第6話 お嬢様劇場開幕 ラグス目線

「まあ! シンシア様、騎士団のかたにお会いになったの!」

「ええ、お父様にお願いをしたらすぐでしたわ」

「すぐ?!」

「羨ましいわ!」

「さすがですわ、シンシア様」

「今や、国内の誰もがお父様の次期宰相就任がもうすぐだと、しきりに噂されていますものね!」

「……そんなことはないわよ」

「ご謙遜を!!」


 きゃあ、きゃあ、と茶会に集まった少女たちが自分の周囲で黄色い悲鳴をあげる。


「それで、シンシア様」

「何かしら」

「どなたに護衛していただくことに決められたのです?」


 ちら、と周囲を見渡しながら言った一人の令嬢は心無しかそわそわしているようにも見える。

 それもそうだ。

 普段は接点など皆無で、自分を含めた彼女たち年頃の女性たちがこぞって憧れを募らす王立騎士団団員が傍にいるかもしれないのだから。


「それが、まだご依頼するかた皆様とお会い出来ていなくて」

「シンシア様も、騎士団のかたがたも忙しいですものね」

「ええ。ですが、四番隊の方とはお会いしましたわ」

「四番隊! ルシオ様 素敵ですよね!」

「あら、隊長のキギリ様も素敵ですわ!」

「でもキギリ様は女性よ?」

「あら、それを言ったらーー」


 ああだ、こうだ。各々が自分の好みについて語り始めた周囲の言葉をカップに注がれた紅茶を一口飲みながら聞き流す。


 本当ならば、今すぐにこの茶会を放り出して、もう到着しているであろう騎士団員の様子を見に駆け出したいくらいだ。

 けれど、そんなことはお父様は許してもお母様が許さないだろうし。

 そもそも、この茶会自体もあと少しでお開きになる。そういう段取りを、事前に執事たちに話しておいたのだから。



「ねぇ、どんな方だった?」

「どんな、と申しますと」

「格好いいか、普通か、とか、色々あるじゃない!」

「そうですね……しいて言うのならば」

「ならば?」

「……温と冷、でしょうか」

「……はあ?」


 わけがわからない。

 わたくしの問いかけた答えに、パッとしない返事をした執筆に、思わず眉間に力がはいる。


「お嬢様、お顔が」


 こそ、とそう告げたメイドに慌てて眉間をコシコシと擦っていれば、閉ざしてある扉を叩く音が響いた。



 ◇◇◇◇◇◇



「運命、だと思うんです!」

「……はあ」


 面倒な展開になった。


「ラグス、考えがダダ漏れてる」

「……あー……」


 マノンに一瞬で伝わるほどに表情に出ていたらしい俺にまったく気が付かずに、俺たちの前にいる少女はペラペラと話し出す。


「この広い世界の、この限られた国、この限られた交流しかできないなかで、わたくしはあなたがたに出会えましたの!」

「……おれは限られていないが」

「俺も」

「メレル、ラグス、黙って」

「……チッ」

「……なぁマノン、話が違くないか……」

「お年頃の女のコだから仕方がないんじゃない?」

「……でもこの状況はちょっと」

「はいはい」


 おおげさな身振り手振りに、謎に大きな声。

 少女の言動がまるでひとり芝居でも見せられているようだ、と思っていれば、俺の横に立つ青年、メレルが大きく息をはく。

 一昨日、べレックス卿の側近との数分間の顔合わせの際には、「シンシアお嬢様は、三番隊の副隊長様がたが良いと仰ってはいるのですが、べレックス卿が皆様とお会いになるように、と……」と言っていたはずなのだが。

