第8話 騎士団は動き出す ラグス目線
「なるほど。それなら、べレックス卿がシャロン氏にわざわざ依頼をしたのにも納得がいきますね」
「依頼元、シャロン氏からだったんですか?」
「ええ」
クートからのヒントという名の情報を得て、急いで宿舎へと戻った俺とマノンは、とある部屋を訪ねている。
「イハツの読み通りだった、と」
「と言いますと……」
「一番初めに面通しをしたのが三番隊だったでしょう?」
「……ああ……そういうことですか……」
王立騎士団参謀筆頭サイラスの言葉に、思わず眉間を抑えながら小さく呟けば、サイラス筆頭が苦笑いを浮かべる。
「すまないね、ラグス。当初は三番隊のみ、との要望だったですが、それだと裏が取れませんからね。面通しの時にイハツと双子に誘導するようにワタシが頼んだんです」
「……だから四番隊と五番隊は面通しがなかったんですね」
サイラス筆頭の言葉に、思わずそう呟けば、「そういうことです」とサイラス筆頭がまた苦笑いを浮かべる。
「……情報収集に関しては、俺たちじゃ三番隊にどうやっても勝てませんからね」
「まぁそういじけない。それに、キミ達の情報も重要な手がかりになりますよ」
「え、どういうことですか?」
「それは、ああ、ちょうどいいところに」
バタバタバタと走ってくる足音に、サイラス筆頭の言葉が止まる。
その様子と、聞き慣れた足音に、俺とマノンは顔を見合わせて、一歩場所をずれた。
「うっわ?!」「いってぇ?!」と騒がしい音を立て、開かれた扉から慌てた様子で室内に入ってきた青年たちに、「もう少し静かに歩きなさい」とサイラスが呆れた様子で声をかける。
「すみません」
「っませーん」
「ませーん」
バッ、と思い切り頭を下げた一人の少女と、その後ろに並ぶ二人の青年が、少女とは異なり、頭だけを下げて謝る。
その様子に、マノンは小さく息をはいた。
◇◇◇◇◇
ことの始まりは、ベレックス卿の一人娘の警護依頼が騎士団にきたところまで遡る。
「騎士団に、ですか」
「そうなんです」
メンジェイス国王立騎士団団長の執務室に呼び出された男、サイラスがほんの少し驚いた表情を浮かべ言葉をこぼす。
そんなサイラスの言葉に、ソファに座り書類の束を確認していた副団長のノルベルトが、呆れた表情をしながらうなずく。
「私的に動かすことはできません、とお伝えはしたんですけど、シャロン外交が動いてやってくれないか、と」
「シャロン氏が……?」
「あの人のことです。多分、ベレックス卿が心配なんでしょうねぇ」
まったくもう、お人好しなんだから。
そう言って、また書類へと目を落としたノルベルト副団長に、なるほど、と小さく呟きパウロ団長へと視線を動かせば、彼もまた同じように、サイラスへと視線を向ける。
「べレックス卿といえば……ここ最近はあまり良いお噂は伺いませんが……」
「まぁ、そうなんですけどね。シャロン氏のお願いですから。内密にお願いしたい、との希望でもありましたよ」
「……承知しました」
サイラスの言った言葉に、へら、と笑ったノルベルトに、サイラスはほんの少しの間をおいたあと、小さく頷く。
「おれたちの部隊は、前に話した通り、数日後には東の国境ツァザ地域への出発がある。現地でのべレックス卿の視察同行は、やはり二日目になりそうとのことだ。べレックス卿の護衛は、おれの部隊の一部にさせるとして。こちらに戻ってこれるのは少し先になりそうだからな。諸々の調整は、お前に頼む、サイラス」
「承知しました」
パウロの言葉に頷いたサイラスを見て、パウロがまた書類へと視線を落とした時、「あ、そういえば」とノルベルトの声が室内に響く。
「なんです? 副団長」
「今回の護衛対象のお嬢さんなんですけどね」
ーー 一週間に一度、下手したら一日に一度は、恋に落ちてるらしいですよ
そう言ったノルベルトの言葉に、サイラスは「色恋沙汰は御免なのですが……」と眉間にシワを刻みながら言った。
「ここで悩んでいても仕方がありませんね」
団長室の扉をあけ廊下へ出た彼の眉間には、深く皺が刻まれている。
受け取った書面にチラリと視線を投げた彼は、深く長い息をはく。
その直後には、先ほどの眉間の皺は少しだけ消え、入室した時と変わりない表情で、彼は歩き出した。
「護衛するだけならまだしも、そのうえ護衛を依頼する人間は自分が選びたい。そんな要望まで出すとは…しかも、それを言い出したのは娘、と」
自身にあてがわれた部屋の中で、書類を見やり小さく呟く。
「筆頭、少しよろしいですか?」
「どうぞ」
開けてある入り口から、部下の一人がこちらを見ながらノックをする。
