悪いのは、誰?

 某月某日。新聞にテレビ、そしてインターネットは、とある一連の事件についての話題で持ちきりだった。

 概要は同じ日――その日の十五時以降から二十四時間以内――に全国で十代前半――中学生や高校生達が両親のどちらか或いは両方を殺害するという事件が起こったのだ。

 実際に人を殺したのは三十四名、重軽傷を負わせたのが更に五十六名。彼らに直接的な繋がりはなく、だからこそこの事件には何かがある、とそう囁かれていた。

 直接的な繋がりがないというのに、どうして同じ日の特定の時間に、それが起こったのか。何かの策謀があったのではないかと陰謀説を唱える人もいれば、アカシックレコードに接続したなんていうトンデモ説を提唱する者もいた。


 警察もこの事件には大変頭を悩ませていた。上の人間は、管轄外で起こった事件によって情報開示を渋り、その為この事件の最大の謎である「犯人達の共通項」を探し出すことが難航しているのだ。それは権威や利権争いといっただけではなく、未成年者の個人情報の取り扱いの難しさもあった。人を殺した、それも育ての親を。その異常性は、ただ一人が起こした事件ならば簡単だったろう。

 若者の狂行。

 たったそれだけで切り捨てられる。ところが、だ。

 今回はそうではない。

 学業、素行、家族関係、交友関係は千差万別、ありていに言えばピンきりの少年少女達が同じ事件を起こした。何か共通のものがあった訳でもなく、マスメディアも特定集団の或いは若者の狂行と決めつけることが難しく、ただ事実と犯人の周囲の人々にインタビューをするだけに留まっていた。まぁ、当然のようにプライバシーの侵害だのどうのこうのと批判する匿名無名の人々は溢れていたが、それはさておき。

「……なるほどねぇ」

 夜。とある雑誌社の休眠スペースで、ベテラン記者の新井山にいやまショウがそう呟き、ふわぁ、と欠伸を漏らす。ソファをベッド代わりにして寝転び、再び欠伸を漏らした。

「どうしたんっすか、先輩」

 記者見習いのあがたヨウスケはショウの言葉に、何かを含まれていることを察していた。先輩としてショウは事件、事故、スキャンダルの本質や重要なポイントを的確に見抜くことに長けている点は尊敬できる。しかしどうにも彼はものぐさで、またスクープというものにあまり執着がない。そういう点は記者など向いておらず、むしろ警察や刑事の方が向いているのではないか、とヨウスケのショウに対する印象はそんな感じだ。

「いや、例の件なんだけどよ」

「はい」

 例の件とは当然ながら、今も尚テレビで特集の組まれている若者達の一連の事件であり、雑誌社でもその異様な事件の真相――あれば、の話だが――を掴まんと、必死に取材を重ねていた。

 ショウとヨウスケもまたこの事件を追っており、

「とりあえず、周辺四件で起こった事件の親に取材をして来たが、みんな口を揃えて言うんだ。『まさか、こんなことになるとは思わなかった』って」

「そりゃあ、当たり前じゃないんすか? 普通、なんて思わないっしょ」

「いや、そうじゃない。自分は親として正しいことをしている、ってみんなが言い切ってるんだよ」

「……はぁ。それが、何なんですか?」

「自分は正しいことをしている。自分が間違えている訳がない。だからこんなことになるとは思わなかった。それを言い切れるってのは、なんかな、妄信的な気がするんだよな。いや、そんなもんなのかもしれねぇけどな」

「妄信的、すか。なるほど、そうだと言われるとそうだなって思いますね。けど、うん、んー……。難しいところっすよね、その辺って」

「まぁな、いろんな家族がある。家族構成といい、その関係性も結構バラバラだからなぁ」

「……ん? ああ、じゃあこれって共通項になるんじゃないすか? 家族構成や関係性がバラバラなのに、親は「自分が正しい」って思ってるんっすよね」

「……ちょっと深く取材するか」


 それから一週間後、とある少女が重要参考人として警察で事情聴取を受けていた。十六歳の少女は高校を中退し、その後はインターネット配信などを主にして活動をしている、いわゆるストリーマーだった。配信の内容はSNSなどでトレンド入りをした出来事の中から幾つかの物事をピックアップし、それに対して意見をするというだけのもの。