 こんな展開になるだなんて聞いていないし、予想もしない。

 まるっきり訳が分からない、とまた小さく息を吐いた俺に、マノンが軽く肘打ちをいれてくる。



「メレル様は、一番隊隊長様ですわよね!」

「……そっスネ」

「ラグス様は二番隊の隊長様!」

「……まあ」

「そしてわたくしは、次期宰相まちがいなしと謳われるお父様の娘! わたくしが今日までどなたとも婚姻を結ばなかったのはお二人に出会うためだったのですわ!!」


 くるくると室内を回りながら叫ぶ少女の華美なドレスが揺れる。

 パチパチパチと聞こえてくる少女の屋敷のものの拍手に、彼女は満足そうに口角をあげて止まった。


「……メレル、こういうの得意だろ」

「得意ってなんだよ」

「俺よりは得意じゃん」

「まあお前よりはな」

「じゃ、よろし、」

「ちょおっと待てい!」


 片手をあげて少し後ろに下がろうとした俺の肩を、メレルが必死な形相で掴む。


「……何」

「任務だからな!」

「んなことは知ってる。護衛はするが、こっちは俺には無関係だ」

「それを言ったらおれだって無関係だろ!」


 熱い男、メレル。

 自分よりも少し年上で、少し先に一番隊の隊長を任されていた男。

 熱いというよりは血気盛んで、鍛錬の時はいつも「前線を飾るのはおれたちだ!」「押せばイケる!」と先頭をきって突っ込んでくるような男だ。元々、筋肉質だったらしく、ここ数年は鍛えまくっているせいかはっきり言ってゴツい。時々、頭の中まで筋肉か、と思う時もある。

 そんなメレルの横で、今にもメレルの脇腹にでも拳を叩きこみそうに口元を引き攣らせているのが、一番隊 副隊長タウェン。

 彼もまた、メレル同様に整った顔をしているものの、やっぱり俺よりも身体は大きい。

 まあ一番隊自体が、筋肉隊、と呼ばれるくらいだから皆、俺よりもガタイは良いのだが。

 メレルよりは話が通じる青年で、今のところは暴走は指で数えるくらいで収まっているが、彼も実はまあまあ血気盛んなタイプではある。


 そんな二人だが、メレルはよく街の酒場で女のコたちと遊んでいると聞くし、タウェンはメレルに連れて行かれているとも聞く。

 どうみても俺よりも二人のほうが、女のコの扱いに慣れているのではなかろうか。


 そう考えた俺に、マノンとタウェンが小さく息を吐き、口を開いた。



「で、結局、二組で受ける、と」

「だってそう提案でもしない限り先に進まなかっただろう?」

「それに、ボクたちは皆を待たせていたのですよ?」


 ぼそりとメレルが呟いた言葉は、マノンとタウェン、ふたりによって拾われ、メレルが「分かってる」と少し疲れたような表情で答える。


「とりあえず、隊舎へ戻るか。お前らはこのあと休みだろ?」

「ラグスとマノンは夜警勤務の最終日明けですしね」


 お疲れ様です。

 そう俺たちに告げたタウェンに、「違う意味で疲れた」と答えれば、「ですね」と苦笑いをしながらタウェンが答える。


「とりあえず、この周辺の状況確認も巡回の道順に入れて組んであるので、書類に纏めておきます。お休み明けにでも確認してください」


「ありがとう、助かる」

「いえいえ」


 タウェンの先を読んだ行動と気遣いに礼を告げれば、「んーー!」とメレルが大きく伸びを始める。


「とりあえず戻るかぁ」

「だな」

「朝ごはん何だろなぁ」

「俺、ゆで卵食いたい」

「半熟目玉焼きにしろ、筋肉にいいぞ」

「また筋肉かよ」


 そんなくだらない話をしながら歩き始めた時、「メレル様ぁ! ラグス様ぁ! お待ちくださぁぁい!」という叫び声に近い声が聞こえ、思わず足が止まる。


「なんだ?」

「……ろくな事じゃないことは確かな気はしますよね」

「分かるー」

「……はぁ」


 首を傾げるメレルに、ため息をつきながら言ったタウェン。そのタウェンの言葉に頷くマノンに、深くため息をついた俺。

 そんな俺たちを呼んだ執事は、見るからに肩で息をしながら走っていて、全員で顔を合わせたあと、とりあえず来た道を戻ることに決めた。














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