第27話 横浜港

ザザーン··


海の波が横浜港に停留している蒸気客船を打ち付ける。その音がベッドにぐったりと横たわっている三姫がいる一等客船室内に無情に響く。


エドワードから聞いた悠仁の本音に全く立ち直っておらず、体重も軽く10キロ落ちた。かつて活気に満ちた瞳はもはや精力を失い輝きを失っていた。


三姫の脳内を巡るのは悠仁との思い出ばかり。からかわれたり、バカにされたり、でも好かれていて、両想いになり、そして婚約......


三姫は海に身投げをしたい気持ちではあったが家族の事を思うと、とても出来なかった。


三姫はふと時計を見るとまもなく出港の時刻を指そうとしていた。


しばらくは見ないにはであろう日本を見にデッキへと出ようと部屋を出たところエドワードに会う。


「礼子起き上がったのですね。デッキに出られるのでしょう?私と一緒に行きましょう。」


エドワードが手を差し出すと何の感情も沸かないままその手を取り、2人はデッキへ歩き出した。


婚約者と言うことで呼び方を「三姫様」から「礼子」と呼ばれるようになったが、三姫は気には止めず、むしろ悠仁にそう呼ばれたかったと思うだけであった。


デッキに出るとイギリス人と日本人のカップルはとても珍しく、エドワードは知り合いに会う度に三姫を婚約者だと紹介してまわった。


「エドワードさま...婚約者とするのはあくまでも船上での身の安全の為でありますよね? 沢山のお知り合いに私を婚約者と紹介して大丈夫なのですか?」


「えぇ、大丈夫ですよ。大々的に新聞に載せて発表したわけではないですから。あっ!ほら、あそこにご家族がいますよ」


エドワードが指を指す方を見ると三姫の家族達がみんなが船を見上げていた。 三姫が家族を呼び手を振ると彼らもそれに気づき反応し、手を振り返す。


エドワードは手を必死に振り続けている三姫の腰に手をまわすと目を瞑りこれからの事を思考を巡らす。


まずは礼子の心を癒す為にあちこちロンドンを見せてあげて、舞踏会に出たり、毎日をイベントで埋め尽くせばユージンの事も忘れていくでしょう。 食欲も戻り、笑顔も戻ったら、その時に正式にプロポーズをして、私の妻になってもらいましょう。

時間はたっぷりあるのですから、焦らない、焦らない。ゆっくり、ゆっくりとその心のなかに入っていきますからね。覚悟をしてくださいね。


策を巡り終わらせると目を開けて満足げに微笑みながら、ハーフアップにされた三姫の髪の毛を子猫を可愛がるように優しく撫でる。


ブオオン!!


出港の合図の船の汽笛が鳴り響き、船が動き日本を離れ出すと三姫は激しく泣き出すのをみたエドワードは優しく抱き締める。


「大丈夫ですよ。私がついていますから。英国で沢山の楽しい思い出を作りましょう。ね?」


エドワードは三姫の頭に軽くキスを落とそうとしようとするが突然の怒鳴り声に邪魔される。


「止めろ!その汚い手を三姫から退くんだ!」


エドワードはやれやれと言う風にその声の方を振り向く。


「意外にしぶといのですね。ユージン」

「三姫の為なら何でもする!三姫!その男から離れて私のところへおいで」

悠仁が手招くが三姫は動こうとせず、むしろ泣きじゃくりながら今まで抑えていた気持ちを吐き出した。

「悠仁さまは...私の家が破産したから結婚しないとエドワードさまから聞いたわ!何故、今ここにいらっしゃるの?私がどんな想いでいたかお分かりになって?」

「三姫!私はそんな事は言ってない!!全てはエドワードの虚言だ!彼は三姫を私から奪う為に三姫に嘘をついて騙したのだ!」

悠仁の言葉を聞いた三姫は信じられないという表情をし、顔をエドワードに向ける。

「私を騙したの?」

「そんな事はしませんよ。ユージンは恐らく今になって貴女を失うのが怖くなり嘘を言っているのですよ」

「黙れエドワード!!よくも三姫と私を陥れてくれたな!」

悠仁は怒りと憎しみを込めた声で怒鳴りながら言うと、息を整えて三姫にわかりやすいようにエドワードの企みを説明しだした。


悠仁の説明はこうだ。


 エドワードは英国で商業を営む家に産まれた。父親に商売について叩き込まれて育ったエドワードは身に付いた感覚で三姫の家が財政難であるのを三姫の家に遊びに行った時に勘付いた。そこで、三姫の父親に近付き、資金援助する代わりに三姫を嫁に欲しいと交渉し、それに成功する。ただ、悠仁との仲を割く為にワザと新聞社に三姫の父親の破産をリークし、一家を混乱に陥れる。

