第19話 商業ギルドに登録

 悠真は今、セラとリリーの2人と共に冒険者ギルドの一室にいる。シュークリームを試食して欲しいと持ってきたところ、交代の時間が近いらしく、みんなで一緒に食べて感想をくれるというのだ。


 「美味しくないとか言われたらどうしよう……」

 「そんなことはありません。そんなことを言うのであれば、私が全部頂きます」

 「ずるいニャ。リリーも食べるニャ」


 そんな会話をしていると4人の受付嬢が入ってきた。


 「こんばんは悠真さん」

 「どんな試食か楽しみですぅ」

 「ちょうど何か食べたかったので助かります」

 「あなたがAランクの悠真様ね。よろしくね」


 以前にダンジョンの話を聞いたランシアに続き、アゼレア、ジュリー、ヴィオラの3人が試食してくれるみたいだ。


 「仕事終わりにすみません。新商品を作ってみたので、女性の方の意見を聞きたいなと思いまして持ってきたんですが、ぜひ忌憚のないご意見をお願いします」


 そう言って悠真は1人に1個ずつシュークリームを手渡した。

 初めてみる食べ物らしく、どのようにして食べればいいのかわからないみたいだ。


 「これは剥いて中身だけを食べればいいの?」

 「いえ、そのまま食べれますので、ぜひそのまま食べてみて下さい」


 4人の受付嬢は恐る恐るシュークリームを口にすると、その美味しさに目を見開き驚いている。


 「なんですかこれは!」

 「すっごく美味しいですぅ」

 「あぁ……こんなに美味しい食べ物が世の中にあったのね」

 「これは美味しすぎるわ」


 その感想に悠真はホッとしたが、次の瞬間には4人の受付嬢にシュークリームをどこで販売するのか、いくらなのか、いつから販売するのか必死の形相で迫られた。


 「さ、さっき完成したばかりなので、まだ販路も価格も何も決まってなくて、これからです」

 「わかりました。悠真さん、しばらくこのままお待ち頂けますか? あと、2つこれを頂けますか?」

 「ど、どうぞ」

 ランシアがそう言うと、3人と目配せをして部屋から出て行った。




 しばらくすると4人の受付嬢は興奮した顔で悠真の前へと戻ってきて報告し始めた。


 「悠真さん、ギルド内での販売許可が下りました。あとはいつから販売するのか、いくらで販売するかだけです! 今決めちゃいましょう!」

 「えっと……、原価計算もしないといけないので価格は難しいかな……」

 「ならばいつから販売しますか! 明日からでも大丈夫ですよ!」

 「いや、まだちょっと改良が必要だと思うので……」

 「何を言っているんですか! もう十分です! 早く、早く販売しましょう!」


 まさかここまで興味を引かれるとは思ってなかった悠真は、近日中に販売することを約束させられてから、4人の受付嬢から解放された。


 「そういえばギルマスが呼んでましたわよ」

 「ヴィオラさん有難う御座います。何を言われるのかちょっと怖いですけど、ギルマスのところに行ってきます。あ、残りのシュークリームみんなで食べて下さい。セラとリリーもここに残って食べてていいよ」


