40人の清らなる乙女

原ねずみ

夢みる石

 それは動物ですか、植物ですか、鉱物ですか? おれが子どもの頃にやっていた遊びに、そんな台詞があったのを思い出すんだ。質問を重ねていって隠された物を当てるゲーム。まずは動物なのか植物なのか鉱物なのか、そのあたりからはっきりとさせ……でもあの石についていえば、それは動物でも植物でも鉱物でもない。


 石、という言い方は変だな。でも見た目はそうなんだ。石といってもその辺にあるようなやつではなくて、水晶の結晶のような、キラキラと美しい石。透明で光っていて、うっすらと虹が見える。でも正確に鉱物ではないらしい。そいつは生きてるんだ。


 動くという話もある。おれは動いてるとこを見たことがないけど。おれの知ってるその石は――夢みる石って、おれは勝手に呼んでる。ほんとはもっと小難しい名前があるんだ――いつもじいさんの書斎に鎮座している。移動できるなら出ていくこともできそうだけど、たぶん、その場所が好きなんだな。




――――





 じいさんはおれの祖父ではなくて、雇い主だ。年寄りで太っていて、ゆっくりと喋る。昔は探検家だったらしいよ。今じゃちっともそんな風には見えないけど。


 じいさんの屋敷で俺は下働きをしている。他にも料理と洗濯担当のミス・デイジー。おれは掃除と庭仕事をしている。この三人で、おれたちは、村のはずれの屋敷に住んでいる。


 村は平穏で退屈なところだよ。でもおれは意外と気に入ってる。おれは元々田舎育ちだしね。都会に出たこともあるけど……合わなかった。おれは頭も悪いし、顔も悪いし、気が利かないし、つまりいいところがない。都会の生活は疲れるばかりだよ。職を転々として、そしてじいさんに拾われたんだ。


 じいさんが探検家だったって書いたよな。じいさんは今ではすっかり年をとってしまったのでもう探検に出ることはない。屋敷にこもって、自叙伝を書いてるらしいよ。それがいつ完成するのかは、おれは知らない。きっとものすごく長いものになるんだ。だってじいさんの探検全てがそこに詰まっているからね。


 俺たちは平和で、特に事件も起こらなくって、毎日似たような生活を送って……だから、あの子がやってきたときにはびっくりした。あの子って、獣人の子どもだよ。まだ幼い、黒い目をした女の子。




――――




 秋の盛りのことだった。じいさんが一人の少女を連れてきたんだ。背格好からして10歳程度に見えた。顔はわからなかった。その子はフードを目深に被り、マントで身体を覆い、そしてマスクを着けていた。


 でもそのマスクが少しおかしかった。前に突き出ていて――だからおれははっとして、次の瞬間わかったんだ。その子が獣人だってこと。


 獣人は――説明しなくてもいいようなことだけど――おれたちとは違う異種族だよ。二本足で立って歩くけど、体中が毛に覆われていて、耳と尻尾が生えている。時に四本足にもなるんだ。そのときは本当に獣の姿になるよ。オオカミとトラとライオンを合わせたみたいな……といっても、おれは絵でしか見たことない。


 彼らは海の向こうに、獣人たちの国を作って住んでる。でも俺たちの国にも少しはいるんだ。会ったことないけど。大抵の人間は獣人を恐れている。だってそうだろ。やつらは人間じゃないし、言葉も通じないし、それにとても強いって話なんだ。


 女の子がじいさんと一緒におれたち、おれとミス・デイジーの前にやってきて、そしてフードを外してマスクを取った。やっぱりその子は獣人だった。おれは心底驚きそして少し怖くもなった。でもほんの一瞬だけだった。その子は――人間とはいえないけど、でも子どもだったんだ。子どもならそんなに恐れることもないよ。


 女の子は戸惑っていて、わずかに怯えていた。強張った顔つきおれたちを見て、そして強い調子で何かを言った。たぶん彼らの言葉なんだろうけど、それをここに書き記すことはできない。それはとても風変りな音の羅列で……例えば初めて聞く鳥の声を上手く文字にできないように、そんな感じで、書き表せるようなものじゃなかったんだ。


 そして次の瞬間、さらに驚くことが起こった。じいさんが、似たような言葉で、彼女に何か言ったんだ。女の子はじいさんを振り返って、また何か言う。じいさんが返す。どうやらじいさんは獣人の言葉が喋れるらしい。


 呆気にとられているおれたちに、じいさんは説明を始めた。この子は何日か前に、村のある家の納屋で発見されたらしい。彼女をどうすべきか、村人たちで話し合って、そしてじいさんのところに連れてきたんだ。じいさんが昔探検家で、その過程で、獣人の文化や言語にも通じていると、村人が知っていたからだ。

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