第23話; 世界を手に入れる方法は、英語が話せるだけじゃなかった

KENは私をホームスティ先まで送ってくれると言うけど、彼も留学生。お金を無駄使いしない様に、私達はギルフォードのバス停で別れて、夕食は必ずお互いのホームスティで食べるために、夕食前に帰宅する様に行動した。

KENには沢山の友達がいたので、週末はいつも一緒にはいられなかったけれど、時々映画を観に行ったり、買い物に行ったりと、いつもべったりと一緒にいるのではなく、友達との交流や勉強にも時間を費やし、少し距離を置いた恋愛関係をキープした。

カナダでは、学生ビザ所持者の高校生のアルバイトは禁止されている。親のすねをかじっている高校生の私達だったので、基本的にデートは図書館かTim Horton だった。

Tim Hortonは日本で例えるならばミスタードーナツの様なお店で、ドーナツと珈琲を頼んでも300円くらいだったので、カナダ人の高校生たちも良く利用している。

KENは私が払うと言っても、

「Tim Hortonくらいは僕が払う」

と言ってくれて、いつも私にフレンチクルーラーとホットチョコレート(ココア)を買ってくれた。

私は、こんなに誰かを好きになったことがないので、時々自分の感情をどう扱ったら良いのかが分からず、陽子さんの助けがなかったら、きっと私が勝手に不安になりKENとの付き合いは継続できていなかっただろう。

KENとの会話は英語だったけれど、時々KENは日本語で話しかけてくれた。

たぶんこの行為が私の不安を和らげてくれた様にも思う。

「美紅、そっちは危ないからこっちにおいで」

「美紅、ホットチョコレートでいいの?」

「美紅、この単語スペルまちがっているよ」

「美紅、土曜日にどこか行にこうか?」

KENが呼んでくれる私の名前美紅は、この世で一番聞き心地が良い言葉だ。


KENとはまだキスもしていない。

普通の高校生の付き合いって、こんなものなのだろうか? 普通に生きて来なかった私には普通が分からない。思い切ってアンジーに聞いてみると、「大切にされているのね」と言ってくれた。

KENは9月からFraser Heights Secondary Schoolフレイザーハイツ高校に入学する。

サレー市教育委員会の留学生に対する入学申込の受付は間もなく締め切られる。

私はこの数ケ月間、パパとママに9月からカナダの高校に行きたいとお願いを続けてきたけれど、出された条件はオンライン・ハイスクールのレポートを全部合格することと言われていた。そのレポートの結果(成績書)がやっと学校から送られてきた。合格点は60点だ。私の成績は60点どころか、ほぼ全教科100点に近い成績を修めることが出来た。

これだけ聞くと、凄いことの様に思えるが、オンライン・ハイスクールでは、登校日が全日制に比べると少ないので、前期と後期の試験(単位認定試験)以外にレポートという課題が出される。履修した各教科の課題をレポートとして提出するのだが、レポートの出題は虫食い問題が多く、答えは全て教科書に書かれているし、出題の用紙には教科書の何ページ参照と、答えが書かれたページをご丁寧に示されている。

「ウォーリーを探せ」の絵本を知っているだろうか? オンライン・ハイスクールのレポートというのは、「ウォーリーを探せ」の絵本の中から、紅白の縞模様の服を着たウォーリーを探す能力と、さほど違いはないと私は思っている。誤解のない様に補足するが、オンライン・ハイスクールには進学コースなど、優秀な生徒のためのコースもある。

ウォーリーを探せレベルのレポートにも拘わらず、オンライン・ハイスクールの生徒はレポートをまじめに作成しない生徒が多い。彼らは、レポートを能力的にやれないのではなく、面倒だからやらないのだ。

レポートは、プリントアウトして手書きで記入することも出来るが、高校生の多くがPCを利用し、インターネットに接続して自分のIDとパスワードからマイページに入り、画面上でレポートを仕上げている。

レポートの提出日は決められている。レポートは提出日までに提出しなかった生徒の救済策として、再提出日も設けられている。再提出日までにレポートを提出すれば単位は取得出来るが、欠点が30点以下なので再提出日に提出した生徒は解答がたとえ満点であっても30点しか取得はできない。レポートを終えることが面倒だと言う生徒は、最初の提出日にレポートを提出し既に先生が添削し返却されたレポートを持つ生徒を見つけては、そのレポートを借りて丸写しをして再提出日までに提出するという小細工をしている。つまり、レポートで100点を取ることなど、簡単に出来ることなのだ。ネットでレポートを提出した生徒は、レポートの採点はマイページに表示されるので、レポートの貸し借りが出来ないという学校側から見た利点があるので、多くの通信制高校がレポート提出はネットへと移行していきている。


私がこれほどに好成績を出すことが出来たのは、親との約束があることはもちろんだが、陽子さんの話を聞いたことが大きく影響している。

「美紅、オンライン・ハイスクールの生徒こそ名門大学に合格することは簡単なのよ」

「どうしたら有名大学に入れるの?」

「あのね、高校には全日制も通信制も問わずに、評点値で生徒は評価されるのよ。受験する大学には必ずこの評点値が提出されるわけ。大学の受験には、色々な方法があってね。一般受験の様に試験を受ける方法以外に、AO受験の様に面接と作文だけの受験方法もあれば、推薦受験と言って、在学する高校から推薦してもらい面接だけで受験できる方法もあるのよ。美紅が在学するオンライン・ハイスクールには指定校受験が出来る先として、有名外語大学もあるのだから、評点値が高ければ、指定校推薦枠に入ることも出来るのよ。指定校推薦受験者で、受験に落ちた生徒など過去に聞いたことがないわ。これが全日制の生徒だと、指定校受験をしたい生徒は、成績が良いことはもちろん、クラブ活動にも励んでいること、生徒会で活躍している、など皆が指定校受験をしたいがために、必死に評点値をあげる努力をしているわけよ」

「陽子さん。どうやったら評点値を高く出来るか教えて」

「評点値を上げる方法なんか簡単よ。出来るだけ100点満点に近いレポートを作成し、レポートは提出日までに提出し、単位認定試験では少しでも良い成績を修めるだけよ。レポートの出題問題に目を通してごらん。解答が書かれているページの表示もされているし、殆どが虫食い問題なのだから、誰にでも100点満点のレポートは簡単に作成できるでしょ。単位認定試験はレポートからしか出題されないのだから、レポートを理解出来ていたら簡単に100点が取れるはず」

「なるほど」

「美紅、覚えておきなさい。世界を手に入れるためには、実は英語が出来るだけではまだ不足しているのよ」

「え?何、何が不足しているの?」

「大学に行き、学びたい専門の知識を身に付ける。その上で、英語が出来れば、きっと美紅なら世界を手に入れられるわよ」

陽子さんは、そう教えてくれた。

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