第20話 販売日の報告とランシアの異変

 商業ギルドに登録した翌日、その後も試行錯誤を続けているルビアを交えて、シュークリームの原価計算をしている。


 「シュークリームを100個作るのに必要な材料だけど、何がどれだけ必要か把握できてる?」

 「はい、こちらに材料とその価格をまとめさせて頂きました」

 「有難う。えーっと、100個で労務費を除く売上原価は……大体銀貨8枚くらいか。労務費と販管費をいくらに設定するかだが、ルビアには販売までしてもらうから……」


 日本での知識を活かして販売価格を決めていく悠真。最終的に販売価格は、1個銅貨20枚に設定した。


 「あとは予実管理をしていけば、とりあえずは大丈夫っぽいかな。量産はいつから取り掛かれそう?」

 「材料の買い出しに1日頂ければ、その翌日から可能かと存じます」

 「そっか。それなら明日買い出し、明後日から販売することにしようか」

 「かしこまりました」


 順調に価格と販売開始の日程などが決まったところで、悠真がルビアの古傷を治すために秘密を打ち明ける。


 「さて、価格と日程も決まって一段落したから、俺の秘密を少しだけ共有しようと思うんだけど、今からルビアにすることは完全に秘匿して欲しい。これは厳命して欲しい」

 「かしこまりました……」


 ルビアは何をされるのだろうと戦々恐々とし、前のご主人様の教育方針のような鞭打ちをされるような事はしていないはず。でも今のご主人様がそう望まれるならばそれも致し方ないと、目をギュっと閉じ、覚悟を決めて返事をすると、悠真はルビアの手を握った。

 ルビアの身体は強張り、息を呑み、ビクッとするも、悠真は何もしない。ルビアがうっすらと目を開けた瞬間、悠真はフルヒールを唱えた。

 するとセラの時と同じようにルビアが光りだし、古傷が徐々に薄くなり……跡形もなく綺麗に治った。


 「え……?」

 「フルヒールで古傷が治るのか若干不安だったんだけど、綺麗に治って良かった。ルビアの古傷を知っている人がいると面倒だから、一応だけど肌は隠してね。あ、言うのを忘れてたけど、セラとリリーはこのことは知っているから、それ以外の人には秘匿してね」

 「は、はい……」


 想像していた事とは真逆に古傷を治されたこと、聞いたこともない治療魔法によって目を丸くして驚いているルビアは、悠真の言葉が半分も頭に入ってこない。


 「さて、ちょっと冒険者ギルドで価格と日程が決まったら報告して欲しいって言われてるから、ちょっと行ってくる。ついでに販売する場所も確認してくるよ」

 「……かしこまりました」




 ギルマスに報告しようと冒険者ギルドに到着し、受付嬢に取り次ぎをお願いしたが、現在来客中らしい。受付嬢にシュークリームの販売価格と販売時期の言伝を頼むと、受付嬢の顔色が変わる。


 「悠真さん、どれくらいの量を販売する予定ですか?」

 「どれくらい買って貰えるのかわからないので、まずは70個くらいを予定してますね。その後は売れ行きを見て考えようと思っています」

 「70個ですか……とりあえず私が、少なくとも10個は購入します。他にも先日の試食のときにいた3人もそれくらいは購入すると思いますよ」

 「10個もですか!」


 悠真はビックリすると同時に、どうしても伝えなければならない残酷な一言が頭に浮かぶ。

 もうすぐまた食べられると、幸せそうな顔をしているランシアに、この一言を伝えるかどうするか悩む悠真だが、なぜか伝えなければならない使命感に駆られ、意を決して小声で伝えることにした。


 「太りますよ……」


 ――ランシアの時が止まった。

 ランシアの反応が無くなってすぐ、先日の試食のときにいたアゼレアが悠真を見つけるも、ランシアの異変に気付き近づいてきた。


 「ランシアさんどうしたんですぅ?」

 「すみません、先日のシュークリームの販売時期などの話をしていたら――」

 「いつからですかぁ? 私もまた早く食べたいですぅ」

 「明後日を予定していまして、ただ数量を70個にしようと思ってます」

 「そんなに少ないんですかぁ? あれならいくらでも食べれちゃいますよぉ」

 「それは有り難いんですが……、あまり食べすぎると……その……」

 「ストォォップ! 悠真さんちょっと待って下さい!」


 ランシアの時が再び動き出したようだ。


 「いくつなら、いくつなら太らずに食べられるのですか!」


 悲壮感漂う表情のランシアが問いかけるが、悠真も具体的な数字はわからない。ただ、日本と違って移動は基本徒歩だし、他にもそれなりに身体を動かしていることを考慮して、目安として答える。


 「あくまでも目安ですが、1日に2個か、多い日で3個くらいなら大丈夫だと思います」

 「2個……」

 「毎日でなければもう少しは大丈夫だとは思いますけど……」


 ランシアの落ち込み様が凄く、悠真はフォローするが、近くにいるアゼレアにも伝染してしまったようだ。


 「太るんですかぁ……。しかも1日2個まで……」


 悠真の手に負えなくなってきた状態ではあるが、ギルマスの秘書――ベラが来たことで一変することになる。


 「あなた達何をしてるのですか? 早く仕事に戻りなさい」

 「すみません……」

 「はぁい……」

 「悠真様、お手を煩わせてしまってすみません。本日はどのようなご用件でしょうか」

 「いえいえ、助かりました。シュークリームの販売日が決まりまして、販売させて頂ける場所を確認しようと来てみたんですが、どこをお借りできるかもう決まってますか?」

 「ええ、併設しております酒場の一角に仮店舗を用意いたしました」


 酒場の一角に出店みたいな仮店舗ができている。冒険者がお酒を交わす酒場で、シュークリームの販売とは、なんとも不思議な光景になりそうだ。客層が合わないため大量には売れないだろうが、「食費や維持費などを捻出できるくらいでいいか」と考えている悠真は、十分な設えだと考えている。


 「出店まで用意して頂いて有難う御座います」

 「ところでいつから販売をされる予定ですか? ギルマスも楽しみにしておりましたので」

 「明日1日は準備に費やす予定ですので、明後日からを予定してます。品質チェックを名目にギルマスに集られましたので、それと一緒にベラさんの分もギルマスにお渡ししますね」

 「有難う御座います。楽しみにしております」

 「それでは明後日にまた伺います」


 ギルマスへの言伝と場所の確認を終えた悠真は、期待していた以上に丁寧に準備されていたことに嬉しくなり、帰路の足取りは軽かった。




 シュークリーム販売日、朝から悠真とルビアはシュークリーム生産に勤しんでいる。セラとリリーは、冒険者ギルドでクエストを受けているためここにはいない。


 「色々話を聞いてると、70個では足りないような気もしてきたんだけど、どれくらい売れるかなぁ」

 「初めて見る人もいるので、様子見をされる人も結構いるのではないかと思われます」

 「そうだね。とりあえず初日は70個で、徐々に販売数を増やすのと、飽きがこないように違うスイーツも徐々に増やそうか」


 シュークリームだけでは飽きられるのも早いだろう。そうなればまた別の案で食費などを稼ぐ必要が出てくる。せっかく場所も用意して貰ったのに、活用できないのは勿体ないし、何よりも用意してもらった冒険者ギルドにも申し訳ない。それを防ぐためにも何か別のスイーツ開発をして、スイーツ熱を徐々に温めていく算段をしている。

 そんな会話をしながら作業を行っていると、ギルマスとベラ用のシュークリームと、70個のシュークリームを販売する準備が昼前には整い、ギルドへと向かった。

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