第25話; みんなの背中越しで交わしたロングキス
時は6月となり、バンクーバーにも初夏が訪れる頃に、オンライン・ハイスクールから留学に来ている殆どの生徒が一時帰国することになった。
理由は、オンライン・ハイスクールの生徒は1年に1回日本でスクーリングを受講しなければいけないからだ。スクーリングとは、3割の授業は各教科の先生から対面で授業を受ける必要があると定められているので、通学コース以外に在宅コースの生徒でも1年に数日、本校に登校して集中的に授業を受けるシステムのことをスクーリングと言う。
バンクーバーサポート校で学んでいる長期留学の私達も、必ず一年に一回帰国し、この集中スクーリングを受講しなければいけない。
私は、渡航前に高校1年生分のスクーリングを終えてカナダに来たけれど、1年間が経ち高校2年生分のスクーリング受講のために帰国をしなければならない。
KENも現地高校に入学する前に韓国に一時帰国するので、私も久し振りにパパとママに会えることが嬉しくて、帰国が待ち遠しかった。
ミイナが在籍するオンライン・ハイスクールは私と同じ学校なので、私は東京、ミイナは大阪在住だけれど、「スクーリングでまた会おうとね」と約束して、私達は日本に一時帰国をすることになった。
帰国日は、生徒たちによってまちまちだ。
生徒の帰国日には、陽子さんがバンクーバー国際空港まで送迎してくれる。
私が空港に到着すると、まだ帰国していない数名の日本人生徒とまだ韓国に一時帰国していないKENが見送りに来てくれていた。
私の日本での滞在期間は2ケ月、すぐにカナダに帰ってくると分かってはいても、KENと2ケ月間も離れるのはやはり寂しい。
見送りに来てくれた友人達と、カナダの騎馬警察の制服を着たクマの置物の前で記念撮影をして時間を費やしていたら、
「そろそろゲートに入りなさい」
と陽子さんに言われ、友達一人一人に暫しのお別れのハグをしていると、陽子さんが
「はいみんな、私がいいですと言うまで1分間目を閉じなさい」
と言って、私とKENに背中を向ける様に指示した。
陽子さんも私達に背を向けて、
「今から1分時間をあげるわ」
と言った。
陽子さんからのサプライズドプレゼントにどうしたらいいのと思っていると、KENがいきなり私を抱き寄せて、私の唇の上に唇を重ねてきた。
これが、私とKENとのファーストキスだった。始めてのキスは、みんなの背中越しで交わした1分間のロングキス。
「いつまでしているの!」
の陽子さんがKENのお尻を蹴り、皆の爆笑の中で、私はパスポートを係官に見せて、ゲートの中へと入っていった。
数年後、陽子さんに
「あの時のキスが私達の初めてのキスだったのよ」
と告げると、
「嘘でしょ。それは、本当に悪かったわ」
と言われたのだが、私達にとっては最高のサプライズドプレゼントになった。
私の日本での滞在期間は2ケ月。2ケ月間、スクーリング以外に頻繁に出かけた先は、カウス先生のカウンセリングを受けるための心療内科だ。カウス先生は、私のカナダでの成功をとても喜んでくれた。このカウンセリングがどれだけ私のアスペルガーに有益なのかは分からなかったが、1週間に1回の通院が続いた。
カウス先生のカウンセリングを受けるために、ママと一緒に歩いていたら、道路の反対側にリサが歩いているのを見つけてしまった。
リサの横に歩いている男は、おそらくヤクザだろう。ヤクザには、独特の雰囲気があり、その匂いを知っている人が見れば、遠目からでもその職業の人ねと分かるものだ。
一瞬だったが、リサと私は目が合った。リサは私に気がつかなかったのだろうか、それとも私と同じ気持ちだったのかもしれない。私はリサに気付かれません様にと思ったのだ。
私がリサに対する思いは複雑だ。リサは唯一たった一人の日本での私の親友だ。だけど、あの世界には二度と戻りたくない。私がリサをあの世界から連れ出せる勇気もない。
改めて気が付いた。
私がオンライン・ハイスクールに入学し、入学式で陽子さんの話を聞かなかったら、間違いなく今もリサの横には私がいて、あの男の腕を組んで歩いていたのはリサではなく、私だったのかもしれない。
別人に生まれ変わった私は、はたから見たら高校留学に行っている優秀な高校生だ。
たった一年前まで、リサこそが私の鏡だったのに。今では、ママは色々なところで美紅の自慢をしているのが、なんて滑稽なのだろう。
今日もカウス先生は
「この一年間のトレーニングで、精神状態も凄く良いと思われます。アスペルガー症候群は完治できる病気ではないですが、大人になるにつれて、心も成長しますので、人付き合いもコツが分かる様になりますから、他人から疎外されることも少なくなっていくでしょう」
と言ってもらえて、心の底から嬉しかったのだけれど、リサの寂しそうな横顔が頭から消えなくて、ママに心配させない様に普通にカウス先生には振る舞って見せていたが、心の中では何回も
「ごめんね、リサ」
と言い続けた。
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