短編置き場

不皿雨鮮

届かない。

 退屈しのぎに始めた朝の散歩を終えてリビングに戻ると、弟が朝食を作ってくれていた。

「さて、と。おはよ、姉さん。……ちょっと作り過ぎちゃった」

 あはは、と笑って弟は席に着く。

「確かに、多いね。食べられるの?」

「まぁ、余った分はお昼にでも回せばいいかな」

「それは賢いやり方だ」

 手を合わせて、頂きます。まぁ、私はご飯いらないのだけど。

「今日はね、創立記念日で大学、休みなんだ。だから、今日は家でゆっくりしようかな」

「そっか。でも、弟よ」

「分かってるよ。言われなくても。外に出なさい、でしょ。姉さんはいつもそれなんだから」

「そう言うつもりではなかったんだけど。出なくても、別にいいんだよ?」

「とりあえず、食べられるだけ食べよっかな。外に出るかどうかは、その後で」

「あ、逃げた。まぁ、そうだね。冷めちゃ、美味しくないもんね」

 しばらく、弟は食事を続ける。ふと、再び箸を止めて弟は呟いた。

「昨日は、何したっけなぁ。ああ、今日と一緒の感じか。……これじゃあ、記念日も平日も変わらないね」

「まぁ、同じ大学じゃない人にとっちゃあ、ただの平日だからねぇ」

「そして僕は、毎日が日曜日、と」

「こら」

 弟の呟きを、そんな風に嗜める。弟も分かっているのだろう、微妙な笑みを浮かべていた。

「ごちそうさまでした」

 残った料理は、弟がラップをして冷蔵庫に入れる。

「さて、それでどうするの?」

「本当に、どうしようかな。することは、本当になくなっちゃったからなぁ」

 んー、と考えて、十数秒で思考放棄する。

 ソファに座ってテレビを点ける。私はそんな弟の横に座って、一緒にテレビを眺める。

 正直最近のバラエティはちょっと面白くない。退屈で、思わず欠伸が漏れる。

「……外に行こうかな」

 呟いて、弟は立ち上がる。ゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるように。

 玄関の前。弟は靴を履いて、ドアノブに触れる。

「……っ」

 弟の体は震えていた。そして動けなくなっていた。

「無理なんて、しなくていいんだよ」

「くそっ、どうして」

 へたり込む弟を前に、私は何もできない。触れることも声を掛けることも。

 だって弟がこうなったのは私のせいなのだから。そんな資格はないのだ。

「…………」

 玄関と廊下の段差に弟は座り込む。私はその隣に座る。

「姉さん」

「なぁに」

「僕はもうダメだよ。何もできない」

「できるてるよ。朝、ちゃんと起きれてる。ご飯を作れる。笑えてる。大丈夫だよ」

「何もできないし、したいことも、なくなっちゃったよ」

「大丈夫だよ。なくなっちゃたなら、また見つければいい」

「僕は何をすればいいんだろう」

「何でもすればいいんだよ。大丈夫。私がちゃんと見ているから」

「どうして、こんなことになったんだろうね」

「私のせいだよ。ごめんね」

「どうしてだよ」

「……ごめん」

「どうして、死んじゃったんだよ。姉さん」

「ごめんね」

 私は彼に触れられない。私の言葉は一つも届かない。

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