雨が降る。僕らは一歩、進む。
雨が続く。昨日も今日もそして明日も。まぁ、そういう季節なのだから仕方がない。
ドの付く田舎のとある一軒家。その縁側で白いワンピースの少女はぶらりぶらりと足を交互に、そして自ら奏でる鼻歌のリズムに小さく首を揺らしている。
肌に纏わり付くようなじとりとした空気も気にならない程、少女はご機嫌なようだった。
湿気はモノを腐敗させていく。母から耳にたこが出来る程に聞いたそれを少女は実体験として理解する。ちょっとした野菜や果物なら育てられそうな庭の真ん中で、季節外れのザクロ二つが割れ、腐臭を漂わせていた。周囲には蛆や蝿がたかり、雨の中でもせっせと自らの役目を全うする。
腐ったモノの周りに集ることが役目というと何かの罰ゲームか或いは何かの罰かと思うが、しかしそういった存在がいることで世界というのは上手く回っているのだ。
それにきっと、蛆も蝿もそれらが自らの役目であるとは一欠片も思っていないだろう。思考しているしていないはともかくとして。それらにとっては、ただ生きる為に、生き延びる為に獲得していった本能でしかない。
己の役目や世界の循環なんてものを意識するのは人間だけだ。
子供というのは無邪気で明るく、大人というのは落ち着いていて聡明である。母親というのは寛容で時に厳しくしかしそれらは愛によるもので、父親というのは厳かで正しく含蓄のある言葉を放つもの。少なくともたった数十年前は、それが当たり前だった。
子供は、大人は、母親は、父親は、そういうものであって、そう務めなければならないものだった。だけれど、どれだけ長く続く雨もいずれは止むように、そういった価値観もまた変わっていく。生物としての進化を捨てた人間は価値観の変化と技術の進歩でそれを補う。
雨が少し弱まる。そういえば今日は少しの間、雨が止まる時間帯があったはずだ。束の間、太陽が顔を見せるのだろうか。
生命の源と言えば水だ。海の微生物から始まり様々な進化を経て地球上の生命へと分岐していった。ならばその海を作り出した雨こそが、本当の生命の源なのではなかろうか。いやさ、水というジャンルの中に雨があるのだから同じか。
雨は人々の行動を抑制させる。代わりに思考の時間が増えていく。こういう時の思考というのは何の利益にもならない無意味なものばかりだ。そんなことどうだっていい、と一蹴されるだろう。
誰にだってそんな無駄なことよりも、やるべきことがある。使命や宿命なんてものはなくとも、人々にはやることがある。
ピンポン、と家のインターホンが鳴る。少女は無視する。そんなことよりも、こうして外を、庭を眺めることを優先させた。
痺れを切らして庭先に回り込んだ二人の警察官が庭先に転がるそれを見て顔を歪める。喉から絞り出したような、苦悶の声も漏れ出た。
少女はそれを見て、ふふっと小さく笑う。自分の宝物を自慢するように。その笑みは少女らしからぬどこか大人びた笑みだ。だからこそ少女の異常性を警察官達は察した。
しかし、だからといって彼女の成長を阻害させる訳にはいかない。『僕』は息を殺し、足音を抑え、彼らの背後を取る。異常性に目を奪われていたおかげだろうか、彼らが気付くことはなかった。
すんと鉄パイプを振り下ろす。慌てて振り向いたその隙を突いて、少女は地面を蹴るようにして飛び上がり、隠し持っていたナイフで喉仏を掻き切る。
ほんの一瞬の出来事。彼らには抵抗も、悲鳴を上げる時間さえ与えない。
地に伏した彼らに少女は流れ作業のように止めをさす。ああ全く、彼女は本当に筋が良い。白いワンピースは少しも穢れることなく、人懐っこい笑みをこちらに見せている。
頭を撫でてやろうと右手を出すが、しかしその手は少女の返り血で汚れていた。咄嗟にその手を引いて、少女と手の距離を離す。その所作の意味を図れなかったらしく、少女はかくりと小首を傾げた。
苦笑して左手で優しく撫でてやる。その間、少女は目を細めて気持ち良さそうにしていた。
「行きましょうか」
差し出した左手を取って、少女は小さく頷いた。少女の歩幅に合わせて、ゆっくりと地面を踏みしめていく。
雨はついに止まってしまった。雨は右手に塗れる赤を流してはくれなかった。
それだけだ。
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