 だが、彼女の独特な考え方が一部の層には軽く受けていた。軽くというのは、云万再生だとか、同時接続数云万だとか、そういうレベルではない。それよりも、もっともっと下だった。

 少なければ数十人、多くても数百人が最大だ。しかし、それだけで十分だった。

 あまり有名ではない。そんな彼女の言葉は、空高く天の上にいる人間の言葉ではなく、真隣に寄り添う温かい言葉のように感じられた。

「……ある種の洗脳ってやつなのかねぇ」

 他社の雑誌を見比べながら、酷い言われようの少女についてショウは考える。とある小さな雑誌社の記者が見抜いたという記事と、それらについてまわるように補強や独自の視点で語られている記事。

「サブリミナル効果、っすか。いや、でもそれって可能なんすか?」

「まぁ、それは時間が証明してくれるよ」

 記事の内容は以下の通りだ。

 少女はインターネット配信で狭く深く活動しており、今回犯行を行った少年少女達は彼女の生配信を見ていた。基本的に動画投稿だけでやっている彼女にしては珍しい、とその日は多くの人々がそれを見ていた。

 ところがその動画には一瞬だけ「親を殺せ」という文言が映り込むようになっていた。

 少年少女達はサブリミナル効果、つまりは認知外の刷り込みによって、今回のような犯行を行ったのだ――と。

 多くの人間を操り事件を起こした愉快犯、とまるで彼女を狂人のように複数の雑誌社が報じていた。彼女は何らかの罰が下される、あるいは下されるべきだろう、と。

 ところが実際は違った。

 彼女はその数日後には無実であると釈放されてしまったのだ。なぜ、と前述のような記事を書いた雑誌社はさらなる記事を書いたが、しかしそれはある意味当然のことだ。だけで、それ以外に関して言えば静観するしかなかった。

「どうして、釈放されたんっすかね。一応、理屈も何もかも通ってるように思えたんで、罪になりそうな気がしたんすけど」

「世の中ってのは結構打算的なんだよ。」

 彼女のような過激な発言は、確かに人々を動かす時がある。しかしだ、彼女のような配信スタイルを貫く者達は配信者の中でも少なくない。無名であろうがであろう、が、だ。

 著名人ですらインターネット配信を始めている今、彼女に何らかの罪を負わせてしまった場合、他の配信者もまた同じ罪で捕まえなければならない。そのコストを考えれば、今回の一連の事件について彼女一人に罪を背負わせるなど愚行でしかなかった。

 そして何より。

「サブリミナル効果、ってのはだろ? それをどうして一介の記者が見抜いたんだよ。んなもんに決まってんだろ」

 と、証拠の動画を見せる。的確に認識できる程度に写り込んだ、「親を殺せ」の文字で停止させた動画を。――正確には「親を殺せる程度の勇気を持て」という文言を。

「え、あ……」

「そもそも、彼女が使っていた動画編集ソフトじゃ、人間の認識できない速度で文字を表示させるなんてことがそもそも不可能だ。それに、そもそもサブリミナル効果自体、エセ科学だしな。認識できないものを人間は脳で判断できない。意識せず認識してしまったものなら影響されるがな」

「……なるほど。つか、まぁ、あの雑誌社、堂々と嘘吐くところで、それに乗ってるところもたかが知れてるところだよ。……それより、当の少女のアポイントメント取れたから行こうぜ」

「へ? は!? え?」


「――と、まぁ一部雑誌で散々に言われてましたけど、その辺りどう思っていますか?」

 ショウの前にいるのは、少し痩せ気味といった感じの少女だ。とはいえ病弱な印象はない。高校中退で俗に言う真っ当な職にはついていない、ということからか少しの偏見を持っていたが印象としては活発なイメージが強い。ごく普通の若者と何の差異もないように思える。だからこそ、彼女の言葉は独特に感じられるのかもしれない。