 悠真はそう言ったあと、足取り重くギルマスの下へと向かう。




 コンコン。


 「入ってくれ」

 「失礼します。お呼びとお聞きしましたが」

 「まぁ、とりあえず座れ」


 ギルマスに正面のソファーに座るよう促される。


 「さっきの食べ物の件だが、ギルド内での販売はお前の発案か?」

 「いえ、試作が完成したばかりでして、試食と感想をお願いしに来ただけなんですが……」

 「ランシア達の暴走か……。しかし冒険者ギルド内での販売なんて前例がないし、そんなこと普通は認めんぞ」

 「そうなんですか? てっきり冒険者ギルドって、融通が効くんだなって思ってました。それならなぜ販売を認められたんですか?」

 「認めなかったら、受付嬢が全員ストライキを起こすと言われたらな……」


 ソファーの背もたれに寄りかかり、遠い目をしたギルマスが答えるが、そんなギルマスからは全く覇気を感じられない。むしろ哀れみを覚える。


 「すいません」

 「許可した後に何を言っても仕方がないからもういいが、いつから販売して、いくらで販売するのか決めたのか?」

 「試作が完成したばかりなので、これから決める予定ですね」

 「そうか。決まったら秘書のベラにでも伝えといてくれ。あと、ギルド内で販売する条件として、品質チェックのために必ず俺のところに2個、持ってくるように」

 「それってギルマスが食べたいだけ――」

 「あー、商業ギルドには登録したか?」


 分が悪いと感じたのか、ギルマスは話題を変える。

 商業ギルドとは、物販やサービスを消費者に限らず、商取引をする場合は、必ず登録する必要があるギルドだ。


 「していませんが、品質チェックはギルマスが食べ――」

 「商業ギルドに登録せずに販売すると、売上げは全部没収に加えて、一定期間の拘留、悪質ならば鉱山奴隷行きだぞ」

 「なんですかそれ。登録しないだけでそれって理不尽じゃないですか!」

 「ユーマが言うのもわかるが、一時期この王都で紛い物や粗悪品が流通してな、それが闇市からのルートだったから、やむを得ずできた条例だ。登録さえすれば何も問題ない」

 「わかりました。この後に登録しに行ってきます」

 「そうしてくれ。Aランク冒険者が拘留されるとか冗談でしかないわ」

 「ところで、品質チェックは――」

 「すまんが急用ができたのでここまでだな」


 部屋から追い出され腑に落ちない悠真だが、セラとリリーの3人で、商業ギルドへと足を運んだ。




 商業ギルドは一見、冒険者ギルドにも見えるが、利用している客層が全く違う。一方では武器を装備した冒険者で溢れ、もう一方では裕福層な服装に身を包んでいる商人で溢れている。


 「すみません、登録したいんですがよろしいですか?」

 「はい、登録には一定の能力が必要になりますので、試験が御座います。今から受験されますか?」


 冒険者ギルドのギルマスからは試験があるとは聞いていない。しかしながら、『損益計算書そんえきけいさんしょ』や『貸借対照表たいしゃくたいしょうひょう』、『キャッシュフロー』などの経理の知識は、日本での経験があるから大丈夫だろう。そう高を括った悠真は即日の試験を依頼した。


 「かしこまりました。それでは試験管に取り次ぎますので、しばらくお待ち下さい」


 そういって受付嬢は奥の方へと進み、眼鏡をかけた1人の男性と戻ってきた。


 「本日試験を受けられるとお聞きしました。こちらの部屋へ登録を希望される方のみ入室下さい」

 「ご主人様、頑張って下さい」

 (全知全能の神様なら余裕ですよね。気楽に頑張って下さい)

 「ご主人様頑張ってニャ」

 「一発合格してくるよ」


 そう言って悠真は入室するが、その言葉に試験管の目線が冷たくなった。


 「初回で合格する人はなかなかおりません。みなさん2回目か3回目で合格されておりますので、気楽に受験して頂ければと存じます」

 「そんなに難しいの? 一発合格とか言って落ちたら、恥ずかしいな……」

 「それではこちらが問題用紙と、解答用紙になります。問題は全部で10問、8問正解で合格となります。制限時間は30分です。はじめ!」


 問題用紙を見た悠真は愕然とした表情になり、その表情を見た試験管はニヤニヤしながら、不正行為が行われないかチェックしている。


 問題1

 原価が銅貨40枚の商品を、Aさんは銀貨1枚で100個販売しました。この場合のAさんの利益額を答えなさい。


 問題2

 原価が銅貨70枚の商品をBさんは銀貨20枚で販売しようとしました。2個売れましたが、8個売れ残ったので2割引きで販売しました。Bさんの利益額はいくらか答えなさい。


 悠真の想像とは違い、商業に必要な知識を問われるかと思ったらそうではなく、内容こそ商業的な内容かもしれないが、計算自体は小学生高学年くらいと思われる。


 拍子抜けした悠真だったが、かなりの時間を残して席を立った。


 「どうされましたか? 諦めますか?」

 「いえ、全問解き終りましたので、採点をお願いします」

 「は? ……失礼しました。お預かりいたします」


 担当してくれた試験管が、こんな短時間で、しかも正解しているなんて信じられないといった表情で採点している。

 採点が終わった後、どこか悔しそうに伝えた。


 「全問正解、合格です」

 「有難う御座いました」


 受付前に悠真が戻ってくると、セラとリリーが結果を楽しみに待っていた。


 「どうでしたかご主人様」

 「合格ニャ?」

 「合格だったよ」


 そんな会話をしていると、受付の方から悠真を呼ぶ声が聞こえる。


 「お疲れ様でした。初回で合格した人初めてみました。ユーマ様は凄いんですね」

 「そんなことないですよ。たまたま自分にあった問題が出題されただけです」

 「それではこちらが商業ギルドのギルドカードになります。冒険者ギルドのカードと同じ機能を有しておりますが、個人での支払いか、商業がらみの支払いかで使い分ける方がおりますので、参考にして頂ければ幸いです」

 「有難う御座いました」

 「さて、商業ギルドには冒険者ギルドと違い、年会費が発生いたします。商会の規模により額は変動いたしますが、初年度は金貨1枚を皆様にお願いしております」


 早速支払いかと思いながらも、金貨1枚を取り出しカウンターに置いた。

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