【番外編】亮介のその後

 匠が解任された後、取締役経理部長だった亮介りょうすけが代表取締役社長に就任してから1年が経っている。

 売上げは順調に回復してきているが、匠が社長だったときに技術者を大量に解雇してしまったため、社内で制作するための人材が不足しており、まだ外注に頼らなければならなかった。

 亮介は技術者を増やそうと、新卒だけでなく中途採用も積極的に行っているが、思っていた仕事と違うと言って辞めたり、前の職場でトラブルを起こしていたり、そもそもやる気がなかったり、良い人材となかなか巡り合えていない。


 「外注依存体質からなかなか抜け出せないなぁ……。入社して即戦力になってくれればいいが、中途採用は問題が多いし、新卒は辞めるし……。1人で考えるより、みんなに相談するか……」


 そう考えた亮介は、おもむろに携帯を取り出し、蒼太と誠にメールを送った。


 そして今は部長クラスを集めた定例会議である。売上げ報告や受注状況、それぞれの部門からの報告事項など、今回の会議では特に目立った議題は無い。


 「以上で次第に記載された議題は終わりだが、他に報告事項などある者はいるか? ……いないな? では、これにて今回の定例会議を終了とする」


 亮介が議長となり進めていた定例会議が終了し、出席者は各々の部署へと戻って行くが、亮介と蒼太、誠が会議室に残っていた。


 「で、定例会議の後に相談したいことがあるってなんだ?」


 蒼太の発言で視線が亮介に集まった。


 「会社の基盤をより盤石にするには、優秀な技術者がもっと欲しいと思ってな。ただ、新人は続かなかったり、中途採用は前職でトラブルを起こした人が多くて、なかなか採用できなかったりするから、外注依存体質から抜け出せない。1人で考えていても煮詰まってしまったから、何かアイデアが無いかと思ってな」

 「匠の時にバッサリと技術者を解雇してしまったからなぁ。長い目で見ながら育てていくのも1つだな」

 「蒼太の言う意見はもっともだな。ただ、亮介は即戦力が欲しいんだろ?」

 「そうだな。即戦力であれば文句はない。ただ、新人の離職率を低くして育てていくことも必要だろうな」

 「会社の知名度を上げて、企業ブランドを育てたらどうだ? 入社希望の新人が増えるだろうし、優秀な人材の応募の増加にも繋がる。離職率も抑えることができるかもな」

 「企業ブランドを育てるなら、社会貢献とかどうだ?」

 「あからさまな売名は逆効果だろ」

 「CMの方が即効性は高いだろう」


 気心知れた仲間だからだろう。亮介と蒼太、誠は、良い案も悪い案も思いついた案を手当り次第に提案していた。


 「M&Aとかどうだ? 優秀な技術者を一気に増やせるぞ」

 「費用が掛かるがそれも良いな。とりあえず、今出た案で良さそうな物は前向きに考えてみるわ。M&Aについてはめぼしい企業をちょっと探ってみる。それが終わってから定例会議で是非を話し合ってみるか」

 



 数日後、亮介は社員がピックアップしためぼしい企業のリストに目を通している。小規模な会社が多く、中には個人で経営している会社も多数あった。


 「この中から数社にまずは絞り込まないとな。まずは会社としての能力と財務状況の調査か。経営が危ういなら買いたたけるだろうけど、能力は低そうだし避けたいな……」


 亮介は、株式譲渡かぶしきじょうとによるM&Aで技術力の高い会社を子会社化することを考えており、現社長を取締役として迎え入れることも腹案としてある。そのため経営者にも、高い能力を求めていた。


 「ここはブラックとか評判悪いしパスだな」


 夜中の8時頃、亮介が自分のデスクで黙々と企業リストの絞り込み作業を行っていると、蒼太と誠が顔を出した。


 「お疲れー。手伝いに来たぞ」

 「差し入れもあるぞ」

 「サンキュー誠。ちょうど腹減ってたわ」

 「蒼太は大盛りつゆだくで、亮介はいつも通り大盛りとタマゴで良かったか?」


 誠は手にした牛丼をテーブルに置くと早速ソファーに座り、自身もお腹が空いていたのか大盛りの牛丼を手にした。

 牛丼を食べながらも、片手では企業リストを見ている3人。


 「たしかここって、デバッグが甘いって聞いたことあるけど、誠は何か知ってる?」

 「俺もそれ聞いたことあるな。パスした方がいいんじゃねぇか?」

 「んじゃパスだな」


 取締役制作管理部長の誠は、情報収集の一環として他社の仕事内容も耳にしている。

 取締役営業部長の蒼太も、他社の情報に詳しい。


 「あ、ここもパスだな。簿外債務ぼがいさいむがかなりあるって噂だ。上手く見つけられればいいが、M&A成立後に発覚すれば、想定外の支出でしかない」


 株式譲渡によるM&Aの場合、簿外債務――貸借対照表に記入されていない債務。粉飾決算として見られることもある――も引き継いでしまう。

 3人は遅くまで企業リストを絞り込み、定例会議での承認を得て、実際に交渉へと移っていった。




 そして現在、そのリストに記載されている企業の社長と面談し、事前に書面や代理人を通して説明をしているが、改めて亮介自身から一通りの説明をしていた。


 「弊社のことは十分承知頂いていると思いますが、さきほど申し上げたように有能な技術者を欲しております。そこで株式譲渡によるM&Aを打診させて頂いた次第です」

 「M&Aの方法として株式譲渡による子会社化と伺っておりますが、今弊社で働いている社員はどうする予定ですか?」

 「技術職の方につきましてはそのまま残ってもらう形になります。営業についてですが、現在の御社のクライアントをM&A成立後に精査させて頂きます。そこで残ったクライアントとの取引を継続して頂くことになります。その際にあぶれる営業職の方を弊社の営業職として採用するか、退職して頂くことになると思います。ただし、希望退職は受け付ける予定ですので、その人数によっては若干の変更があると思って頂ければと思います」

 「希望退職者以外は継続雇用をして頂くことが私からの条件の1つですね」

 「その件については持ち帰り検討します。あと、社長さんもこのまま残って頂く予定をしておりますが、弊社の取締役に就任して頂きたいと考えております」

 「わかりました。株式譲渡でのM&Aですが、いくらを考えていますか?」

 「すみません、現段階では申し上げられませんが、社長さんが納得してもらえる価格を提示させて頂きます」


 現在、この会社の簿外債務や過去に納品した製品の不備などを目下調査中だ。過去に納品した製品の不備による賠償なども、成立後に発覚したのでは損失でしかない。それが大きければ大きいほど、このM&Aは失敗となる。

 詳細調査は基本合意の後になるが、それまでにできる限りの調査をして、その辺りを踏まえての価格を提示しなければならなく、調査中の現在は価格を提示することができないのだ。

 他にも必要事項の交渉を行い、詳細な条件はすり合わせる必要はあるが、M&Aを進めることで合意した後、亮介は会社へと戻ることにした。

 その道中で亮介は、現状の報告をしようと電話をかけていた。


 「あいつまだ圏外か? どこ行ったんだよ……」

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