第21話 開業準備

 冒険者ギルドに到着して悠真が驚いたことがある。まだ何も準備されていない出店に既にランシアが並んで待っているのだ。


 「こんにちはランシアさん。早いですね」

 「こんにちは悠真さん。早くあの感動をまた味わいたくてずっと待ってました」

 「仕事は大丈夫ですか?」

 「今日はこのために遅番にしましたから大丈夫ですよ」


 笑顔で答えるランシアだが、受付カウンターの方からは、先日の試食に協力してくれた3人の顔も見え、妬みを含んだ視線を感じている。受付嬢の中でも歴が長く、それなりの立場にいるため、パワハラのような圧力をかけた結果だ。

 ルビアを中心に開店の準備を整えた悠真は販売を始め、早速ランシアが10個購入した。


 「ランシアさん、10個も大丈夫ですか? 先日もお伝えしましたけど……太りますよ」

 「ええ、でも2個では我慢できそうになくて……」

 「ここだけの話ですけど、他のスイーツも開発して販売を考えているんですが、そのときにシュークリームを食べすぎたことが原因で、新商品を食べれなくなるかもしれませんよ」

 「えっ! 他にもまだあるんですか!」


 今後の販売計画などをランシアに伝えると、腕を組み眉間にシワを寄せながら悩んだ末に、断腸の思いといった表情で我慢することに決めたようだ。


 「わかりました。シュークリームは2個で我慢します。その変わり早く新商品を食べさせてくださいね」

 「努力しますが、気長に待ってもらえると助かります」


 ランシアはシュークリームを見つめ、長いため息を吐くと同時に、受付カウンターへと向かい、同僚に声をかける。


 「みんなの分も買ったから、あとで一緒に食べましょう」

 「私達の分も買ってくれたんですか? 先輩有難う御座います!」

 「まさか私達の分を買うために遅番にしたんですか。パワハラだなんて思ってすみませんでした」

 「私は最初から先輩を信じてましたわ」

 「またあのシュークリームを食べられるなんて、夢の様ですわぁ」

 「休憩まで待たずに今食べませんか?」


 そんな会話を聞いていた冒険者達は、三者三様の印象をシュークリームに持ったようだ。


 「そんなに美味しいのか?」

 「あれは食べ物なのか?」

 「プレゼントすると喜んでもらえるかな?」

 「アゼレアちゃんの嬉しそうな顔みると、ますます惚れちゃうぜ」


 そんな中、先日のダンジョン攻略後にお酒を酌み交わした冒険者パーティー――スターライトのルベルが悠真に声をかけた。


 「ユーマさん、お店開いたんですか?」

 「家の維持費くらいだけでも賄えるようにしたくてね。もしよければ1つ買ってくれないかな? 味は補償するよ」

 「ユーマさんお勧めなら買わないわけにはいかないですね。それじゃぁ3つ下さい」

 「ありがとう」


 スターライトの3人はシュークリームをルビアから受取り一口食べると、破顔し驚愕した。


 「美味い! なんですかこれは!」

 「こんな食べ物があったなんて」

 「幸せー」

 「そんなに喜んでもらえると嬉しいな。でも食べすぎると太るから注意してね」


 そんな会話をしていたためか、悠真の出店を注意深く探っていた冒険者達がちらほらとシュークリームを買いにきて、1時間もかからず売り切れてしまった。

 スターライトの3人が、上手くさくらの様な役割をしてくれたみたいだ。




 1時間もかからずに初日に売り切った実績から、翌日は100個用意した悠真であったが、冒険者ギルドに到着して驚愕した。開店前からすでに20人近くが並んでいるのだ。初日に食べた冒険者や受付嬢達が、あんなに美味しい物はなかなか食べられない、食べると幸せになれる、疲れが吹き飛んだなどと宣伝し、購入しようとギルドに来たものの既に完売。数が限られているため並んだというのが事の顛末だ。

 その後も並んでいる人数が増えていき、1人1個という制限を設けることで、なるべく多くの人に購入して貰うことができたが、それでも多くの人が購入できずに踵を返した。




 販売3日目、2日目のことがあったため、セラとリリーにも協力してもらい、150個のシュークリームを用意することができた。現状でこれ以上の数量は厳しく、「珍しいから飛びついているだけだろう。あと数日で落ち着いてくれるはず」と考えた悠真であったが、その考えが甘いと気付くのはもう少し先である。

 開店前には2日目の倍以上の50人が並んでおり、それからも列がどんどん長くなる。1人1個と制限したにもかかわらず、開店してからまたも1時間近くで完売してしまった。




 その後も同じような日々が続き、約1週間が経過したが、落ち着きを見せるどころか開店前に並ぶ人の数が増え続け、購入できない人からのクレームが発生する事態にも発展している。アマルテアに無かったシュークリームの影響は、悠真が想像していたよりも遥かに大きく、このままでは事態の収拾がつかないまでになっていた。




 ここまで売れるのであれば、神様の依頼には関係ないが、開業するかと一念発起した悠真は、店舗を構えようとシュークリームを片手に商業ギルドに相談にきていた。


 「こんにちは。この王都で店を出そうと思うんですが、可能であればこのエリアで、大通りに面した物件をいくつか見せてもらえませんか?」


 悠真が指定したのは家があるエリアだ。家に近い方が何かと便利そうだし、本格的に店をやるのであれば大通りの方が客足は増える。


 「かしこまりました。その条件だとあまり良い物件が無かったかと思いますが、少々お待ち下さい」

 「あ、すみません。これ差し入れです。休憩の時にみなさんで食べて下さい」

 「――ッ! これは今話題のシュークリームじゃないですか! どんなに早く並んでもなかなか買えないんですよ! 本当に貰ってもいいんですか!?」

 「どうぞどうぞ。あ、ちなみに出店を考えている店って、そのシュークリームの店なんで――」

 「本当ですか! ちょっとカリアこっち来て手伝って! 何が何でも良い物件見つけてきます! そちらにお座りになってお待ち下さい!」


 シュークリームは絶大な効果をもたらしたようだった。


 それから待つこと数十分、先ほどの受付嬢ではなくカリアと呼ばれた受付嬢が代わりにやってきた。


 「お待たせしましたユーマ様。先日の登録依頼ですね」

 「その節は有難う御座いました。お蔭でシュークリームの販売も好調です」

 「それは良かったです。先ほど対応させて頂いた先輩も、今、裏でシュークリームを堪能していますよ」


 シュークリームを食べたいがために対応を変えられてしまい、その私怨からか「今」の部分を強調している。


 「喜んで頂けているなら嬉しいです」

 「ところで物件ですが、1件良さそうな物件がありまして、今から内見に行かれますか?」

 「そうですね。1日も早く始めたいので、今からお願いします」


 物件は希望通り大通りに面しており、エリアも悠真が希望したエリアだ。マイナス要素としては、前の店は物販がメインだったためキッチンが狭いことだが、改装すれば問題ないということで、その場で契約と改装まで依頼した。

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