獣の姿
ロンは村の子どもだ。小さくてやせっぽっち。10歳くらいで、あまりハンサムではないし、頭もよくない。いつもおどおどしていて、いじめっ子たちの恰好の餌だ。なんだか昔のおれを見るみたいなんだ。ロンはときおり、おれたちの家の近くにやってくる。そしておれの仕事を見ている。時にはおれの仕事を手伝ってくれる。でもおれたちはどちらも内気で、そんなに親しく話をしたりをしない。ただなんとなく、側にいるんだ。
ロンがわずかに怯えた、でも好奇心の勝った顔で、ミミウを見た。ミミウは少し躊躇したようだった。珍しいことに、ロンがミミウに近づいて行く。ミミウも近づく。二人がどうなるのか、おれは気になった。でもおれは他の場所での仕事があって、そちらへ行かなければならなった。二人は用心しいしい相手を見ている。そんなに険悪な空気ではない。子どもは子ども同士、上手くやるだろう。おれはそう思って、その場を後にした。
日もだいぶ傾いた頃、ロンが急いでおれのところへやってきた。一人だ。ミミウはどうしたんだろう。ロンは大いに慌てている。顔が青い。何かよくないことが起こったのだと、おれはすぐにわかった。
ロンが言うにはこうだった。ロンとミミウは二人で遊んでいた。そこへいじめっ子たちがやってきたんだ。彼らはミミウの姿に驚いたものの、彼女の存在自体は村の誰かから聞いていたのだろう、すぐにいつものようにロンをこづきはじめた。それでミミウが怒ったんだ。怒った拍子に……ミミウの姿が変わった。四本足の大きな獣になったんだ。
いじめっ子たちは震えあがって逃げていった。ロンもその場にへたりこんだ。ミミウは動揺していて――この姿になってしまったのは彼女の本意ではなかったのかも――そしてロンに背を向けて、その場を離れてしまった。
ロンは呆然とそれを見送っていたが、やがて気を取り直して、ミミウを追いかけた。けれども彼女の姿はどこにもなかった。だからおれのところへやってきたんだ。
おれは、おれとロンは二手に分かれてミミウを探しに行くことにした。もう夕方で曇りがちの日だったので辺りはうっすらと暗い。秋の冷たい風が吹きつけてくる。その中をおれは進んだ。
幸いなことにミミウの姿はすぐに見つかった。村のはずれの森の入り口にいたんだ。そこに見慣れない、何か大きな生き物の姿があった。小山のようだ。おれはどきりとした。そして思った。ミミウだ。
ミミウの、獣人の、その姿を生で見るのはおれは初めてだ。おれはゆっくりと近づいて行く。ミミウが振り返る。おれはミミウに声をかけようとして……止まった。それは奇怪な生き物だった。
絵で見たことはある。ライオンのようなトラのようなオオカミのような。それがそこにいた。茶褐色の毛に覆われて、おれを見ている。その背はおれより高く、真っ黒な瞳がおれを見下ろしている。おれは不意に恐怖を覚えた。獣が、ミミウがゆっくりとこちらに近づいてくる。おれは無意識のうちに後ずさっていた。
おれの瞳に恐怖を見たのだろう。ミミウはぷいと顔をそむけた。そして森の中に入っていった。おれは動けない。心臓が大きな音を立てている。おれは取り残され、少しの間、そこに立ちすくんでいた。
――――
家に帰り、ミス・デイジーにこの一件を報告した。彼女の顔はたちまち不安の色に染まった。
「だから私は……だから私は、子どもは嫌いだと言ったのに!」
ミス・デイジーはミミウを探しに出ていった。おれはふらふらと書斎に向かった。何故そこに向かったのかわからない――いや、ほんとはわかってる。あの不思議な石に触れに行ったのだ。40人の乙女たちに慰めにもらいに行ったんだ。ミミウが去ってしまったのはおれのせいだから。おれが、彼女を恐れたから。
薄暗い部屋に、おれは一人だった。白く冷たい石に、おれは触れた。石が少しずつほどけていく。今度はそれはたちまち40人の乙女たちになった。周りも変化していく。書斎ではなく、気付けば屋外にいた。
けれども前に来たような異世界じゃなかった。それはおれの知ってる、現実にある場所だ。おれの故郷。おれの家が見える。小さな朽ちかけた家。ここも黄昏時だった。太陽が力をなくし、灰色になった空に、ぽつぽつと小さな星が見える。
家のポーチの椅子に、人が座っていた。おふくろだった。おれはその姿にショックを受けた。おふくろはおれの記憶にあるよりも小さくて、そして年をとっていた。今のおふくろの姿なのかもしれない。もうずいぶんと会ってないから。
向こうから誰かがやってくる。おやじだった。おやじは若い。笑っている。子どもたちもいる。おれのきょうだいだ。おやじはご機嫌で――そう、酒さえ飲まなければ、よいおやじだった。
何故おやじは酒を飲んだのだろう。そんな疑問がおれの心に浮かんだ。たぶん――たぶん、おやじも夢を見たかったのでは? 不思議な石が見せてくれるような夢を。おれはなんとなく、そんなことを考えた。
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