乙女たち
獣人は群れを作って暮らしている。そして季節ごとに住処を移動する。たぶん、その移動の途中で、群れからはぐれたのだろう、とじいさんは女の子を見て言った。これから私は旅に出て、群れを探してくるから、その間ここで、君たちがこの子の面倒をみてやってくれないか、じいさんはそう言ったんだ。
ミス・デイジーは苛立っていた。彼女は大柄で骨ばった、あまり美しくない中年の女性だった。愛想もない。あまり笑うこともない。彼女は不満げに言った。
「私は子どもは嫌いなんです。この家に来たのだって、子どもの世話をしなくてもよいからで……」
じいさんがそんなミス・デイジーをなだめる。おれは獣人の子どもを見た。所在なさげに立っている。不安の色はその顔からは消えてない。
ミス・デイジーは文句を言ったが、けれども最後は折れた。じいさんは旅に出た。そしておれとミス・デイジーと獣人の少女――ミミウという名前――の日々が始まったんだ。
――――
そういえば、夢みる石の話が宙ぶらりんになってたな。じいさんの書斎にその石があるってとこまでは書いたっけ。一度おれはそれに触れ、そして夢を見たことがある。
その石は、人々に夢を見せてくれるんだ。いつもではなく、稀に、だけど。ともかくそいつの願望を、叶えてくれる。その日おれは掃除のために書斎に入って、そして何気なく石に触れた。
不思議なことが起こったんだ。おれが触れた途端、石は光を放ち始めた。そして石がゆっくりとほどけていったんだ。奇妙なことだけど、そうとしか言いようがない。まるで繊維がほぐれるように、石はほどけていった。ほどけた輝く物質は周囲にちらばり、おれを取り巻き、そして不思議な世界を現出させた。
気付けばおれは異世界にいて――そして、美しい、40人の若い女性に取り囲まれていたんだ。どいつもこいつも若くて美しいというところは似ていて、でもどいつもこいつも全く違っていた。金や黒や茶や様々な髪の色をして、白や黄や褐色や様々な肌の色をして、可愛らしいのから肉感的なのから、身体付きも様々だった。
彼女たちは青や緑や紫や様々な色の目をしておれを見て……そしておれはすぐにわかったんだ。彼女たち全員が、おれに恋してるってことに。
おれはその事実をたいそう冷静に受け止め、そして、その世界で楽しい冒険を始めた。勝気なのや大人しいのや傲慢なのや淑やかなのや、乙女たちの性格はみな違っていたけれど、みなおれに忠実というところは同じなんだ。おれは強くて誰もが一目置く英雄で、何も怖くなかった。数年間くらいその世界にいて、やがて元の場所に帰った。気付いたらじいさんの書斎にいて、数年間だと思ったけれどほんとは数分しか経ってなかった。
それがおれの夢というやつだったんだ。馬鹿みたいだと思うよ。自分がつまらないやつだと、書斎にぽつねんと立ち尽くして、心の底から思った。実際つまらないやつなんだ。これまでの人生だってそう。
生まれた家はひどく貧しかった。おやじは飲んだくれで乱暴者。もう死んじゃったけど。おやじが死んだときは誰も悲しまなかった。おふくろはまだ生きてる。でももうずいぶんと実家に帰ってない。あまり帰る気もしないしね。それにうちは子だくさんだったんだ。一人くらい子どもが帰ってこなくても、誰も気にしないと思うんだ。
――――
話を元に戻そう。ミス・デイジーとおれとミミウの生活が始まった。最初は不安もあった。けれどもすぐに慣れていった。
ミス・デイジーは文句を言っていたわりにはこまめにミミウの世話を焼いていた。ミミウも最初は打ち解けなかったが、少しずつ歩み寄ってはきた。でも完全にこちらを信頼しているわけでない。わかるよ。おれたちは異種族で――もしおれが獣人の中でたった一人の人間として暮らさなければならなくなったら、ずっと心が張り詰めて警戒ばかりしているはずだ。
おれの名前はサム、という。それをじいさんから教えてもらったのだろう、ミミウは下っ足らずにおれの名前を呼ぶ。「シャム」と呼ぶ。獣人には難しい名前なのかな。おれには獣人の言葉はわからない。ミミウには人間の言葉はわからない。おれたちは――お互い多少警戒しながらも、身振り手振りで意志疎通をしようとする。
ミミウは茶色のワンピースを着ている。それはミス・デイジーがどっからか持ってきたものなんだ。おれの庭仕事に、ミミウがついてくることもある。その日もそうで、そして近くにはロンもいた。
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