「別になんともですね。そういうお仕事なんですから、お仕事お疲れさまですとしか」

「肝がすわってますね」

「まぁ、炎上して謝罪文出してましたし」

「なるほど。じゃあ、そろそろ本題の話をしたいと思います。答えたくなければ、答えなくとも大丈夫です。ただし、こちらは答えなかったことを記事にさせて頂きますが」

「どうぞ」

「では。今回の件、結局どこまでのことが起こることを予想してましたか?」

 ショウがそう言うと同時に、一瞬だけ空気が凍った。誰も彼もが無表情になり、それを人々が察知すると同時に空気は弛緩していった。そんな空気を、彼女一人が作り出したのだ。

「っ、先輩?」

「…………。別に、私は例え話をしただけですよ。世の中ってのは実に息苦しい。少なくとも私はそれに耐えきれなかった。だから勇気を出して、こんなことをやっている。そうしたら案外気楽なものだった。だから身近な人を殺すくらいの勇気があれば世界は変わる、とそんな例え話を、ね」

「それで誰かが人を殺すと、親を殺すとは考えなかったんっすか?」

「考えましたよ。ちゃんとそのくらいは気を遣って配信はしてます。炎上したくないですからね、……有志の正義の代行者は本当にタチが悪い。全く、住所特定なんてどうやってやるんでしょうね、アイツら」

「じゃあ、どうして今回のことが起こったんすか。貴方の言葉で、少なくとも何十人もの人が死んだんっすよ!」

 怒り。ヨウスケの語気が強くなる。

「おい、ヨウスケ」

 と、止めようとしてヨウスケの生い立ちを思い出し、ショウは強く出れなくなる。

「私のせいですか? それ」

 そんなショウの代わりと言わんばかりに少女はハッキリと言い切った。

「なっ」

「当然、私だって少しは驚きました。だけど被害者を気取る親達を見ていれば、殺されてもやむなしな面子だったじゃあないですか」

「そんな、訳っ」

「自分が正しいなんて思ってる人間は、気が狂ってるのと同じですよ。そしてそれを根拠に他人を導こうとするなんて、更にだ。幾らでも予想がつきますよ。心配しているだの、お前の為だの、そんなことを宣ってことを『教育』とほざく、そんな連中ばかりだ。過干渉、ってやつです。私の親だってそうでした。殺したいくらいに嫌いでしたよ」

「っ、そんな。だって、それでもたった二人しかいない――」

 大切な親。ヨウスケが続けようとしたのはそんな類の言葉だろう。だが、それを少女の強い言葉が遮る。

「たった二人しかいないから、何なんですか。だから、どんなクソ野郎でも黙って受け入れろとでも? そういう親ばかりだったからこそ、殺した人達は私なんかの言葉に影響されたんでしょう? 貴方の言う素晴らしい親を持つ人だって沢山いるでしょう。でもきっと、そんな人達は影響なんてされませんよ。親を殺せと例え刷り込まれても、彼らの正義感がそれを否定するんじゃないですか? 少なくとも殺したり、殺そうとしたりした人には、そんな正義感が、ストッパーがなかったんでしょう。親を殺すことに、親だからという理由以外で止める要素がなかった。だから、「親を殺せる程度の勇気」なんて言葉に影響された。

 私が言うのもどうかと思いますけど今回の件で、一番悪いのは誰なんでしょうね?」

「…………っ、でも」

 違う、とヨウスケは否定しようとする。しかし、言葉が出てこない。確実に彼女の言い分は間違っている。間違っているはずだ。少なくとも正しくはないはず。なのに否定を言葉に出すことが憚られた。

「分からないなら、違うと思うのならそれでいいと思いますよ。だけどその代わりに、貴方は二度と家族の問題に対して自分の家族であろうと他人の家族であろうと口を出さない方がいいと思いますよ。正論なんて、何の役にも立たないゴミだ。少なくとも」

 あえて言葉を区切って、少女はその言葉を強調する。

「そんな綺麗事を問題を抱える人は絶対に求めてなんていないですから」

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