「少し、気になる案件が」
「護衛の関連ですか?」
「ええ。それもあります」
そう言って頷いた部下に、サイラスは、ほんの少しずれたモノクルを直しながら彼を見やった。
◇◇◇◇◇
「いやあ、やっと焦ったみたいッスね!」
「あんた達があんだけ煽ればね」
「やだなぁ、隊長、おれたち別に煽ってないし」
「そうですよ隊長。おれたちちゃんと普通にしてたし」
「……」
人口密度が高い。
思わずそんなことを思ってしまいながら、ドタバタと部屋に現れた彼らの言葉を聞く。
サイラス筆頭の話と、部屋に現れた三番隊隊長イハツと、副隊長のレット、レッソの双子の話を要約し、レッソ風に言うなら、こういうことらしい。
『三番隊、って指名されたけど、それじゃおれたち動けないから、一番隊と二番隊を売ってみました☆ その隙に情報収集しまっす☆』
「……人には得手不得手、向き不向きがありますからね……」
「それに関しては……すまない、ラグス。ただ、今回の護衛を一番隊だけに依頼するのはどうしても不安が……」
はああ、とため息をつきながら言った俺に、イハツが眉をさげ、思い切り申し訳ない、という顔をしながら謝る。
「いや……イハツの気持ちも分からなくもないし」
一番隊だけに任せるのは、不安。
その事は、俺にもよく分かる。
武力に秀でている一番隊は、隊長のタウェンをはじめとして言い方は悪いが、見事に脳筋の人間が集まっている。
護衛任務が一切無いわけではないけれど、今回のような場合の護衛を、一番隊だけに頼むのは、俺でも心配になる。
けれど。
「本音をいえば、五番隊とかにして欲しかった、だろ?」
「……マノン」
「ま、仕方ないよ。ラグス。腹くくろう」
「……お前、たまにすげぇ漢らしいよな」
「ふっふっ」
妙にどやぁ、という顔をしながら言ったマノンに、イハツが小さく笑い声を吹き出す。
その様子に、はぁ、ともう一度ため息をついた俺を見て、「決まりですね」とサイラス筆頭が、にこり、と笑みを浮かべた。
「なるほど。では、今回の……そうですね、とりあえず誘拐犯、とでも言っておきましょうか。その首謀者は今まで好き勝手に東のツァザ地域で豪遊をしていたハモンド卿。そして、その地位を奪ったべレックス卿に恨みを持った、ということですね」
「そうなるかと」
「ハモンド卿については、何か分かりましたか?」
サイラス筆頭の問いかけに、頷いていたイハツが、小さく手をあげて口を開く。
「一週間ほど前からべレックス卿からあてがわれた屋敷より姿を消しているようです」
「こっちで見かけたって人がチラホラ」
「おれたちは見つけられてないんスけどね」
「ああ、それなら、ラグスとタウェンが見かけているよ」
「え、本当?」
イハツとレッソ、レッソに、答えたサイラス筆頭の言葉に、イハツが驚いた顔をして俺を見やる。
ああ、と頷けば、「ふむ……」とイハツが顎に手を当てて、何かを考えこむ。
「ツァザから首都まで丸一日。彼に歩き続けるほどの気力も根性もないように思われます。地域の住人たちからはあまり良く思われてもいなかったようですし、定期馬車に乗る、というのも少し考えにくいですね」
「一人で馬乗れなかったみたいですしねー」
イハツとレットの言葉に、「……ふむ」とサイラス筆頭が小さな声を零す。
「簡潔に言うならば、典型的お坊ちゃんの彼一人で、首都まで来れるわけがない。誰かが手引きをしている。イハツはそう見立てているのですね?」
サイラス筆頭の問いかけに、イハツはこくり、と頷く。
「まあ、君たちは、黒幕が別にいることなど、想定内のことでしょう?」
その問いかけに、イハツ、レット、レッソは、にこり、と笑って頷く。
裏で手を引くもの。本当の意味での黒幕。
「……もう一人いたアイツとか?」
「見覚えなかったね」
「ああ」
ぼそり、と呟いた俺たちの言葉に、サイラス筆頭が、チラリ、と机の上に一瞬視線を動かし、またイハツを見やる。
「では、そちらの調査は引き続き三番隊主導で。ラグス、マノンの二番隊と、一番隊は、大変面倒かとは思いますが、護衛任務にあたってください。このあと、正式に依頼がくるようですので」
ひらり、とさきほどべレックス家から受け取ってきた書簡をサイラス筆頭が振る。
「まぁ、黒幕がいてもいなくても我々にとってはさして変わりはありません。新人を受け入れたばかりの時期です。色んな意味での良い機会になるでしょう?」
にこり、と笑ったサイラス筆頭に、俺とマノンは「……はは」と乾いた笑いを返した。
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