「それで、僕のところに来た、と」

「信頼できる情報通って言ったらクートだしね」

「おや、それはそれは」


 マノンとともにクートの店に訪れれば、ちょうど来客が途絶えたようで、店にはクートのみが立っていた。

 軽く状況を説明し、「何か情報持っていないか?」と問いかけた俺たちに、クートは顔をじっと見たあと、目の下をトントン、と軽く叩きながら苦笑いを浮かべる。


「あ?」

「ん?」

「クマ凄いよ。夜警明けなんだし、まずは寝たら?」

「あー……でもなぁ」


 そうは言われても気になる。

 うん、とは言わなかった俺を見て、クートが軽く息をはいてから笑う。


「ラグスに言っても無駄だったね」

「はは、悪いな」

「いいよ、今はお客さん途切れてるし、そろそろお昼時だからね。入り口の看板、休憩中に変えてくれる?」

「分かった」


 俺たちにそう言って、店の奥へと下がったクートの背を見送り、俺は店の入口へと向かった。


「あれ、ラグスだ」

「……おう」

「今朝まで夜警じゃなかったっけ?」

「一応な」

「もうお昼前なのに、寝なくて大丈夫なの?」

「ちょっとクートに用事があって。お前は? なんでここに」

「なんで、って私はクートに納品」


 そう言って、彼女は手に持っていた籠を持ち上げて笑う。


「ああ、なるほど」


 ん、と彼女に手を差し出せば、彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。



「私、聞いてていいの?」

「いいんじゃない? 僕の話す内容は別に機密情報でもなんでもないし。なんだったら知ってる人も多いし」

「……そうなんだ?」

「うん」


 クートの提案により、納品に来た彼女も、俺たちとともに彼の話を聞くこととなった。


「で、ええと? 要はべレックス卿が誰かに恨まれてないか、って話だよね?」

「まあ単刀直入に言えばそうなるな」

「恨まれてるか恨まれていないか、で言ったら多少の恨みは買ってるだろうけどねぇ」

「あの人強硬派だしね」

「マノン、強硬派ってなに?」

「ああ、アリスちゃんは知らなかったか。えっとね、この国の政治判断で大きな役割を果たすのが、公爵家だっていうことは知ってるだろう?」

「うん。ネイロ家とフイロ家だよね」


 うん、と頷いたアリスに、マノンがテーブルにあったリゼボの実を二つ、皿に並べる。


「そう。この国の公爵家は、この二つの家だけ。けど、その下にいるのが、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家。大きく分けると、この五つの大きい塊がこの国の貴族、と呼ばれる家柄でしょ?」

「うん。その中で、政治に直接関わりを持つのは、ネイロ家とフイロ家の公爵家と、三つの侯爵家、だよね?」

「そ。そして、その三つの中の一つが、べレックス卿が当主を務めるべレックス家だね。まぁ官僚の中には、伯爵家からの出身者もだいぶいるけどね。で、だ。問題は、最近、強硬派、と言われる派閥の動きが、まあまあに活発になってきているらしいんだよね」

「強硬派……」


 自分の説明に、ぽつり、と呟き反応したアリスに、マノンは「ま、大したことできないと思うけど」とにこりと笑って伝える。


「そうだよ、アリス。マノンの言う通り、この国で強硬派、と言ったところでたかが知れてる」


 はっ、と嘲笑うかのように言ったクートの笑顔に、アリスはきょとんとした表情を浮かべたあと、「そっか」と安心したように笑う。


 まあ実際のところ、強硬派が活発になると、俺たち騎士団が一番迷惑を被るのだが、今、重要なのはそこじゃない。


「まぁ、ぶっちゃけて言うと、強硬派の中でも、上手くいってないみたいでね。ほら、べレックス卿って、自我を押し通すタイプだから、反感買ってるみたいだよ」

「……なるほど。具体的には?」

「ツァザ地域、といえば、君たち騎士団は分かるだろう?」

「ツァザ……! ってことは、あの人!」

「……どうりで見たことあると思った」

「……ラグス? マノン?」


 ツァザ地域。そこは、現在はべレックス卿の支配下でもある、東の国境に位置する一つの地域。その地域の当主だったハモンド卿が、突然、数ヶ月前に当主の座から降ろされ、べレックス卿がその地位についた。


「ラグス、確か、ツァザって」

「ああ」


 数日後、パウロ団長とノルベルト副団長が、ツァザ地域の視察に出立する。

 その際に、べレックス卿も、案内役として一日だけ、現地で合流する予定だ。

 ツァザ地域まで、片道で丸一日はかかる。

 団長達の出立後すぐに、後を追う形でべレックス卿も出立するのだと、側近は言っていた。だから、俺たちとの面通しがこんなにも余裕のない日程になっているのだ、とサイラス筆頭も、言っていた。


 もしも、ツァザ地域の元当主が、べレックス卿を恨んでいたとしたら。

 もしも、その腹いせに、べレックス卿の娘を本当に誘拐するのだとしたら。


「もしかして、もしかする?」


 ちら、と俺を見たマノンの表情は、ほんの少しだけ硬い。


「……ここ数日、ってことか」


 そう答えた俺に、「やっぱり」とマノンが大きくため息をはいた。




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