悠仁は異変に気付けても新聞記者が秋本家を埋め尽くしているので、近づけなくなる。これで二人の連絡を遮断させられる。更にエドワードは当主でも何でもない悠仁は何も出来ないのを見越して自分の所へ助けに求めに来るのを予期し、それが的中する。後は悠仁を出来るだけ長く何処か小屋に閉じ込めておき、三姫に嘘を吹き込み、そのまま一緒に出国するという計画であった。



「三姫!私を信じてこっちにきておくれ」

悠仁は説明を終えると訴えかけるような顔を浮かべながら三姫に手を伸ばす。


それを見た三姫に迷いなどなく、エドワードの制止を振り切り駆け足で悠仁の胸の中に戻っていった。

「ごめんなさい...最初から信じきれなくて...」

「もういい。もういいんだ。三姫が帰ってきてくれたらそれでいい。それで…」


2人が抱き合っている姿に嫉妬を駆られたエドワードは懐から真っ黒なピストルを取り出すとこんな提案をした。


「ユージン!三姫を賭けて決闘をしませんか?」

「決闘?」

「えぇ。お互いがまずは背を向けて、3つを数え終わると振り返り銃で撃つのです。」

エドワードはにこりと微笑む。

悠仁は黙ると考え出した。

決闘に勝てばエドワードは2度と三姫に手出しはしないだろう。ならば!

「いいだろう!その申し出受けてたとう!」

「やめて、悠仁さま!死んでしまったらどうしますの!?」

三姫は瞳に涙を溜めながら悠仁の腕を掴む。

「大丈夫。必ず勝つから。決闘が終わったら結婚式を挙げて、どこか田舎で暮らそう。ここで大人しくしているんだよ?いいね?」

チュっと三姫の頭に口付けを落とすと悠仁はエドワードに体を向けた。


3つまで数えるのを近くにいた乗客に任せると悠仁とエドワードは背中を互いに向けた。


3………

2……

1…



バンッ!!



銃声が船上に響き、近くの乗客達は悲鳴を上げてその場から逃げた。


「キャー!!」

「誰か医者を!!」


悠仁達以外の乗客が倒れている人物を見ながら叫ぶ。


「何で…何でなんだ…」


悠仁は自分の手から溢れる血を見て愕然とする。握っていた銃が手元から滑っていく。

血はぽたぽたと床に落ちては血溜まりになっていく。

痛みが襲ってくるはずだがそれはやってこなかった。視線を下に向けると三姫が抱きついていた。

「悠仁さま......ごめんなさい......私が...私が...英国へ行かなければ...こんな事に...ならなかったのに...。」

胸から血を流し息を絶え絶えに三姫は喋る。

「もう喋るな!必ず助けるから!!だから…」

悠仁は胸から血を流す三姫を優しく床に置くとひたすら、愛していると涙声で何度も三姫を見つめながらつぶやいた。

三姫は悠仁を見ながら静かに微笑むとそのまま瞳を開けることは二度となかった。わずか16歳の生涯であった。


「目を…目を開けておくれ…三姫…?」

悠仁は片手で三姫の頬を優しく包む。

「三姫、こんな時に冗談はいけないよ?さあ、起きて何時ものように笑っておくれ?

三姫!起きておくれ!!これから私達は結婚して沢山の子供達に囲まれて暮らすのだろ?!三姫ぃぃぃぃ!!!」


悠仁の悲痛な叫びが船上に響き渡る。


「エドワード!!お前を許さない!!」


悠仁は再び起き上がると上着の懐にしまってあったピストルを取り出しエドワードに向けるとエドワードも同じ様に銃を悠仁にむけていた。


「よくも三姫を殺したな」

「いきなり礼子が飛び出してきました。やめようと思った時にはすでに遅かったのです。」

「お前の言い訳はどうでもいい!死ね!エドワード!」


バンッ


「うっ…」


おびただしい量の血が身体から出ている。まさか!私が負けるのか……。三姫……すまない……


悠仁はその場から立ち崩れた。享年25歳。


反対側のエドワードも同じく床に倒れていた。彼の最後の言葉は


「ごめんなさい…礼子……」


そして波の音だけが辺りに響き渡った。

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